2014/7/19
新日本フィルハーモニー交響楽団 第529回定期演奏会
混沌、闇、導く音の向こうに見える救済の光
@すみだトリフォニーホール

ベートーヴェン:バレエ音楽「プロメテウスの創造物」序曲
ツィンマーマン:私は改めて、太陽の下に行われる虐げのすべてを見た(7/18日本初演)
ベートーヴェン:交響曲第5番

バス:ローマン・トレーケル
語り:松原 友、多田羅迪夫
管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:崔文洙 
指揮:インゴ・メッツマッハー
 
幕開けを告げる快活なベートーヴェンの序曲も見事だったが、何といってもツィンマーマンが死ぬほどヤバい。「死ぬほど」なんて言葉は昨今気軽に使われすぎだが、こんなものを聴いた暁にはそう言わざるを得ない。まさに首の皮一枚繋がって音楽として成り立っているが、最後に突如現れるバッハのコラールの何と残酷なことか。
名歌手トレーケルをこの曲で使うのは大変贅沢で、事実彼の存在感はなかなかで、まるで秘密警察かゲシュタポのような彼の出で立ちも威圧感があり実に良かった。しかし、更に素晴らしかったのが日本勢の二人の語り手。お二人ともドイツ語の発音は完璧で、絶叫(気味)の声も交えた渾身の演技。
こんなとんでもない作曲家をシーズンをまたいで4回もの定期で取り上げさせてしまうNJPも尊敬するが、ベートーヴェンとツィンマーマンのカップリングという、革命的精神の歪み・成れの果て・屈折を我々に残酷に突き付けるプログラムを組んだメッツマッハーが一番末恐ろしい。
そして、ツィンマーマンの後に響くベートーヴェン5番は、最早勝利を求める人間の苦闘には聴こえない。ピッコロは世間の嘲笑、随所で現れる斬新なアクセントは信頼する者の裏切りか。客観的に見れば高速テンポで凝縮された名演だが、ホールを出る時まで気持ちは暗澹と。凄絶。でも、新日本フィルからあれだけ真に迫った気宇壮大なベートーヴェンが聴けたのは単純に嬉しい。Residenceの名を冠しているが、メッツマッハーの方がハーディングより余程相性はいいのでは?(単純比較するには指揮者の個性があまりに違いすぎるか)
穿った見方かもしれないが、メッツマッハーは現代の音楽界に生きるハイエナだと思う。隠れた名曲を貪欲に探し当て、手垢にまみれた名曲と一つの線でつなぐ。「こうしなければ、クラシック音楽は死んでしまう!」そう彼は叫び続けているのだと感じた。