2015/8/4
PMFオーケストラ 東京公演
@サントリーホール

ロッシーニ:歌劇「ウィリアム・テル」序曲
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番
~ソリスト・アンコール~
チャイコフスキー:18の小品より 踊りの情景、トレパークへの誘い
メンデルスゾーン(ラフマニノフ編曲):劇付随音楽「真夏の夜の夢」より スケルツォ

ショスタコーヴィチ:交響曲第10番

ピアノ:ドミトリー・マスレエフ
管弦楽:PMFオーケストラ
コンサートマスター:ケネス・リャオ
指揮:ヴァレリー・ゲルギエフ

2011年のルイージ以来、久々にPMFを聴いた。自分がなぜこのフェスティバルから足が遠のいていたかというと、そのルイージの演奏があまりに粗かったからだ。学生オケの爆発力を評価するか、クオリティの高い合奏を求めるかは人それぞれだと思うが、少なくともケチな自分は最安席で数千円をとる興行としての価値は見いだせなかった。

そんなPMFに、世界で最も多忙な指揮者の一人ゲルギエフがシェフとして着任すると聞いた時は正直驚いた。あのゲルギエフはどこまで本腰を入れて学生オケを鍛え上げるのか、俄然興味が湧いた。というわけで早々に行ってみることにしたのだ。

結果から言ってしまうと、PMFがゲルギエフを選んだことは必ずしも正解だったとは思えない。彼がどこまで力を注ぐのか、と冒頭で書いたが、自分には残念ながらそれほどの熱意は感じられなかった。そもそも彼は会期の最後の数日来北するだけなのだが―。

全プロ14型、管楽器もごく普通の編成。巨大編成をこれまで採っていたPMFらしくないが、ローテーションというようにも感じなかったのでゲルギエフの意図なのだろう。彼はマリインスキー劇場管とショスタコーヴィチを演奏した時も14型だった。
オーケストラのクオリティは低くないどころか高い部類に入る。ロッシーニの冒頭のチェロから雄弁だし、殆どゲルギエフが振らなくても整然と合奏は行われている。ラフマニノフでようやく細かく振り出した彼が濃厚な音を求めるのに対しても、ある程度の反応を見せた。ショスタコーヴィチでは更に昇華するか、と期待したのだがそうはならなかった。以前マリインスキーと聴かせた濃い「体臭」を目標としていることは感じられたのだが、全体を通してみるとゲルギエフだからこそ、と言うべき凄みはなかった。破綻はなく音圧もあるし、各ソロもある程度の水準には達しているのだが、フレージングの雑さや響きの不統一は「高機能な学生オケ」という印象にとどまった。
この不完全燃焼感は何故だろう。4日目の演奏ゆえの本番慣れか?それが起きてしまうというのは教育音楽祭として如何なものかと思わざるを得ないが・・・。

なお、協奏曲でソロを弾いたマスレエフは音はシャープに引き締まり文句ないのだが、曲を追うのに必死でオケをしばしば無視して突っ走る。それが一種のスリルとなっていたのは否定しないが、演奏のクオリティとしてはお粗末なものだ。

ゲルギエフがPMFで何をしたいのかが全くわからないままお開きとなってしまった。やはり自分は、この音楽祭とはご縁がないかもしれない。