指揮者エリアフ・インバル80歳の誕生日を祝うインタヴュー・シリーズの第3部。(第1部第2部
第3部では、数々のレコーディングの成功の回想、またオーケストラのサウンドと作品の解釈に関する彼の考えに触れ、インタヴューを締めくくる。 
 
ニーナ・ロルフス(NR):幾多のレコードやCD録音と並んで、hr交響楽団(旧フランクフルト放送交響楽団)とのブルックナー・サイクルは、まさに世間の注目をあなたに集めさせることになりましたーそして今なお伝説的とされています。このオーケストラとの関係はどのようにして始まったのですか?

インバル(I):私は、大いなる可能性と同時に沢山の問題を抱えたオーケストラと出会ったのです。まず全体として、オーケストラの心構えがトップクラス楽団のそれではなかったのです―そして私は、ただちにトップクラスになって欲しかった!沢山のことを改めなければなりませんでしたし、残念ながらそれは楽員の交代のような心苦しいことを行うことも意味しました。あの頃の私は非常に熱心で、このオーケストラは何一つやっていないと思っていました―レコード録音も、演奏旅行も。彼らは単にやりたがらなかったのです。私はまずレコーディングから始めました。私達が録音した大規模なサイクルの数々は、オーケストラにとって非常に価値のあるものでした。何故ならそれらのレコーディングは、世界中の聴衆に認められたからです。

NR:どのようにして(レコーディングの)機会が訪れたのですか?

I:私がまだフィリップスの専属だった時、ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団とクラウディオ・アラウとレコーディングをしたのですが、これが大変うまくいきました。ブルックナーに関しては、第3番・第4番・第8番の原典版を指揮したのは私が初めてでした。これら(の原典版)はとても演奏が難しかったので、誰もやりたがらなかったのです。テルデックはこれら(の原典版)の録音を熱望していて、結果的に交響曲の全曲録音に繋がりました。ドヴォルジャークやストラヴィンスキーのサイクルを含め、その他沢山のプロジェクトがこれに続いたのです。日本に行った時はいつもマーラーの交響曲を指揮して拍手喝采で迎えられていたので、デンオンが私を知るようになりました。そこで彼らはフランクフルト放送交響楽団とのマーラー・サイクルを発売したのです。私が思うに、あれは初のデジタル版交響曲全集で、何千枚も売れましたよ。その後で、ベルリオーズやショスタコーヴィチ、シューマン、ヴェーベルンやブラームスの全集もデンオンに録音しました。レコードからCDに至るまで、これら全てが私を有名にしてくれたようなものです。

NR:これらの録音はまた、指揮者としての出世にも繋がったのでしょう。

I:疑いありません。私としては、次のように言いたいのです―オーケストラにある指揮者がやって来る時、状況は二通りあります。その指揮者が知られておらず、最初の数分間で彼自身がどう振舞うかに全てがかかっている場合と、経歴も名声も伴っていて、無意識のうちにその力を享受する場合です。私は後者として非常に得をしているのですよ。権威やカリスマ性を持った人は他にも確かにいます。しかし、レコーディングによって私がマーラーとブルックナーの解釈者としてとりわけよく知られたという事実は、 間違いなく強みであったのです。

NR:フランクフルト放送交響楽団との録音は、長期間に及んだ首席指揮者時代のことですからかなり前になりますね。現在、あなたがそのような緊密な関係にあるオーケストラを客演で指揮するのはどういった感じですか?

I:長年にわたって共演してきたオーケストラに戻ると、私が彼らの前に立った瞬間にオーケストラの音が変わるのです。その時彼らは、私が何を取り戻したいかが分かるのですよ。こういったことは、フェニーチェ劇場管弦楽団、ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団、フランクフルト放送交響楽団、東京都交響楽団、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団で生じます。まるで家族のところに帰ってくるようなものです。こういった結びつきが残っていて、「インバル・サウンド」という表現が用いられるのですね。

NR:これらのオーケストラは、サウンドの個性という点で大いに異なっています。インバルさんの頭の中には、「ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団におけるインバル・サウンド」「フェニーチェ劇場管弦楽団におけるインバル・サウンド」といったものがあるのでしょうか。それとも、全てのオーケストラに同じサウンドを獲得して欲しいとお思いなのでしょうか。

I:それは興味深い見方ですね―何故なら、どのオーケストラも固有の癖があるからです。そして私は自分の理想像を持ってオーケストラに接します。「インバル・サウンド」は存在しますが、全てのオーケストラにおいて同じにはなり得ません。例えば、私は東京のオーケストラから日本的なものを取り除きたいとは決して思いません。私はそれぞれのオーケストラの質や特徴、特性を保ち、そこから恩恵を受けたいのです―その上で「インバル・サウンド」を、そして当然私の解釈を成し遂げて欲しいのです。 

NR:インバルさんはどのように解釈を発展させるのですか―作品の「鍵」はどのように見つけられますか?

I:理解に難くないことがあります―スコアや作品の構造を分析すること。これはすべての指揮者にとって共通のことです。しかしその一方で、超自然的・感情的なことも考慮に入れる必要があります。音楽の持つ意味―どんな物語を語っているのか、どのような意味を持つのか。これがインバルという人間が影響する瞬間であり、私はスコアと調和していなければならないのです。ブルックナーの交響曲第4番を例にとってみましょう。この作品を私は何度も指揮してきましたが、今スコアを見つめ直し、何を私に語りかけてくるか、またそれが私にとってどんな意味を持つのかを探求しています。その度に新しい見方が明らかになるのです―何故なら、時間が移ろい、私が変化し、世界が困難な問題の数々に直面しているから。これらは全て、音楽に反映されます。そして当然、そこには良い悪いというものはありません。それ (注:スコアの見方)は個人的なものであり、それこそが解釈を構成するのですから。別の指揮者は音楽に違ったことを発見するでしょうし、それで何の問題もありません―退屈なものでなければね。

NR:私達はこれまで、あなたかどこに住んだかということについても間接的に話してきました―今はパリにお住まいですね。それは自明のこと、とは思えないのですが。あなたの奥様はドイツ人で、一部のお子さんはドイツで成長なさったのでしょう。

I:それ(注:今パリに住んでいる理由)はおそらく、感傷によるものでしょう。私の学生時代は非常に重要で、私という人間を形成した時期でした―ロマンスの経験も、勿論そこで学んだテーマそのものも含めて。いつかパリにもう一度住みたい、という願望は常に強いものでした。1990年まで長い間ドイツに住み、その後はイスラエルに戻ることも考えたのですが、妻が来たがりませんでした。それで私達はパリに戻ってきたのです。

NR:誕生日のあたりには沢山のコンサートを指揮しておられる予定ですね。満足されていますか?

I:近頃の経験には満足しています。新しいオーケストラを知ること、また既によく知っているオーケストラに還ってくることは、大きな喜びを与えてくれます。今私がただ望むことはまったく陳腐なことです。子供達と孫達を見守っていられるように、健康と長寿であること―これからもずっとね。

NR:我々も、心からそう願っております!

(了)

インタヴュアー:ニーナ・ロルフス
2016年1月 ベルリンにて
(インタヴュー英訳:セリア・ウィン・ウィルソン)

ドイツ語/英語の原文はこちらから。
この日本語訳は、インバル氏の所属事務所であるカルステンヴィットの許諾を得て行っております。