2015/4/19
東京交響楽団 第629回定期演奏会
@サントリーホール

ショパン:ピアノ協奏曲第2番
~ソリスト・アンコール~
ローゼンタール:ヨハン・シュトラウスの主題によるウィーン謝肉祭
カンチェリ:ステュクス~ヴィオラ、混声合唱と管弦楽のための
ドビュッシー:管弦楽のための3つの交響的素描「海」

ピアノ:ニコライ・ホジャイノフ
ヴィオラ:青木篤子
混声合唱:東響コーラス
合唱指揮:冨岡恭平
管弦楽:東京交響楽団
コンサートマスター:大谷康子
指揮:飯森範親 

新年度のオープニング・シリーズはまだまだ続く。東響はなじみの深い飯森範親を迎え、かなり重量級プロを持ってきた。ショパンで青春の甘酸っぱさを味わい、カンチェリで神への独白を体験した後、ドビュッシーの「海」で自然へと回帰するという、なんとも美しい流れのプログラム。それに加え、東響がここの所の好調を裏付ける素晴らしい演奏を次々に披露してくれたのだからもう言うことはない。4月の演奏会の中でもベストに入る好演だったと思う。

ホジャイノフを迎えたショパンのヘ短調協奏曲は、ソリスト×指揮者×オケの親密な音の交歓が聴いている側にこれでもかと伝わってきて、思わず頬が緩んでしまう。自分はホ短調協奏曲のマエストーソな感じがあまり好きではなく、逆にこのヘ短調協奏曲の繊細さが大好きなのだが、これほどの演奏を聴いてしまうと後がつらい。ホジャイノフのタッチの柔らかさは理想的、作曲当時のショパンと同年代ゆえの共感があるのだろうか。甘く切なく、少し未熟で自らの殻を破ろうとするような表情。若いっていいなぁ・・・(あ、自分も19だ) 
飯森さん指揮のオーケストラの響きがまた素晴らしい。低弦のずっしりとした質感は中欧の中堅オケ風の味わいで、ソリストへの細やかな配慮により理想的なコンチェルト演奏を聴けた。アンコールのシュトラウス主題による華麗な小品ではホジャイノフは技巧を全開にし、演奏後のドヤ顔にクスッとした(笑)

続いてのカンチェリは、この作曲家ならではの既成観念に捉われない音楽。バティアシュヴィリ/サロネン/バイエルン放送響のショスタコーヴィチVn協奏曲第1番のカップリングに入っていた、『V&V』という小品を聴いたのが初・カンチェリ体験だったが、その独特の空気感にすっかり魅了されてしまったので、今回の演奏会は行かないわけにはいかなかったのである。
果たして、素晴らしい聴体験であった。ジョージア語(旧称・グルジア語)によるテクストは判別不可能だが(マリアとハレルヤだけ聴き取れた 笑)、その独特の音色にははっきりと個性を感じるし、何より東方教会がホールに出現したような静謐さを湛えている。東響コーラスにしては毎度のこととはいえ、この特異な言語をも暗譜で臨んだのは万雷の拍手に値する。自分も下手なりに合唱を嗜む身として、頭を垂れるばかりだ。エレキも加えたオーケストラ、合唱はほぼ同一のタイミングで強弱が切り替わり、その変化はかなり大胆にして唐突。ホールの残響の味わいが格別で、こういう音楽はナマでこそ活きる。青木さんのVaソロは高音寄りだったが、この楽器らしい奥ゆかしい音色も随所で聴かれた。聴衆がもっと沸くかと思ったがそれほどなく残念。

普通のオーケストラならここで終演でもおかしくない所だが、ここから更にドビュッシー「海」。聴く前は恐縮ながら飽食の感があったが、素晴らしい演奏に失礼を詫びたい気持ちにさせられた。東響の団員をここまでパッショナティヴにさせるものはなんなのだろう?
東響の暖色系のふわりとした音色を突き破っても鮮烈さを表現したいという飯森さんの意思を強く感じ、実際色彩の対照はかなり劇的な演奏となった。 なかでも大谷さん率いるVn群の色っぽさは日本のオーケストラで聴いたフランス音楽としては例がない素晴らしさで、終始痺れっぱなしだった。ドビュッシー拘りのチェロ群もしなやかで美しい。聴後感のずっしりした、見事な彫琢のドビュッシーを堪能した。

久々に聴いた飯森さんの指揮が予想外に素晴らしかったというのもあるが、東響の尽きせぬパワーと魅力に圧倒された稀有な演奏会であった。あまりに過密スケジュールのように思えてならないのだが、逆にそれが良い結果を生んでいるのだろうか?月末、秋山先生の「鉄ちゃんプロ」にも大いに期待。