2015/11/28
東京交響楽団 第89回東京オペラシティシリーズ
@東京オペラシティ・コンサートホール

フェルドマン:ヴィオラ・イン・マイ・ライフⅡ
バルトーク:弦楽器と打楽器とチェレスタのための音楽
ドヴォルジャーク:交響曲第8番

ヴィオラ:武生直子
管弦楽:東京交響楽団
コンサートマスター:大谷康子
指揮:ジョナサン・ノット

ノット×東響の主催公演は、今シーズンはこれが最後。このプログラムが来年4月に始まる新シーズンを予告しているのでは、という推察を先日定期演奏会の項で書いた。

一曲目のフェルドマン作品は、極度に凝縮した編成の上にヴィオラが幽玄に舞う音楽。多くの打楽器を含むオーケストラは10人足らずで、ソロを奏でるヴィオラは省かれている。
最初に出てくるのは音楽というより音の連続。それが徐々に呼応して流れを形成していく。ノットはプログラムの対談の中で「とても明るく、かつ青白い光」と語っているが、確かに静謐でこそあれ暗くはない音楽だ。掴みどころがない雰囲気はホールに広がったが、この作品を「演奏会用序曲」的に紹介したノットの知見に感謝したい。何も華々しく会場の温度を上げるだけがイントロダクションではなく、続く作品に相応しい雰囲気をもたらすことも重要な役割だと思うからだ。

続くバルトーク「弦チェレ」はオーケストラが左右2群に分かれ、濃密な対話を全曲で繰り広げる。ほぼ14型の東響の弦は切れ味鋭いアンサンブルを生き物のように蠢かす。ノットの指揮は超辛口、厳しくリズムを締め上げて一寸の隙も見せない。偶数楽章で崩壊寸前でとどまるアンサンブル、奇数楽章の緊張感とテンポ変化封じなど実に見事な指揮だ。疾走する終楽章はカラヤン/ベルリン・フィルを髣髴とさせる怖ろしいハイ・テンポで、狂ったように一体となり加速していく。幕切れもタメを作らず、むしろ雪崩れ込むように終結する。あたかも演奏者一丸となり自我の崩壊を演じるかのように。
この「弦チェレ」第1楽章が始まると、はっと驚かされた。前に演奏されたフェルドマン作品と鮮やかな対比が描かれ、同時にバルトークの進行を予告してもいたと気付いたからだ。純水のように聴き手に浸透するフェルドマン、空恐ろしい緊張を要求するバルトークは類似し、かつ対照的だ。

前半の熱気を引き継いで名曲・ドヴォルジャークの第8番が高らかに演奏された。といってもノットの指揮は、名旋律を流麗に紡ぎワッと聴衆を沸かせる類のものとは全く異なる。土の薫りすら感じる重心の低い低弦をベースに(これがほぼノット/東響の標準装備となってきた!)、ヴァイオリン群の密な対話や対旋律の効果的な抽出で聴かせる。決して力技で押さず、弦楽器の弓圧調整には吟味の跡を確かに感じることができた。オペラシティ・シリーズのリハーサル期間でこの三曲をここまでの水準に仕上げてしまうノットの手腕にも脱帽だが、きっと翌日の新潟定期では更に磨き込まれただろう。トランペット、ホルンといった金管群の充実も手堅く、木管群も素晴らしい音色で歌う。第2楽章の大きなスケール感、嫋々とした旋律美だけに留まらない第3楽章の良さを聴くに、ドヴォルジャークの第8番とはこれほどの聴き応えを持つ曲だったかと再認識した。

ノット監督と東響、次回登壇のオペラシティ・シリーズにおける鮮烈な対比と収束にも大きな期待がかかる。