2016/4/25
東京フィルハーモニー交響楽団 第879回サントリー定期シリーズ
@サントリーホール 大ホール

グリーグ:劇付随音楽「ペール・ギュント」(全5幕/日本語字幕・語り付き)

語り:石丸幹二
ソールヴェイ:ベリト・ゾルセット(ソプラノ)
アニトラ:富岡明子(メゾ・ソプラノ)
ペール・ギュント:大久保光哉(バリトン)
合唱:新国立劇場合唱団
合唱指揮:河原哲也
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:荒井英治
指揮:ミハイル・プレトニョフ

2015年4月に東フィル首席客演指揮者に就任したミハイル・プレトニョフ。昨年10月の「不死身のカシチェイ」公演がお披露目となったわけだが、本来は昨年度最初の定期での「ペール・ギュント」が就任後初の公演となるはずだった。公演はプレトニョフの御母堂の逝去に次ぐ本人の体調悪化により急遽キャンセルとなり、今回が丁度1年越しの再演となった。優れたキャストが再び集まり、この貴重な上演が実現したことを喜びたい。

恥ずかしながらイプセンの「ペール・ギュント」は読んだことがない。韻文による劇詩であり、当初舞台上演を想定していなかった点からもいわゆる「戯曲」とは別物であると考えてよいのだろう。なので、必然的に「劇付随音楽」であるグリーグの音楽も原作の形に類している。今回は石丸幹二の語りを曲間―場合によっては曲中―に挿入しながらの上演であったが、彼の語りがなければ日本語字幕付きとはいえストーリーを理解することは非常に困難だったと思う。第3幕でトロルの宮殿から逃げ出したペールと「くねくね入道」との対決、第5幕に現れるボタン作りとの会話など、語りによる状況説明が必須と思われるシーンがいくつもあった。(原作を知る方に言わせると、トロルの宮殿での騒動は今回でも省略し過ぎでよく分からないそうだ)ちなみに今回の台本は、プレトニョフ監修によるロシア語台本の邦訳版だ。

歌を含めた音楽と語りの一致という点でも今回の全曲上演には発見が多くあり、組曲では割愛された物語のフローや音楽の必然性が確かに感じられた。ハリングフェーレによる農民舞曲が効果的に使われる第1幕では、5度の素朴な響きが多用され、狼藉者としてのペールを自然に浮かび上がらせる。第3幕の「オーセの死」に至るまで物語は怪奇性を増し、音楽もスケールを増していくのだが、特にそれが顕著なのは有名な「花嫁の略奪とイングリの嘆き」「ドヴレ山の魔王の広間にて」だろう。特に後者では、「スープの出汁にしてやろうか!」など合唱団のメンバーによるおぞましい叫びも曲中に挿入され、尋常ならざる場面であることを感じさせる。続く第10曲「ペールはトロルに追い回される」ではリムスキー=コルサコフ「はげ山の一夜」さながらの管弦楽が轟く。
第4幕では舞台がモロッコに移り、音楽もアラビア風味が濃厚になる。有名な「朝の気分」はサハラ砂漠を描いたものだ。老人となったペールは、一途に彼を待ち続けるソールヴェイのもとに帰り、上述した「ボタン作り」(死の化身)や自然との内向的な会話を経て、死と浄化の終結を迎える。

演奏会の前半に1~3幕(60分)、後半が4・5幕(80分)という長丁場を、石丸幹二は荒くれの若者から老女まで表情豊かに演じ分けていた。クラシック公演における語りという点では、彼の演劇性・音楽へのリスペクトはトップクラスに見事だった。(年初のある公演で棒読みとしか思えない朗読を聴いただけに、余計に感銘を受けた!)荒井ゲスト・コンマスやプレトニョフ、石丸幹二は三者でアイコンタクトをとりつつ、グリーグがイプセンの原作に寄り添ったのと同様に、この劇付随音楽に豊かな共感を示したと言って良い。グリーグのヴァーグナーへの傾倒も随所で聴かれ、第4幕における透明度の高い木管楽器の響きや音階進行は「パルジファル」、第5幕ペールの船の難破は「オランダ人」、そして幕切れのソールヴェイの子守唄はどこか「イゾルデの愛の死」を連想させる。もちろんこれらは直接的ではなく、グリーグ特有の静謐さを土台にした管弦楽の響きにより描かれるのだが。
こういった特徴を感じることが出来たのは、ひとえに演奏の充実あってのことだ。プレトニョフの指揮は簡潔ながら表現の力点を的確に押さえており、作品への誠実な向き合い方に好感が持てた。彼の指揮にここまでの説得力が備わったのは彼の円熟なのか、または作品との相性(昨年の「カシチェイ」もよかったのだ)なのか。東フィルも弦の静謐な音色が終始見事だし、ヴァイオリン・ヴィオラによるハリングフェーレも素敵だ。独唱ではソールヴェイのゾルセットが筆頭に挙げられる。名歌手アーメリングを思わせるヴィブラートの少ない歌い方、時折細かく施されるヴィブラートもまた民謡調で作品に似つかわしい、というかこれが本流なのだろうけど。日本人歌手ではアニトラの富岡さんが肉感豊かだった。新国立劇場合唱団も上述した台詞の叫びを含めよかったけれども、男声2人・女声3人のSoliは少々疑問符が付いた。

闊達な生の喜びと死の淵での静謐な問い、その両面が一つの劇付随音楽の中で雄弁に描かれる「ペール・ギュント」。対極に位置する価値観が、実は同じ現象や人間の裏表であるというメッセージは、時代を超え普遍的なものだろう。組曲で聴くと音楽の美しさのみに気を取られてしまうが、長大な全曲を聴き終えて残る余韻は格別のものがあった。素晴らしい企画に感謝したい。