2011年12月26日 18:20開場 19:00開演 @サントリーホール

都響スペシャル「第九」

管弦楽:東京都交響楽団

ソプラノ:天羽明惠
メゾソプラノ:小山由美
テノール:市原多朗
バリトン:堀内康雄
合唱:東京オペラシンガーズ
コンサートマスター:矢部達哉 
指揮:大野和士

ブラームス:アルト・ラプソディ
――ゲーテ「冬のハルツの旅」による

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--休憩(15分)---

ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱付き」


結論から書きます。

まさか、師走の「第9」が本年のベスト・コンサートとなるとは思いませんでした。

この時期の「第9」と言うと、オケには確実に稼げる演奏会であり、
ルーティンに走った演奏もたまにあるなかの都響の「第9」。
「世界で躍進する才人・大野和士と都響、きっと充実した演奏が聴けるだろう!」
と思って楽しみに演奏会を待っていました。

違ったのです。
「充実」なんて言葉じゃあ、なまぬるい。
叫びです。魂からの。

以前この人と東京フィルで「復活」を聴きました。
おそろしく感動しました。けれど解釈が肥大しすぎて、本人も整理しきれていないんじゃないか、という場面がちらほらありました。
私の間違いでした。
あれはオケが第一級ではなかったからです。
今回は都響です。
第1楽章冒頭の刻みからして、明晰。トゥッティに至っても、やたらめったらわめき散らさない。
けれど、そこに込められたエネルギーの密度は尋常ではありません。
大野氏の演奏の凄さはここにあるのです。(繰り返しますが、「復活」はエネルギームンムン, but 細部は?だったのです)
第2楽章に至って、かなり切迫したテンポで音楽が進んでゆきます。
この時点で初めて気づきました。

大野氏はブルックナーを見通しているのです。
その中でも恐らく、この曲が多大すぎるほど影響を与えたブル9。
まるでブルックナーのような、何も足さず、何も引かず。そしてそこにエネルギーを充たす楽曲構築です。また倍管なので、サウンドのクリアさは常に保たれます。
この流れで進んでいった第3楽章では泣きました。心の底から泣きました。
都響の弦も管も、美しすぎたんですもの。無理です。耐えられないです。
何故か、目に焼き付いた被災地の風景が浮かんでしまいました。別に暮れなんて意識してないのに。もっと言うと、こういうこと連想しながら聴くのは好きではないのに。
第4楽章、低弦のレチタティーヴォはここぞとばかり歌います。もはやオペラのアリアです。
やはり歌劇場の指揮者は、こういう場面での説得力がすごいですね。パウゼも理想的。
おうたが入ってからは、オケは見事にカラオケに徹しました。大野氏も殆ど合唱ばかり振りました。オペラシンガーズ凄すぎです。ドイツの合唱団が聴いたらどう思うんだろう?
70~80人ほどなのに、オケや独唱を飲みこまんばかりのパワー。驚異的です。
歌詞も相当聴き取れます。独唱陣も平均点かなり高かったです。特に女声お二人は完璧では?
プレスティッシモは何とフルトヴェングラー級のスピードで突き進みます。
オケは崩壊しませんでしたのでご安心を。打楽器がビシバシ決まりました。

このように、一聴してオーソドックスなようで、かなり緩急を付けた解釈。
その上、大野氏は振りが少な目です。途中全く振らない場面もままありました。
矢部さんの巧みなリードを信頼して(=都響を信頼)のことでしょうかね。

あ、アルト・ラプソディもよい演奏でした。けれど第2部まで舟をこいでいたのでコメント資格なしです。男性合唱はここでも芯の太い歌唱。ああ、ファウスト交響曲歌ってくれ!(笑)
それにしてもブラームスってネチっこいなあ。ドイツ・レクィエムあたりで勘弁してくれ。

終演後は聴衆発狂寸前。私はきちんと発狂完了(爆)
日本人のこの年齢の指揮者に対し、2度も、それも恐ろしく熱烈なソロ・カーテンコールを送る風景。(←勿論参加)手の甲を真っ赤にしながら、「こんな風景がありえるのだろうか?」と自問していました。

ありえるのです。だって、大野和士は「次世代の巨匠」でなく、既に「巨匠」なのですから。
来年度、新日本フィルと彼が演ずるブルックナーの「第7」、都合がつかないのが大変残念。きっとデモーニッシュな要素を今夜同様引き出した凄演となりましょう。

12. 26 - 「第9記念日」―っと。