2015/7/18
東京二期会オペラ劇場 モーツァルト 歌劇「魔笛」(字幕付)
<リンツ州立劇場との共同制作>
@東京文化会館

モーツァルト:歌劇「魔笛」(全2幕/ドイツ語上演/字幕付)

演出:宮本亜門
ザラストロ:大塚博章
タミーノ:金山京介
弁者:鹿野由之
僧侶I:狩野賢一
僧侶II:升島唯博
夜の女王:髙橋維
パミーナ:嘉目真木子
侍女I:北原瑠美
侍女II:宮澤彩子
侍女III:遠藤千寿子
パパゲーナ:冨平安希子
パパゲーノ:萩原潤
モノスタトス:青栁素晴
武士I:今尾滋
武士II:清水那由太
合唱:二期会合唱団
管弦楽:読売日本交響楽団
指揮:デニス・ラッセル・デイヴィス


モーツァルトのオペラの中では、実は「魔笛」はそれほど好きな作品ではない。だが、以前観た「フィガロの結婚」が素晴らしかった宮本亜門氏演出とあれば俄然気になる。あの再演で指揮を務めたのもD・R・デイヴィス(オケは東フィルだった)だった。ライヒやジョン・ケージも振れる人だが、「フィガロ」ではチェンバロも担当して器用さをアピールしていた。

結論から言うと、予想を遥かに超える充実した上演だった。演出・声楽・管弦楽がこれほど三位一体で充実したオペラ上演はそうあるものではない。
なんといっても宮本亜門氏の演出に徹頭徹尾唸りっぱなしだった。先ほど「魔笛」はそれほど好きではない、と書いたが、その最たる理由は作品の対立構造である。王子タミーノと王女パミーナがそれぞれヒーロー・ヒロインという扱いだが、周囲を囲むキャラクターすべてに重要な意味合いが与えられていて、観劇中に思考がいろんな方向に飛んで行ってしまうのである。(まあ、自分のキャパシティの問題なのだが・・・) とくに、夜の女王とザラストロの二項対立は常に論議を呼ぶところだ。「どちらが真実に近いのか」で頭がいっぱいになり、上演後は悶々とした感情とともに帰宅するのがこれまでの「魔笛」であったので、あまり惹かれる演目ではなくなってしまった。

だが今回の亜門演出はこの 問題点を大胆かつシンプルな方法で解決している。それが、「魔笛」で描かれる世界をオペラ中の劇中劇にしてしまうというアイディアだ。モノスタトスを祖父、タミーノとパミーナは夫婦、3人の童子が彼らの子供というごく日本的な家族が序曲演奏中に描かれ、仕事に疲れ(?)家族に当たり散らすタミーノがひょんなことから子供たちの興じるテレビゲームの世界に閉じ込められてしまう。このゲームをクリアしなければ、もとの世界には戻れないというわけだ。
この方法の鮮やかさは、タミーノとパミーナが物語の主軸にはっきりと置かれるということ。夜の女王やザラストロ、そしてその一派は露骨な異常さで描かれている。ゲーム中に登場する個性豊かな「怪人」という扱いだろうが、やたらとセックスアピールの激しい夜の女王一派は本能の行き過ぎを連想させ、ザラストロ率いる宗教団は不自然に脳が発達した姿、つまり文字通り「頭でっかち」な側面が強調されている。一方でタミーノ、パミーナはごくシンプルな服装である。彼ら以外の存在はあくまでゲーム内の人物だから、どんなに変でも「そういうものか」と受け入れる寛容さがこちらにも生まれるのだ。
また、亜門演出は「魔笛」のジングシュピールとしての面白さも存分に引き出している。ドイツ語の台詞だけの箇所では、歌手のすぐれた水準もあって立派に演劇として成立しているし、勿論音楽が入る箇所でも一切弛緩することがない。
演出について述べるのは最後にするが、やはり現代屈指の技術をオペラ演出に持ち込んだ効果は計り知れぬものがある。本格的なプロジェクション・マッピングを用いた舞台は、従来のオペラとは比較にならないほど転換も迅速で、観客が置いて行かれそうになるほど軽快にストーリーが進行していく。これはリンツ州立劇場との共同制作だそうだが、現地スタッフが東京の上演に多くかかわったことも成功に大きく寄与しただろう。

大部分を演出への賞賛に費やしてしまった。最初に「三位一体」と強調したように、音楽的な水準も充実したものだった。私が観たキャストは二期会のフレッシュな歌い手が多かったようだが、若々しいキャラクターによる大胆でぬかりのない演技もさることながら、肝心の歌唱にも不足はなかった。特に素晴らしかったのはパミーナの嘉目真木子さんだ。タミーノ、母である女王からひどい仕打ちを受けた時の嘆きの歌は、メゾ寄りの深みのある歌唱で大いに感じ入った。その他、モーツァルトの投影ともいえる自由奔放男・パパゲーノを演じきった萩原潤さんもなかなか良い。
D・R・デイヴィス指揮のもとピットに入った読響は、コンサート・オーケストラとして培った十分な馬力を発散。決して重くならずに歯切れの良さは十分に保ちつつ、堂々たる路線のモーツァルトを聴かせてくれた。舞台上でどんなにドタバタが起ころうとも決してブレない大木のような存在感は上演のクオリティを高めていた。

とにかく情報量も多く、随所に仕込まれた小ネタで一部反応しきれないところもあった。何度でも観たい珠玉の上演である。連日完売なのもむべなるかな。