2016/4/30
東京都交響楽団 第806回定期演奏会Cシリーズ
@東京芸術劇場 コンサートホール

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番
~ソリスト・アンコール~
ドビュッシー:子供の領分より 第6曲「ゴリウォーグのケークウォーク」

ブラームス:交響曲第1番

ピアノ:ミシェル・ダルベルト
管弦楽:東京都交響楽団
コンサートマスター:四方恭子
指揮:小泉和裕
 
「作曲家の肖像」シリーズ改め、都響のC定期がスタートした。始まりを告げるのはベートーヴェンとブラームスで、指揮は終身名誉指揮者の小泉和裕。正直、定期の名を冠するシリーズの幕開けとしてはベタな感が否めなかったのだが―演奏を聴いてその印象は一変した。なるほど、確かにこれは新たな「船出」であったのだ。

サポーターの方の懇意により、当日は朝からゲネプロも聴かせて頂いた。細部の拘りを突き詰めるというよりは、全体の流れの確認といった感じで、いかにも小泉さんらしい進め方。ベートーヴェン、ブラームスいずれも殆ど止めない。ブラームスで第1楽章展開部をやり直したのと、第4楽章を一部端折った程度だろうか。ただ響いた音楽は大変に上質。
14時からの本番は、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番に始まった。ミシェル・ダルベルトはロマンスグレーの髪が美しく、ステージ衣装も渋く格好良い。そんな彼が弾いたベートーヴェンは、幅広い音色とセンスある節回しが魅力的だ。テクニック的には最上でなかっただろうが、聴いている時はそのことは考えなかった。第1楽章のカデンツァはベートーヴェンによるもので、やや不器用さを感じさせつつも直截な仕上がり。小泉さんと都響は例によって芯の太い音で重厚に奏でたが、第2楽章でのソリストへの寄り添い方は前半の白眉であった。小泉さんとダルベルトは今月既に九響で同曲を共演済みなのだが、直接アイコンタクトを取っているわけではないのに阿吽の呼吸。小泉さんは極力アタックを排し、手を静かにオーケストラの中へ沈めていくようなジェスチュアで深みある音を引き出す。楽章の終結へ向けて弱音が静謐さを増す中、客席で無神経な音がしたのは何とも残念だったが。第3楽章のロンドでは再び活力が戻り、オーケストラも音符を畳み掛けて凄みを増す。
ダルベルトがアンコールに弾いたのは、ドビュッシー「子供の領分」からゴリウォーグのケークウォーク。トリスタンの引用が茶化され、再び深淵に...というお茶目な表情が愉しく、如何にも彼らしいセンスを感じた。

後半は王道中の王道、ブラームス「第1番」。前半のベートーヴェンの緩徐楽章の音作りを聴いて、もしかしたら小泉さんは変わったのか・・・?と思っていたのだが、その予想はどうやら正しかったらしい。均整美・流れの良さを最優先する小泉さんが自らの殻を脱し、新しい境地へと向かおうとする瞬間に、はからずも立ち会うことがでた。
冒頭の第1音、一瞬コントラバスを先に出してピラミッドバランスを意識させる流儀は師匠譲り(つまり予想の範疇)なのだが、それ以降の音楽の切迫度がこれまでの彼とは違う。リハーサルのややすました表情ともまるで異なり、バランスが崩れようともお構いなしに音楽の密度を上げようとする意志に驚いた。第1楽章展開部でオーケストラの交錯が頂点へ達し、再現部へ雪崩れ込む箇所はいつ聴いても衝撃的だが、この日の都響の本気度は凄かった。その後中間楽章では素朴な表情も聴かれたのだが、小泉さんの腕の動きはやはりこれまでと違う。積極的に内声や低弦の合いの手を動かし、音楽を雄弁に進めていく。四方さんのソロも品があり素晴らしい。終楽章もオーケストラの性能全開で、やや熱が先走った場面も無くはなかったのだが、この全軍突撃のような気迫で迎えるコーダは凄まじい。十分にテンポを落として奏でられたのもまた感動的だ。

都響デビュー40周年を迎え、終身名誉指揮者としてますます関係を深めていくであろう小泉さん。既に円熟期に差し掛かっている彼が、ここに来て一段とその芸風を変え始めた瞬間に立ち会えたことは本当に嬉しい。オーケストラの熱狂的な反応もさることながら、トップサイドを務めていた矢部さんが「おめでとうございます」と口を動かした瞬間を、自分は見逃さなかった。