2015/1/28
新国立劇場 リヒャルト・ワーグナー「さまよえるオランダ人」
@新国立劇場

ヴァーグナー:歌劇「さまよえるオランダ人」(全3幕/ドイツ語上演/字幕付)

演出:マティアス・フォン・シュテークマン
オランダ人:トーマス・ヨハネス・マイヤー
ダーラント:ラファウ・シヴェク
ゼンタ:リカルダ・メルベート
エリック:ダニエル・キルヒ
マリー:竹本節子
舵手:望月哲也
合唱:新国立劇場合唱団(合唱指揮:三澤洋史)
管弦楽:東京交響楽団
指揮:飯守泰次郎

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単刀直入に、演出があまりよくない。正確に言うと、部分的に惹かれる部分はあったのだが、力を入れていない場面との落差が大きすぎて全体的な印象がよくない。近頃の欧州の歌劇場のようにやたらめったら脱がせてエロシーンをぶち込むのも頂けないが、音楽を邪魔しない程度に舞台上に主張を持たせて緊張感を維持してもらわなければ困る。オペラは美術と音楽の融合による総合芸術なのだから、一方がダメダメでは魅力が減衰してしまうのだ。(ちなみに、来シーズンの「ローエングリン」もシュテークマン演出で再演である・・・)

第2幕の後半、オランダ人とゼンタが初めて出会って距離を縮めていく過程が特に酷かった。それぞれ舞台の両端に立ち、ただ前を向いて歌い交わしているだけ。二重唱が終わってやっと近づいて抱擁するのだが、あまりに学芸会的でお粗末だと思う。全体的に動きに乏しい舞台だし、いざ水夫を第3幕で大きく動かしたかと思えば三角形に並んで歌に合わせて両手を上げていくという、観ていて恥ずかしくなってしまうようなダサさ。ミュージカルならいざ知らず。
良かった点も少し。この演出が舞台にかけられるのも3度目なので議論は尽きている感があるが、幕切れでゼンタが海に沈みオランダ人が一人スポットライトで残り力尽きるという読み替えはやはりポイントだ。(音楽は救済の動機「あり」のヴァージョンなのでチグハグな感もあるが)その他に、第2幕の紡ぎ場が船首の形を模してあり、先端にはゼンタと彼女の紡ぎ車が置いてある。この紡ぎ車が舵とほぼ同じ形をしており、終幕でゼンタがオランダ船とともに没することを暗示している。(ややフラットなので見辛いが、写真参照)
ひびのこずえさんの衣装は愛らしくて好感を持ったが、激情的なオペラの衣装としては少しほのぼのとしすぎていたかも。ゼンタが赤いマント(?)を翻しながら歌う場面はドラえもんかスーパーマンにしか見えなかったし、水夫の服もややコミカライズされていた。ダーラントはシックにまとまっていて良かった。

演奏は、陳腐な演出を補ってあまりある素晴らしさを示した。このオペラでは何といっても合唱が充実していないと話にならないが、そこは世界に冠たる新国立劇場合唱団。特に男声は第一声から全音域ムラがなく重厚で、アンサンブルは全くブレないが海の男らしい威勢の良さを完璧に演じきっていた。第3幕の祝祭的な合唱・オランダ船の合唱との掛け合いは音量的な頂点で、広大なオペラパレスを揺るがさんばかりの強靭な歌声。歌手陣はこれだけのメンバーを揃えれば悪かろうはずがないが、特にゼンタのメルベートはこれぞヴァーグナー歌手!という力強さ。少女らしい可憐さはハッキリ言って微塵もないが、一心にオランダ人の伝説を信仰する強い女性としてのゼンタか。ヨハネス・マイヤーのオランダ人は苦しげな表情で、 Verloren! Ach, verloren! Ewig verlor'nes Heil!(ああ、救済は永遠に失われた!)以降の緊迫した追い込みがゼンタ共々凄まじい。日本人歌手では乳母マリー役の竹本さんの深々とした美声が印象的だった。そして、飯守さん指揮の東響である!前回東フィルとの「パルジファル」があまりにも素晴らしく、今回も最大限に期待していったが、東響らしく細部まで抜かりなく仕上げられたアンサンブル。ほんの一瞬現れるオーボエのソロは荒さんで、実にはかなく美しい。第1幕ではやや弦と管のバランスが悪く(弦が弱い)、おやと思ったが幕を追うごとに順調に修正。第2幕と3幕を繋ぐ水夫の合唱の管弦楽のみの部分では、床が持ち上がるのではというような巨大なスケールの音響が出現した。カーテンコールでは飯守さんに盛大なブラヴォーが送られたが(自分もちゃっかり)、ピットの東響の皆さんの幸せそうな達成感に満ちた表情もまた印象的だった。オランダ人とこうもりが交互に上演で、相当体力的にはキツイはずなのに素晴らしい演奏を続けてくれる東響なしには成功はなかっただろう。