2016/7/24
東京都交響楽団 都響スペシャル
@サントリーホール 大ホール

モーツァルト:交響曲第25番
マーラー:交響曲第5番

管弦楽:東京都交響楽団
コンサートマスター:矢部達哉
指揮:アラン・ギルバート
 
アラン・ギルバートと都響、今回が3度目の共演。3度目にして、オーケストラのコア・レパートリーであるマーラーの「第5番」を任せられるということから、彼にオーケストラが寄せる信頼の厚さは推して知るべきだろう。アランもまた、ニューヨーク・フィルの音楽監督としてバーンスタイン、旧くはマーラーその人と繋がる。ここにきて両者が勝負に出た、と言っても過言ではないと思う。

モーツァルト「交響曲第25番」の冒頭から、肌理の細かい合奏に現役の弦楽器奏者でもあるアランの繊細さを感じた。驚嘆した。同じフレーズでも指揮が求める表現が変わり、その結果奏者の意識が常にアランの動作に集まるので、音楽の濃さと緊張感が揺るがない。引き締まっていながら総体の響きは柔らかい、という印象も付随してくる。第3楽章トリオは木管のみによる伸びやかな音楽だが、ここでの木管群は自発的に舞い、19世紀的な典雅さすら感じられるように思われた。密やかに物語を語り始めるようなフレージングの終楽章冒頭も茶目っ気が効いている。

後半はマーラー「交響曲第5番」。歴代マエストロと演奏を重ね、近年では、つい3年前のインバルとの新ツィクルスにおける極限に切り詰めた凄演が記憶に新しい。その延長線として、今回の演奏は都響マーラー演奏史に新たな1ページを書き足し、新時代へと誘う象徴的なものであった。インバルとの共同作業における成果の一つが徹底的なディテイルの彫琢とすれば、アランが更に求めたものはそこに加わるオーケストラの自発性である。有機体として指揮者と補完し合い、音楽を掘り下げていく。アランと都響による名曲への挑戦の成果はかなりの点で達成され、都響のポテンシャルにも改めて瞠目する結果となった。濃厚な響きを紡ぎつつ、弦5部は明晰さを失わない。また終楽章で現れるコントラバスのピッツィカートなど諧謔も充分にある。この日は特別公演であり、翌日に同内容の定期演奏会も聴いた。演奏上の詳細についてはそちらにて書きたいと思う。

最後に。こんなことを言うと背後から刺されそうだが、ギルバートへの聴衆・オケの大きな歓呼には「この人こそ都響が迎えるべき指揮者である」という感慨すら抱く。演奏の感銘度のみならず、ステージでの自信に満ちた振る舞い、客席にも向けられる気配り(咳き込んだ客を一瞬振り返って心配)など、リーダーはかくあるべし。