2015/4/18
新日本フィルハーモニー交響楽団 第540回定期演奏会
@すみだトリフォニーホール

R. シュトラウス:交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」
ヴァレーズ:アメリカ(周文中校訂版)
ヴァレーズ:アルカナ
R. シュトラウス:交響詩「死と変容」

管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:崔文洙
指揮:インゴ・メッツマッハー

メッツマッハーが新日フィルを去る時があっという間に来てしまった。ついこの前Conductor-in-Residenceなるポストに就いたばかりだが・・・まあ日本のオケは往々にしてタイトルを与えたがるので、契約が切れること事態はどうでも良いのだが、NJPのベストフォームを引き出す知匠がしばらく去ってしまうのは大変残念だ。現代物をアルミンクに鍛えられたオケとの相性はハーディングより遥かに上であり、今回の退任公演でその事実を再確認したのである。

メッツマッハーのプログラムはいつも斬新なようで、論理的な説得力のあるものだった。ツィンマーマン×ベートーヴェンの組み合わせはまさにその極北だったが、今回もR. シュトラウス×ヴァレーズを並べて取り上げることで、時代的な重なりや影響だけでなく、音楽そのものの有機的な繋がりを聴き手に認識させようとしているのだ。
標題的で分かり易く豊麗なイメージのあるシュトラウスから分厚く叩き付けるような鮮烈な響きを引き出し、先鋭的でストラヴィンスキーのバーバリズムを都会型に進化させたようなヴァレーズから官能を引き出す。二人の作曲家はいわばベン図のような関係にあり、その共通部分が小さくないことを知ることができた。

演奏家からすればこんな一瞬たりとも気が抜けないプログラムは勘弁してくれ、というのが本音だろうが(メッツが今ヨーロッパで固定ポストを持っていないのもそれが原因?)、今回のNJPは精一杯指揮者に付き合って聴き応え充分の演奏を繰り広げた。シュトラウス2題は前述したようにコケティッシュさよりはどっしりと分厚い響きを聴かせる。ティルの諧謔は薄れ、Tbの威圧的な音型などが容赦なく炸裂する。Hrの難所を吹いた大フィルのトップ高橋さんはお見事だった!「死と変容」ではメッツの辛口路線が曲と最大に合致して切れ味ある怒号が響く。
ヴァレーズ2題ではどちらかというとアルカナの方が好みだったが、まさか日本初演とは思いもしなかった。カセルラの交響曲といい、日本の西洋音楽受容はどうなってるの?アメリカに関しては冒頭のアルトフルートからの音楽的発展が完全にアメリカに地を移したハルサイだし、アルカナはもっと分かりやすいリズムや旋律の宝庫。フルート群の祭囃子風の主題が全曲を一貫する。こういうアホみたいな編成の曲(しかもアメリカは縮小版!)は生で聴くと最高に面白いわけで、サイレン(安江佐和子さん、難しそうな楽器をお見事!)やその他2列に並ぶ巨大打楽器群が整然と呼吸する様は視覚的にも最高のご馳走。これを巧みに捌いていくメッツマッハーも尋常ではない。

今後NJPはハーディングとの共同作業の後上岡監督体制に移行するわけだが、果たしてどうなるだろう。上岡さんとこのオケはキャラクター性という点では合っているように思えたが、ハーディングは正直このオケにとってはキャパオーバーの指揮者だろう。戦争レクイエム、ブルックナー、千人と「これが最後ですよ!」といわんばかりに大曲を揃えた新シーズン、それなりの関心度で眺めたい。とりあえずメッツマッハーさんありがとう。また来てくださいね。