2016/7/4
新日本フィルハーモニー交響楽団 第560回定期演奏会
@サントリーホール 大ホール

マーラー:交響曲第8番「千人の交響曲」

罪深き女:エミリー・マギー(ソプラノ)
懺悔する女:ユリアーネ・バンゼ(ソプラノ)
栄光の聖母:市原愛(ソプラノ)
サマリアの女:加納悦子(アルト)
エジプトのマリア:中島郁子(アルト)
マリア崇敬の博士:サイモン・オニール(テノール)
法悦の教父:ミヒャエル・ナジ(バリトン)
瞑想する教父:シェンヤン(バス)
栗友会合唱団(合唱指揮:栗山文昭)
東京少年少女合唱隊(合唱指揮:長谷川久恵)
管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:豊嶋泰嗣
指揮:ダニエル・ハーディング

先日のトリフォニー定期に続き、今月はサントリー定期でもマーラー第8番。これだけのキャストを揃えて上演するわけだから、今回のように3回くらい上演するのが本来であればベストか。ホールの響きが全く異なるので、出てくる音楽はほぼ別物といった感もある。

結果としてやはり、初日とは大きく異なる音楽が紡がれた。第1部は初日のインテンポ志向から変貌し、深い陰影を伴う表情がサントリーの空間に彫り深く刻まれていく。終盤の強烈なアッチェレランドは相変わらずだが、合唱とオケが一体となり断ち切る音の余韻がサントリーだと一層色濃い。微動だに出来ない。
トリフォニーに引き続き、第2部序盤の導入部こそは当夜の白眉であり、ハーディングの丁寧な筆致に打たれる。日本のオケの「千人」で、この箇所がテンポが遅いだけで緊張感が失せてしまった演奏を聴いたことがあるが、新日本フィルはピッツィカートひとつ揺るがせにせず、そして各セクションへの受け渡しが見事だ。ここが決まれば、続くオペラ的な独唱リレーも概ね成功は確約されたといえる。バリトン、バスの登場はトリフォニーと同様。サントリーの豊かな空間を充たす栗友会合唱団(トリフォニーから増員された様子)は、満員電車状態の初日に比べ物理的に解き放たれて圧倒的に歌いやすそうだ。サントリーのP席は好条件だろう。独唱はやはり適材適所で、その中でもオニールの,,Höchste herrscherin...‘‘は世界最高の輝かしさ、それに続く昇華をハープとピアノがテンポを落として後押しする箇所は実に 感銘深い。終盤に至るまで、ハーディングのフレージングは初日と全く異なり粘り強い。追従したオケは凄いが、神秘の合唱直前で木管に些かの緩みが発生したのと、トランペットが押しに押していく箇所で息も絶え絶えだったのは何とも惜しい。

結果的には、日本の「千人」史にまた一つ印象深い演奏が刻まれたのではなかろうか。オペラ的・オラトリオ的な性格を聴き手に意識させるハーディングの采配は音楽的に納得がいくものだったし、これにオケが可能な限り追従しようとした結果だろう。終演後は大感動で冷静に判断できなかったが、今振り返ると水準以上の演奏という感。マーラーの第8番が演奏されるだけで事件、という時代はとうに終焉している。これはこれで、凄いことかもしれない。
演奏後は退任するハーディングへ餞けのセレモニー。震災という悲劇はあったものの、それを契機に一層結束を強めたコンビだった。音楽の旅は未だ途上、という感も否めないが、何はともあれ上岡体制へのスムーズな移行を期待したい。