2015/4/29
東京都交響楽団 「作曲家の肖像」シリーズ Vol.102 《北欧》
@東京芸術劇場

アルヴェーン:祝典序曲
ニールセン:序曲「ヘリオス」
シベリウス:交響詩「フィンランディア」

グリーグ:劇付随音楽「ペール・ギュント」全曲版より抜粋
婚礼の場で
花嫁の略奪とイングリッドの嘆き
山の魔王の広間にて
山の魔王の娘の踊り
オーセの死
朝のすがすがしさ
アラビアの踊り
アニトラの踊り
ソルヴェイグの歌(※)
ペール・ギュントの帰郷―海の嵐の夕方
難破
小屋でソルヴェイグが歌っている(※)
夜の情景
ソルヴェイグの子守唄(※)

ソプラノ:小林沙羅(※)
管弦楽:東京都交響楽団
コンサートマスター:四方恭子
指揮:アイヴィン・オードラン 

今年度初めての都響肖像シリーズ。最終シリーズとなる今年度は、一人の作曲家の特集でなく地域ごと。 これまで取り上げにくかった作曲家を中心に盛り込んであるため、秘曲小品集といった趣だ。ありそうでなかった企画ではないだろうか。もっともワンシーズンだけだけれども・・・。

冒頭のアルヴェーンからキレの良いトランペットのサウンドが飛び込んでくる。「祝典序曲」は知られざる作品だが、コンサートの一曲目に相応しい華やかさ。スウェーデン版のエフゲニー・オネーギンかというような特徴的なポロネーズのリズムが支配する佳曲だ。終結間際の細かいパッセージも金管群は見事で、都響がこういう曲をやると本当にうまい。
続くニールセンの「ヘリオス」は低弦のどっしりした響きが心地よく、木目が細かく抜かりない演奏。ただそんな中で夜明けと陽光を悠々と示すHr群が頼りなかったのは残念だった。あれでは曇天だ。1st奏者をはじめとしてセクション全体が守りに徹しているのが丸分かり。このオケのHr群は時々こういった極端な守りに入るのが問題なのだが・・・。静かな終結の余韻を一人で破壊したブラヴォーの主(3階R側か?)は消されてよし。
前半を締めくくるのは有名曲「フィンランディア」。某・炎の指揮者あたりが振ると演歌の如き粘っこさを感じることがあるが、オードランの指揮は非常に淡々としたもの。(ここまでもそうだったのだが)タメはほぼ皆無で、音響をスパッと切って次へと進んでいく。ただ音塊には適度な力を感じさせるので、味気ないというほどではなかった。都響の真摯な演奏もあり、聴後感の充実した「フィンランディア」を堪能した。 

後半の「ペール・ギュント」抜粋は、全曲版と組曲版を折衷して抜粋する形での演奏。今回の指揮者オードランがベルゲン・フィルでの演奏の際に採った形のようだ。今月プレトニョフがキャンセルしたため「ペール・ギュント祭り」 は総崩れ、この都響のみになってしまった。
流石はノルウェー人によるグリーグ、と言ってしまうのはやや乱暴だが、オードランは前半同様清楚で外連味のない指揮ながら、相応に満足感を得た。大抵の指揮者が大見得を切る「山の魔王の広間にて」すらあくまでストレート。全曲の中では、弦楽器のみで奏された「オーセの死」が老母の悲哀をじっくりとした響きのなかに表出していて出色に思えた。弦楽器出身の指揮者(元ベルゲン・フィルコンマス)だけにタクトを置いて丁寧に振っていた。弦楽器といえば、第1曲で滋味豊かな音色のソロを聴かせたVa店村さんは素晴らしかった!まさに経験がものを言うといった貫禄のフィドルで、ソロリサイタルを聴きたくなってしまうほど。声楽ソリストに関しては―とりあえずコメントは差し控える。白いドレス姿は曲に大いに合っていた。

夏のような暑さに包まれた昭和の日の演奏会であったが、都響による清澄な北欧プログラムで体感温度が若干下がったような感覚を覚えた。このオーケストラに北欧モノは合う。