2015/3/8
東京都交響楽団 「作曲家の肖像」シリーズ Vol.101 《シューマン》
@東京芸術劇場

シューマン:劇付随音楽「マンフレッド」序曲
シューマン:ピアノ協奏曲
~ソリスト・アンコール~
シューマン(リスト編曲):歌曲集「ミルテの花」より第1曲 献呈
シューマン:交響曲第4番(1851年改訂版)

ピアノ:河村尚子
管弦楽:東京都交響楽団
コンサートマスター:四方恭子
指揮:エリアフ・インバル

インバルが都響に帰ってきた。

近年彼は極端に仕事の量を減らしている。ギュンター・ヴァントや師匠のチェリビダッケよろしく「練習時間がきっちり取れるオケと充実した仕事をやるのが性に合っている」と語る人なので、名門からオファーが来ても敢えて断っているのかもしれないが、今シーズンの彼の客演先を見るとルクセンブルク・フィル、タンペレ・フィル(この前都響ですばらしい演奏を聴かせたリントゥが2年前までシェフを務め、今は東響客演で有名になったロウヴァリ)といったお世辞にもメジャーとは言えないオケ、そして台北やシンガポール(初客演でマーラー9番!!)といったアジアのオケが目立つ。有名どころはケルン放送響、スイス・ロマンド管とワルシャワ・フィルくらいか。
そんな中にあって、今最もインバルと太いパイプを持っているのは間違いなく都響だろう。そのプログラムの攻め具合、演奏の充実度のどちらをとっても彼が最良の仕事を出来ているのはここ東京のオケなのである。昨年7月以来の登壇だったが、ゲネプロでは常任時代と変わらない―いや親密さを増したかもしれない―やり取りが繰り広げられた。先月で齢79歳を迎えたマエストロは見た目こそ貫禄ある好々爺で、ステージ上で団員に笑いが起きることすらあったが、その音楽の先鋭さは全く失われていなかった。どの曲でもアクセントと強弱をはっきり付け、音楽に縁取りを施していく。スビト!スビト!と口角泡を飛ばして次々と指示を与える姿はとても若々しい。椅子から腰を上げて歌いながら指揮したり、左手の人差し指と親指で丸を作る得意のサインを飛ばす場面も少なくなく、気合充分。ゲネプロにしてはトライ&エラーの連続で、リハーサルの延長という印象を受けた。
そんな充実のゲネプロを経ての本番では、まず冒頭の「マンフレッド」序曲から何の迷いもない、決然とした響きが頼もしい。14型でここまで分厚く芯の太いサウンドが出るのか、と驚く。それでいて響きは重すぎず軽すぎず、シューマンに適した機動性の高い音楽が紡がれてゆく。インバルはヴァイオリンのブリッジ音型の上行箇所を執拗に強調していた。
続くピアノ協奏曲は河村尚子さんの独奏。インバルが指揮する協奏曲ではいつものことなのだが、彼はソロパートの譜面もしっかり読み込んでいて、ソリストと対話するというよりは全体の一部にソロを組み込む形で音楽をがっしり組み上げていく。ゲネプロではソロの途中でもオーケストラに注文を付けたい箇所があると平気で演奏を止めてしまう。ドイツ語の堪能な河村さんは何度もインバルと話し合っていたが、彼女が譲歩した部分も少なからずあったのだろう。本番ではインバル主導のもとあたかも協奏交響曲のような一体感のある演奏が繰り広げられた。指揮者はピアノ・ソロの入りでご丁寧にキューを出す(笑)結果として伸びやかにソリストが羽ばたくような感興は殆ど感じられなかったが、これは好みの問題だろう。(自分は協奏曲ではもっと柔軟なスタイルが好きだ)演奏の完成度は申し分なく、河村さんの予想外に男勝りの力強いソロはもちろんのこと、冒頭すぐに現れる広田さんのオーボエはベルの角度を調整しながら比類ない美しさを聴かせたし、クラリネットのサトーさんも素晴らしかった。
休憩後の交響曲第4番はこの日の真骨頂といえる鮮烈な演奏だった。インバルはどうやら予告なしに(!)マーラー版のスコアを持参したらしく、1851年改訂版の一般的なスコアとマーラー版の折衷の形をとった。なるほど、金管やティンパニが若干派手になっている。第4楽章コーダではホルンが1オクターヴ上で吹く改変を採用しており、突然楽曲がひきつけを起こしたかのようなドキッとする効果を与える。(ゲネプロ後ホルン奏者がこの難所を繰り返し練習していたw)だが、物珍しいだけの演奏だったかというとそんなことは決してなく、序曲でも感じた好バランスのサウンドはそのままに流れの良い音楽の運びが展開した。巧みなテンポの揺さぶり、木管の効果的な強調はもちろんのこと、第4楽章提示部の反復でペザンテか!という位の大胆なアゴーギクが用いられていた。低弦に始まるコーダの速さは録音・実演ともに殆ど聴いたことがない部類のもので(ゲネプロより速かった)、先述したホルンの旋律が始まる箇所でスビト・メノモッソをかけて意表をつき、堂々たる終結を迎えた。
素朴なシューマンを愛する人からすればブーイングものの過激な演奏か?と思い、客席の反応を楽しみにしていたが、終演後は盛大な喝采に。やりたい放題を尽くしたインバルは真に満足そうな笑みを浮かべオーケストラをしきりに称えていた。それにしても、特に交響曲における今回の都響の充実振りは凄かった。あれだけテンポと音量に大胆な変化がありながら文字通り一糸乱れず、弦の刻みの一音ずつが聴き取れるような圧倒的合奏力。海外オケを聴いてから戻ってくると、その高精度ぶりに改めて瞠目する。そして、現在都響の美質を最大に引き出せる指揮者はインバルということも再確認した。4日後に迫ったヴァーグナー/ブルックナーのプログラムでは、美しい残響を持つ愛知県芸術劇場でどんな玲瓏な響きが広がるだろうか。楽しみでならない。