2015/10/22
サントリーホール スペシャルステージ2015 チョン・ミョンフン
~日韓国交正常化50周年記念~
ピアニスト チョン・ミョンフンの室内楽
@サントリーホール ブルーローズ

ブラームス:4つの小品(※終曲のラプソディをシューマン「アラベスク」に変更)
モーツァルト: ピアノ四重奏曲第1番(チョン、成田、ファン、堤)

ブラームス: ピアノ三重奏曲第1番(チョン、ルセヴ、堤)

ピアノ:チョン・ミョンフン
ヴァイオリン:スヴェトリン・ルセヴ、成田達輝
ヴィオラ:ファン・ホンウェイ
チェロ:堤剛

サントリーホールのチョンさんシリーズはこれが千秋楽。前日のシニア向けコンサートとマスタークラス以外は全部聴いたことになるが、それぞれ彼の違った顔が見られた有意義なシリーズだったと思う。この日もまた表情が異なった。

チョンさんは演奏前に通訳の女性を伴い登場、前日に急遽決まった曲目変更について自ら説明した。
大意は次のようなこと。チョンさんはここ数年首と肩に痛みを抱えているが、それが最近では左手にも降りてきているという。ブラームスのピアノ五重奏曲は左手をかなり重く響かせる必要があるので、比較的軽めの演目に変更した。だが、ブラームスとモーツァルトの対比を味わってもらえるプログラムに結果としてはなったのではないか。(betterと仰っていた)
彼がここ一年近く痛みを抱えているのは一聴衆としての目からも明らかだ。2月に東フィルに客演してマーラー「悲劇的」を振った時は特にひどかったようで、左手を殆ど動かさず苦渋の表情で振り通していた。前々日までのオーケストラ指揮でも、楽章間に肩を回したり、やはりあまり左手を使わなかったりと自らの不調と闘っていたのだ。

だが、演奏そのものは素晴らしく充実していて、不調を殆ど感じさせなかった。前半一曲目のブラームス「4つの小品」、作曲家最晩年の実に美しい傑作だが、 ピアノの前でしばらく天を仰いだ後弾き始めたチョンさんはどこまでも自然体、零れ落ちるような抒情美を誇張なく響かせた。終曲のラプソディは、やはり左手の理由によりシューマンのアラベスクに変更された。

続いてのモーツァルトのピアノ四重奏曲第1番、最も有名なクァルテット作品の一つだ。チョンさんは相変わらずリラックスした打鍵で、それが作品の表情にとても合う。ブラームスで魅せた自然な陰影は薄くなり、力みのない表情がいかにもモーツァルトらしい。彼のピアノは不思議で、力みなく一音一音置いているだけなのにホール全体によく浸透していく。
ピアノの自然体に比してヴァイオリン、チェロはやや力が入っていたように思える。ヴィオラのホンウェイはソウル・フィルでいつも一緒に弾いているのでチョンさんの語法を分かっていたように思うが、成田さんと堤さんのスタイルはこの曲では少なくとも好きではなかった。

休憩後のブラームスのピアノ・トリオ、五重奏曲からの変更だ。変更前よりは確かに若干軽めだが、それでもピアノが担う役割は大きく、冒頭から雄大な旋律が流れ出しヴァイオリン、チェロに波及していく。チョンさんは演奏会冒頭のブラームス・スタイルに戻り、滔々と音楽を紡いでいく。堤さんのチェロも前半より曲との適性があったように思えた。だがチョンさんと並び素晴らしかったのはヴァイオリンのルセヴだ。ソウル・フィル公演でも鋭いリードが印象的だった彼は、高弦における速いボウイングから生まれる凛々しさが特にいい。スケルツォ楽章でチェロ・ピアノを支える輝かしいトレモロも理想的に響き、交響曲を超えるかという内面的な燃焼が過不足なく描かれる。これぞブラームスだ!

やはり楽章間で体の調子を整えつつも全曲を破綻なく弾き終えたチョンさん、熱烈な喝采を浴びていた。左手も充分に力強くゴーンと響き、彼がピアニストとしてもまだまだ第一線にあることを感じさせた。(終演後、楽屋でご機嫌のマエストロは"No practice!"と豪快に笑っていたが、ジョークだったかしらん?)
来年の東フィル客演でのモーツァルト弾き振り、実に楽しみだ。