2016/8/27
Gustav Mahler <Symphony of A Thousand>
@ロッテコンサートホール(韓国、ソウル)

マーラー:交響曲第8番「千人の交響曲」

罪深き女:
Hyun-Ju Park(ソプラノ)
懺悔する女:Anna
 Sohn(ソプラノ)
栄光の聖母:
Hyon Lee(ソプラノ)
サマリアの女:
A-Kyeong Lee(メゾ・ソプラノ)
エジプトのマリア:Jung-Mee Kim(メゾ・ソプラノ)
マリア崇敬の博士:Ho-Yoon Chung(テノール)
法悦の教父:
Dong-Sub Kim(バリトン)
瞑想する教父:Attila Jun
(バス)

合唱:
The National Chorus of Korea
Gwangmyeong Municipal Choir
Guri City Choir
Grande Opera Choir
Seoul Motet Choir
Seongnam City Chorus
Suwon Civic Chorale
Siheung Choir
Anyang Civic Chorale
Wonju Civic Chorale
Uijeongbu Civic Chorale
Incheon City Chorale

児童合唱:
Gwacheon City Children’s Choir
Daekyo Kids Chours
Seongnam Civic Child Chorus
Songpa-gu Children Choir
Uijeongbu Civic Children’s Choir
Pocheon Children’s Choir
CBS Children’s Choir 

(合唱指揮:
Sang-Hoon Lee

オルガン:Ja-Kyung Oh
管弦楽:韓国交響楽団
指揮:イム・ホンジョン(林憲政)
 
韓国滞在4日目(翌日は移動日なので実質最終日)は、蚕室(チャムシル)にあるロッテワールドモールの中に誕生したコンサートホールの落成記念シリーズの一環、マーラー「交響曲第8番」を聴いた。
このショッピングモールは、地下水族館・映画館・デパートなどが一体となった巨大コンプレックスで、遊園地のロッテワールド、現在建設中の第2ロッテワールドタワーも同区画内に位置する。このモールの8-10Fを占めるのが今回落成した総座席数2036・ヴィンヤード式のコンサートホールだ。音響設計はパリの新フィルハーモニー、来年完成予定のハンブルク・エルプフィルハーモニーと同じ永田音響設計の豊田泰久氏で、オルガンはオーストリアのリーガー社製。ホールの内観は札幌のKitaraコンサートホールによく似ている。8月19日のオープニング公演ではチョン・ミョンフン指揮ソウル・フィルが「レオノーレ」序曲第3番、ウンスク・チンの委嘱新作、サン=サーンス「オルガン付き」を演奏し、今回のマーラー「第8番」が落成記念シリーズ第2弾である。

今回のマーラー「第8番」を演奏するのはソウルのオーケストラである韓国交響楽団、指揮は2014年より同団音楽監督を務める イム・ホンジョン(林憲政)。イム氏は長年に渡りプチョン・フィルハーモニー管弦楽団のシェフを務め、1999年-2003年にわたってマーラーの全交響曲を演奏するなど、韓国における「マーラー・シンドローム」の立役者として知られるヴェテラン指揮者のようだ(プログラムより)。今回の独唱者は全員ナショナル・キャスト、合唱は韓国合唱界の総力結集というべき大変な団体数で、すべてのバルコニー席を埋め尽くすその威容にはまずホールに足を踏み入れた段階で圧倒された。オーケストラは20型(!)4管編成、総演奏者はおそらく千人に達したのではないか。演奏者と聴衆は、数にしてそれほど変わらないかもしれない。なお、オルガンの両翼には字幕がスクリーンで映し出され、上がラテン語とドイツ語、下が韓国語となっていた。この字幕スーパーは良いアイディアで、プログラムをめくってバサバサと落とすこともない。(目が右往左往するというのはあるが)

これだけの人数が一気に放つ音楽のパワーは言うまでもなく物凄い排気量であり、音圧を超えて風圧として聴く側に迫ってくる。第一音、低弦とオルガン(美音!)に続く"Veni, veni creator spiritus"の斉唱はあまりの分厚さに最初何が起こったか分からないほど、最強音では広大な空間を持つホールも流石にビリつくように感じられた。オーケストラと声楽が猛烈に咆哮する"Accende lumen sensibus"も、大編成オケが霞むほどにバルコニー両群の合唱が歌い交わし、あたかもサン・マルコ寺院の複合唱のような鮮烈な音響効果を生んでいた。これは一列に並んだ合唱だけでは絶対に達成され得ぬものだろう。
韓国マーラー受容の第一人者というイム氏の解釈は歌を大切にしたもので、第1部では比較的はっきりと振りつつも時折大胆なタメも辞さない。第2部でそれは顕著になり、ゴツゴツした自然の逍遥を描いた管弦楽のみの箇所は木管のテンポなどをかなり奏者に任せ気味で自由に進めていく。ピッツィカートを強奏させるでもなく、比較的穏当な解釈ではなかろうか。やがて独唱のバリトンとバスに音楽は引き継がれるが、ここでは日本でも読響の「トリスタン」で貫禄のマルケ王を聴かせたJunが全身がスピーカーと化した朗々たる名唱を披露し、全独唱者の中でも一際存在感を放った。とはいえソリスト陣は概ね水準は高く、女声陣(何故かメゾ・ソプラノ→ソプラノ)では第2メゾのKimが出色。ソプラノ3人は皆うまいが、独特のヴィブラートをかける。栄光の聖母のLeeが表現の深さでは断トツだった(美味しい役だ)。テノールのChungも美声だがやや細身で、アンサンブルになると埋没したのが惜しい。ただ合唱を率いて高まる„Blicket auf!"では充分に役をこなした。第2部中盤、ハープとハルモニウムに乗って弦が歌う„Ewig"の箇所にはイム氏はスイスイと進め、各独唱が入れ替わり立ち替り歌う後半ではソリストのテンポに合わせて音楽を伸縮させていた。前述した神秘の合唱直前の盛り上がりも、かなりオーケストラを引っ張ってタメを作ったので合奏の乱れは生じるが、音楽の昂揚は否応なく引き出される。そして訪れる神秘の合唱は実にクオリティが高く、この巨大編成でここまで!と快哉を叫びたくなる精度とドイツ語の子音の聴こえ方であった。ここから最後までは只管高まっていくのみ、2階Rブロック後方に位置したバンダ隊(自席より幸いにして少し離れていた)に大きく指示を出しながら音楽は完成された。

ギッシリ埋まった客席はこらえていた興奮を一気に吐き出すような大喝采と歓声に包まれ、カーテンコールの中でも合唱指揮者にはとりわけ大きな賛辞が送られていた。現代のコンサートホールにおける演奏ではあるが、もしかすると初演時に鳴り響いた音響はこれ位のスケールのものだったのではないかと思わせられた。韓国響の合奏精度はKBS響には及ばないが、それなりに高く満足した。何より混沌を最小限に抑え音楽的に仕上げた合唱と児童合唱、そしてオケを掻き消さないようにバランスを整えた指揮者のイム・ホンジョン氏の手腕であろう。記念碑的な公演に立ち会えたことを素直に喜びたい。