2012年3月30日(金) 18:20開場 19:00開演 @サントリーホール

東京都交響楽団 都響スペシャル

マーラー:亡き子をしのぶ歌
---休憩---
マーラー:交響曲「大地の歌」

メゾソプラノ:イリス・フェルミリオン
テノール:ロバート・ギャンビル
管弦楽:東京都交響楽団
コンサートミストレス:四方恭子
指揮:エリアフ・インバル

様々な要因が全てプラスに作用し、これまでにない感動を生んだ演奏会でした。
この日サントリーホールで繰り広げられたことを、私は一生忘れることはないでしょう。


ドヴォルジャーク、ショスタコーヴィチと重量級の名演が続き、聴衆の期待度もクライマックスに達していた中での、インバル/都響の「マーラー」。
結論から言って、演奏はこのコンビの表現のパレットの多彩さを再認識させるものでした。マーラーにしても、壮年期の2番・3番あたりでは造型をがっしりと組み上げ、オーケストラも無骨さを前面に押し出した(その合間に挿入されるカンタービレが、極上の甘美な蜜のようで絶品なのですが)表現が目立ちました。
しかし、今回のプログラムでは、管弦楽は怒号せず、最弱音のこの世のものとも思えぬ美しさを基調とした演奏が展開されたのです。インバルはいつも通り明快な棒で、ダイナミックにリードしていますが、応えるオーケストラはいつも以上に繊細な音楽を紡ぎました。つまり、これはインバルの意図ということでしょう。勿論、後半第1曲や第4曲の馬の疾走部など、激しい箇所はハイテンポで攻め立てていましたが。
二人のベテラン・ソリストのフェルミリオン、ギャンビルも、ともにインバルの意図を汲んで、高らかに歌いつつもがなり立てることのない美しい歌唱。今回の美演に大いに華を添えてくれました。フェルミリオンは全く力みのない歌唱ながら、その深みのある美声はホールに無理なく響き渡りました。やはり後半の「告別」では、中間部から嗚咽が止まらなくなりました。テノールのギャンビルは、バレンボイムとの録音が有名なヘルデン・テノールで、全曲若々しい表現。低音から高音までムラなく透き通った美声を駆使し、時折動作も交えながらの表情豊かな名唱で引き込まれました。(一日前はオケの響きに埋もれがちだったそうですが、今回は全くそういった印象は受けませんでした。ちなみに、ゲネプロでも2時間歌いっぱなしだったそうです。。。外国人はやはりエネルギーがありますね)
そして、都響。2010年のちょうど今日(31日)にマーラーの3番を聴いて、国内最高のマーラーだ!と狂喜していたのが懐かしく思い出されます。あれから2年―その色彩感、洗練度、集中力がこれほどの高みに達したこと、一ファンとして胸がいっぱいになる思いです。もうどのセクションがどうということは事細かに書きませんが、3点だけ。本間さんのオーボエ、もう聴けなくなるのは本当に寂しいです。広田さんとはまた違った味わいのサウンド、あまりにも美しかった。たまには戻ってきてくださるのかなぁ。さらに、フルート・ソロも天下一品。曇りひとつ無い、清澄な風景に吹く一筋の風のような名奏でした。そして素晴らしかったのは、全員正団員で決めてきたブラス・セクション。特に西條氏率いるホルン隊は、音色・音量共に最高、ソロも抜群でした。
9月より始まるマーラー・ツィクルスが終了する頃には、都響はどのような変貌を遂げているのでしょうか。想像するだけでわくわくします。

今回、インバルのメッセージはどういったものだったのでしょうか。
まずこのプログラムですが、正直「亡き子」「大地」という曲目が発表になったとき、あまり心躍る思いはしませんでした。マーラーの暗さが前面に出た曲が並んだため、1年前血気盛んな私にはあまり魅力的ではなかったのでしょう。
しかし今振り返ってみると、今回の演奏は、インバルのマーラーにおける考えが最も如実に現れたものであったなぁ、と痛感します。今回の2曲、どちらもいかにもマーラー的なペシミズムに満ちた作品であります。「亡き子」における子供の死は、命のはかなさや尊さを暗喩的に示していますし、後半最終楽章「告別」には、世界の無常を歌いつつ、「永遠に、永遠に・・・(Ewig)」と、永遠に続くものがあってほしい、というえマーラーの願いが投影されています。これは彼の作曲家人生を通じての共通の主題であったわけです。
その点、インバルの解釈は慈愛に満ち溢れたものでした。先述の通り、マーラーの願いも空しく、世界は刻一刻と変容を続けています。もはや明日の世界を予想することは難しくなってすらいます。そのことを痛いほど熟知しながら、なおそれでも、インバルは「永遠に続くものもあるのではないか。あると願って生きていこうではないか」というメッセージを我々に発していると思うのです。
そう―その永遠に続いていくものの一つとして、都響の伝統が例に挙げられると思います。昨夜インバル、ソリストに向けられたすさまじい熱狂(ソロ・カーテンコール2回!)もさることながら、私は彼らの奥で、現役の楽員にしきりに握手を求められている退団員の方々の姿に号泣してしまいました。演奏中からずっと泣いていて、もう顔がくしゃくしゃになっていたと思います。
彼らのようなベテラン奏者の引退に伴い、フレッシュなメンバーが4月から入団となります。こうして、オーケストラの演奏芸術は引き継がれていくのですね。如何にメンバーが変化しようとも、都響の個性、伝統はしっかりと受け継がれていく。これも、一つの永遠ではないでしょうか。

古参楽員の引退のステージで、「伝統は受け継がれる」というメッセージを彼らにも届けるため、インバルはこの曲を選定した―深読みが過ぎるでしょうか。でも、私はこう願っていたいと思います。