2015/10/26
プリモ芸術工房3周年 プレミアムステージ2
第25回プリモコンサート
【山本裕康・諸田由里子 ベートーヴェンチェロ作品全曲演奏会】 第2日
@プリモ芸術工房

ベートーヴェン:ピアノとチェロのためのソナタ第4番
ベートーヴェン:ピアノとチェロのためのソナタ第5番

ベートーヴェン:モーツァルト「魔笛」の「恋を知る男たちは」の主題による7つの変奏曲
ベートーヴェン:ピアノとチェロのためのソナタ第3番
~アンコール~
ベートーヴェン:ピアノとチェロのためのソナタ第5番より 第3楽章

チェロ:山本裕康
ピアノ:諸田由里子

山本裕康さんと諸田由里子さんによる、ベートーヴェンのチェロ作品全曲演奏会の第2日を聴いた。両日とも直前まで予定が入ってしまっており、残念ながらパスかなぁと思っていたのだが・・・幸運にも直前で夜の予定が空いて聴くことができた。プリモ芸術工房は50人強ほどの小規模なサロンで、完売との報せがあったので滑り込めたのはただただ幸運。(裕康さん、ありがとうございました)

密やかな音の語らいは第4番の雄大なハ長調で幕を開ける。2楽章構成で15分ほどの演奏時間だが、そう感じさせない規模の大きさを持つ曲だ。テンポ指示の変化も頻繁で、全編聴きどころという感じ。
続いての第5番、個人的には当夜もっとも感銘を受けたのはこの曲だった。ベートーヴェンがチェロという楽器において最後に辿り着いた境地であり、かつこの後に続く弦楽四重奏曲の傑作群を予見させる。冒頭の決然としたAllegro con brioは交響曲の第3番や第5番の冒頭楽章でも用いられた作曲家得意の始動だが、そのエネルギー感たるや。第2楽章では一転、緊張と抒情の間を行き来するような独特の音楽となる。用いられている音符の数は最小限、簡素なのだが、内部に凝縮していくような空気感を漂わせていた。作曲家の凄さ、お二人の演奏者の凄さ、どちらもだろう。第3楽章は伝統に則ったフーガ、これはもう神業というか―こんな音楽を作ってしまうベートーヴェンも、それを高い集中力で音化していく裕康さんと由里子さんも恐ろしい。一瞬たりとも弛緩なく、只管高みへと駆け上がる高潔な音楽だ。チェロとピアノの右手、左手がそれぞれ濃密な対話を繰り返していく。

前半でお腹一杯だったが、後半も当然充実。2種ある魔笛変奏曲のうち、当夜演奏されたのは後年の作曲である7つの変奏曲。第1幕フィナーレを目前にパミーナとパパゲーナがしっとりと歌う二重唱"Bei Männern, welche Liebe fühlen(恋を知る男たちは)"の主題による作品だ。奔放な展開のうちに、聴いていてあまりの美しさに涙が零れてしまうような名旋律をサラりと忍ばせるのがモーツァルトの心憎さ(おそらく作曲家自身も気づいていないのではないか?)だが、この旋律を自由に変奏したベートーヴェンも素晴らしい。流行の旋律に関連した作品を作ることは当時の常套手段だと思うが、その域を超えた完成度に聴きほれる。ピアノが担う役割も大きい。
そして最後に演奏された「第3番」。この名作については敢えてあまり触れないが、裕康さんの思い入れを強く感じる素晴らしい演奏だった。第1楽章で連続して出現するピッツィカートにも万感の思いが込められる。充実の一夜を締め括ったのは、うれしいことに最も感銘を受けた第5番の終楽章だった。これほど完成度が高い音楽作品も稀だと認識したが、裕康さんと由里子さんは疲れを感じさせず更に燃焼度の高い演奏を聴かせてくれた。一回目の演奏でも涙腺が緩んだが、ここにきてやはり熱いものが頬を伝う。

最後に。演奏の合間には裕康さんによるトークが挟まれたが、そのお言葉はどれも印象的だった。一曲目の第4番の後に「ベートーヴェンは生涯に渡ってピアノとチェロのためのソナタを書いてくれたので、彼のチェロ作品を聴けば生涯を追うことができる」と仰ったが、この視点は恥ずかしながら持っていなかった。成程、たとえばピアノ協奏曲などは中期で途絶えてしまっているのだ。また、チェリストにとってのベートーヴェンとはほぼ「第3番」であるが、全作品を演奏することで素晴らしいチェロ作品群を知ってもらいたい、とも仰っていた。
ちなみに、トークの途中で『第5番って・・・わかります?』と仰って最前列の自分の方を見られた気がするのだが、気のせいだろうか?名チェリスト・裕康さんに「分かってる?」なんて言われたら、自分は固まるしかありません(笑)
伸びやかにチェロが響き、古き良きスタインウェイの名器との対話を聴くことができるプリモ芸術工房での一夜、素晴らしかった。最近、いっそう室内楽が沁みるようになってきた。