2015/9/26
土曜ソワレシリーズ 第251回
三浦友理枝 ラヴェル・ピアノ作品全曲演奏(第二夜)
@フィリアホール

ラヴェル:前奏曲
ラヴェル:古風なメヌエット
ラヴェル:組曲「鏡」
~休憩~
ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ
ラヴェル:グロテスクなセレナーデ
ラヴェル:ハイドンの名によるメヌエット
ラヴェル:ボロディン風に…
ラヴェル:シャブリエ風に…
ラヴェル:組曲「クープランの墓」
~アンコール~
ラヴェル:ハバネラ形式による小品

ピアノ:三浦友理枝


 前回の第一夜で恐ろしく感銘を受け、参加を即決した今回の第二夜。ラヴェルのピアノ曲全曲演奏の完走、祝着である。
前回に引き続きプログラムの曲目解説は三浦嬢ご自身の執筆で、演奏家ならではの簡潔にしてポイントをきっちり押さえた知的な文章がとても嬉しい。

あくまで私個人の捉え方だが、一品の中に和音の組み合わせの妙による色彩世界が豊潤に広がっているのがラヴェルのピアノ曲だと思う。それを2時間の尺でこれだけ披露するというのは、思考の切り替えという点だけでも並大抵の所業ではない。それを三浦さんは何の気負いもなく、淡々と行っているように見えた。やはり計り知れない知性を感じるし、それゆえのラヴェル全曲演奏という選択なのだろう。
前後半ともに比較的演奏時間の短い小品を数曲弾き、その後に組曲を奏するというコンセプト。曲の繋がりも当然考えられている。とくに後半では「亡き王女」の後で一度答礼された後は一気に4曲を続けて弾き、一旦袖に戻ってから「クープラン」となった。この集中力たるや。

とくに印象深かったのは前半の「鏡」。長大な「海原の小舟」を中央に据えた一大組曲であるが、文字通り鏡のように情景が鮮やかに変容し、一瞬たりとも飽きる瞬間がない。それでいて「蛾」「悲しげな鳥たち」といった表題の範疇をも超え、次に控える曲への予感や弾き終えた曲の余韻までもが感じられたのが興味深い。組曲中の一品ずつそれ自体が鏡として互いを投影し合っているのではないか、とすら勘ぐってしまう。前述「海原の小舟」の遠近感と広大なスケール描写、「道化師の朝の歌」中間部の孤独な道化の表情は特に素晴らしかった。リストの「ラ・カンパネッラ」とは異なり、鐘の音が乱反射する情景をしっかり見せてくれた「鐘の谷」も見事。

その他の小品、最後の「クープラン」(長丁場を締めくくる圧倒的なトッカータ!)も当然素晴らしかったが、表現の彫琢を最も感じたのが「鏡」であった。アンコールの「ハバネラ形式の小品」は三浦嬢ご自身の編曲のようだが、めくるめく知性の冒険を甘い余韻で終える温かな選曲だった。たったの二夜といえばそれまでだが、思い出深いシリーズになった。