2015/12/26
東京都交響楽団 都響スペシャル「第九」
@サントリーホール

ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱」

ソプラノ:安藤赴美子
アルト:中島郁子
テノール:大槻孝志
バリトン:甲斐栄次郎
合唱:二期会合唱団(合唱指揮:藤本淳也)
管弦楽:東京都交響楽団
コンサートマスター:矢部達哉
指揮:エリアフ・インバル

インバル/都響の「第9」3日目、最終日のサントリーホール公演を聴いた。

初日はやや慎重に全体を作り上げ、徐々に調子を上げて最終日にピークを持っていく。これが複数公演におけるインバルの流儀だと思うが、今回もその流れに沿ったと考えてよかろう。3日それぞれ演奏が異なり、味があったが、集大成として持てるすべてを出し切った解放感、ホールを包む圧倒的な昂揚はサントリー公演に軍配が上がる。

弦楽器にはしばしば濃厚でユダヤ的なヴィブラートが付加され、第1オーボエにベルアップ気味の指示をするなど、「第9」を通して現代を見つめるが如きインバルのベートーヴェン像。厳しいリハーサル、3日の本番での部分的な修正を経て、最後にはもっとも理想的な形で彼の音楽が鳴り響いたのではなかろうか。極小単位のフレーズの積み重ねがオーケストラに染み込み、結果として緻密かつ豪快なサウンドが生まれたのだ。ここまで来れば、インバルが大振りせずともオケは轟々とうねり、強靭な響きを奏でる。

ステージに近い客席からインバルとオーケストラを見ていると、想像以上に高度なやりとりが無言のうちに交わされている。コンマスの矢部さんと指揮者、そして各弦楽器のトップ奏者、管楽器奏者―彼の指揮は即興的に変化することも多々あるので、油断している暇はないのだろう。舞台全体にピンと張った、されど独裁的ではない緊張感が漂っている。
第1楽章の厳粛な響き、容赦のないコーダ(ブルックナー9番の同箇所をいやでも連想させる!)は先の公演の記事で書いたとおりだが、第2楽章の執拗に叩き込まれる弦のペザンテはよりアグレッシヴになっていた。軽快なトリオとの対比も鮮やかで、トリオ冒頭で木管群が高速で吹くパッセージが弦楽器に移るとインバルは嬉々として旋律を歌いながら弾むように振っていた。この大胆さである。

休止を挟んで緩徐楽章へ。インバルはマーラー5番のアダージェットかのように、左手でヴィブラートをかける仕草をしながら慈しみ深く、愛おしげに振っていく。第1主題には「自由の渇望」とでも呼びたくなるような情感が宿り、痛切な表情がにじみ出る。一方で第2主題は低弦にゆっくりと導かれ、中音域の懐深さを響かせるのだ。これら全てが澄み切った合奏で表現された。
名残惜しげに第3楽章を振り終えたインバルの顔が苦渋に歪み、指揮棒が一閃すると第4楽章の開始である。冒頭の低弦レチタティーヴォは彼が入念に作り上げたと思われるが、濃厚だがしなやかな語り口で進む。コントラバスには首席奏者が御二人。納得の重厚さである。歓喜主題は抑え切れぬように全体へ広がっていき、やがて意気揚々と全合奏へ。やがて入ってくる合唱への指示は最小限だったが、二期会は流石プロである。それほど親切とはいえないぶっきら棒な指示をも汲んで音楽に仕上げる。"Vor Gott!"で音量を小さくせず、むしろクレッシェンドしてオーケストラの音量はそのまま、というのは彼くらいしか聴いたことがない。続く行進曲までの間もたっぷり取られ、どっしりとした足取りで進む。テノールの大槻さんは柔らかな美声で魅了したが、他の御三方にやや音量的に負けていた感はあった。また四重唱での着地も少し残念。ソプラノ安藤さん、アルト中島さんは安定感があり、最後にはバリトンの甲斐さんが渾身の一音を決める。終結部はインバルはいわゆる「歓喜の歌」に差し掛かる直前の弦の念押し(練習番号M)でテンポを落とし、続いて現れるホルンの信号動機を導く形で強調した。これは今回の新機軸だ。終局では高らかに天を指差し、大白熱のままオーケストラのみの猛疾走へ。ここでのインバルの指揮は3日間同一で、ブルブルと両手を揺さぶりながら上へ掲げていくのだが、それに都響が見事に追随して圧倒的なクライマックスを築く。

これまでも相思相愛ぶりを示してきた名コンビだが、今回は客席の大熱狂もあって一際感銘深い光景に。インバルはオケを起立させようとしたが、矢部さんは体をわざと後ろに反らし、茶目っ気たっぷりに断っていた。最後の答礼後には矢部さんとトップサイドの渡邊さんをインバルがハグして解散、その後鳴り止まぬ喝采を受けて独唱陣を伴って5人でのカーテンコールとなった。
都響のシェフとして辣腕を振るっていたインバルは、徹底的に自らの解釈にオーケストラを引っ張る厳しいトレーナーだった。いまや自在な呼吸を共有するようになった彼と都響は、お互いの音楽作りをより深いポイントで理解しているのではないか。演奏中や終演後、険しさに勝って柔和な表情を浮かべるようになったマエストロを見て、そのようなことを考えていた3日間の祝祭であった。

インバル/都響「第9」1日目
インバル/都響「第9」2日目