2016/6/16
「わ」の会コンサート vol.3 Berauschung: 陶酔
@すみだトリフォニーホール 小ホール

ヴァーグナー:歌劇「タンホイザー」第2幕より 歌合戦の場

ヴァーグナー:楽劇「トリスタンとイゾルデ」第2幕

字幕・解説:吉田真
メゾ・ソプラノ:池田香織、山下牧子
テノール:片寄純也
バリトン:大沼徹、友清崇
バス・バリトン:大塚博章
ピアノ:木下志寿子
ハープ:操美穂子
指揮:城谷正博

6月16日、すみだトリフォニーホール小ホールにて「わ」の会コンサート vol.3を聴いた。
ヴァーグナー作品を演奏会形式で魅せてきた「わ」の会、オペラの1幕そのままの上演は初めてとのこと。9月の二期会公演「トリスタンとイゾルデ」にも今回のキャストが複数出演するだけに、プレ公演の趣もあった。開演前のドイツ文学者の吉田真さん(字幕作成も担当)によるプレトーク(ノヴァーリス『夜の讃歌』からの影響など)が興味深いお話が沢山。マエストロ・城谷正博さんを交えてトークは弾み、ピアノ演奏によるモティーフの解説では本編への期待がぐんと高まった。
 
前半の「タンホイザー」第2幕からの「歌合戦の場」は、冒頭から木下志寿子さんとマエストロ城谷のピアノ連弾による大行進曲の演奏から格調高く始まる。マエストロがいきなりピアノをも弾き出すのは鮮烈で、4手により音楽の雄弁さが高まってよい導入の役割を果たしていた。舞台装置はほぼ無いが、ステージ後方には長椅子が置かれている。そこにはエリーザベト(池田香織さん)と方伯ヘルマン(大塚博章さん)が座し、客席から入場してくる騎士たち、くじを持った小姓(女声合唱)を迎え入れる流れ。ヘルマンが与えた「愛の本質」という課題について騎士たちはそれぞれ歌を披露するが、第一声のヴォルフラム(大沼徹さん)のバリトン・ヴォイスの深々とした魅力にまず魅せられる。タンホイザー(片寄純也さん)の返答を挟んでのビテロルフ(友清祟さん)の歌唱は幾分渋め。いよいよ昂る感情を抑えられず「ヴェーヌス山へ行け!」と高らかに歌うタンホイザーの片寄さん、他の2人が歌っている間も目線や表情の演技が素晴らしく、勇壮なテノールの美声を披露してくれた。スティーヴン・グールドにも似た勇壮なヘルデンは、まさにはまり役の凄味といえる。これら3人の性格を見事に演じ分けたハープ(操美穂子さん)も普段オーケストラ・ピットの中で聴くのとは全く異なり、いかにヴァーグナーが人物描写に長けていたかを思い知らされることに。

後半はいよいよ「トリスタンとイゾルデ」第2幕全曲。舞台上は照明が落とされ、真っ暗な中で衝撃的なピアノにより物語が開始される。舞台はコーンウォールのマルケ王の城、王が狩に出る夜の間に妃となったイゾルデは愛するトリスタンと密会する。第1場はイゾルデの侍女ブランゲーネ(山下牧子さん)とイゾルデ(池田香織さん)の駆け引き。山下さんは万全ではないのか、やや辛そうな瞬間もあったが、ブランゲーネの複雑な心中をよく描き出した。第2場を予告する強靭なピアノに続き、客席よりトリスタン(片寄純也さん)が勢いよく入ってくると濃厚な二重唱の始まり。幕の冒頭にピアノで提示された動機が印象的な「昼の会話」の激しい言葉の応酬(いわゆるカット箇所)に続き、夜のとばりが下りてくるといよいよ音楽史上稀にみる陶酔の場面へと入る。片寄さんは前半のタンホイザーとも全く違うキャラクターを展開、池田さんの知性と情熱を兼ね備えたイゾルデとの音楽的な昇華は手に汗握るばかりで、Textverständlichkeitも当然のように保たれている。やがて重唱が究極まで高まると、クルヴェナル(友清祟さん)の「トリスタン、お逃げなさい!」という警告と共にトリスタンを裏切ったメロート・マルケ王らが乱入する。ここで長いモノローグを歌うマルケ王(大塚博章さん)の深いバスもまた素晴らしい。その間も各キャストが自発的な演技を繰り広げており、特にメロート(大沼徹さん)は今にも斬りかからんばかりの迫真の表情で最後まで圧倒され、暗転して幕切れとなった。
 
「トリスタン」だけでなく、公演全体を通して全曲暗譜、歌手一人ひとりに完璧なキューを与えた城谷正博さんの手腕には恐れ入るばかり。飯守泰次郎さん譲りの愛に充ちた音楽運びは実に雄渾。音楽の細部を引き締めつつソリストを開放し、全体としては引き締まった印象を与えるという離れ業には降参した。
木下志寿子さんのピアノからは、ヴァーグナーのオーケストレーションそのものを感じた。例を挙げるならば第3場、「第1幕の前奏曲」冒頭が回帰する箇所の素晴らしさ(管弦楽では木管のみにより演奏されるので、それほど劇的な音量変化はない)だ。
新国立劇場・二期会と主要な舞台で活躍中のキャストがヴァーグナー音楽に誠実に向き合い、その最良の形のために「奉仕」した結果の充実であったと思う。深くドラマに没入できた背景には、手際の良い舞台上の采配、感覚的に捉えやすい見事な字幕など多くの要素があったが、筆頭に来るべきはその音楽的密度であろう。カット無しで「トリスタン」第2幕が観られるという貴重さも含め、素晴らしい公演だった。また次回も濃厚な上演を期待したいところだ。