2016/10/6
NHK交響楽団90周年&サントリーホール30周年
パーヴォ・ヤルヴィ指揮 NHK交響楽団特別公演
@サントリーホール 大ホール

マーラー:交響曲第3番

メゾ・ソプラノ:ミシェル・デ・ヤング
女声合唱:東京音楽大学合唱団
児童合唱:NHK東京児童合唱団
管弦楽:NHK交響楽団
コンサートマスター:篠崎史紀
指揮:パーヴォ・ヤルヴィ

1→2→8と進んできたパーヴォ・ヤルヴィ×N響のマーラー演奏、全6楽章・最長の「第3番」が演奏された。サントリーホール30周年、N響90周年と祝い事が重なり、チケットは早々に完売。NHKのカメラと録音マイクもホールのそこかしこに配置され、若干物々しい雰囲気だ。P席上方に女声合唱、下方に児童合唱が座す。オケはコントラバス下手側、ヴァイオリン対向配置はパーヴォの常であるから良いとして、全体的に中央に寄せたように見える。海外オケは勿論、在京の他のオケでも16型だともう少しステージの端近くまで楽員がいる気がするのだが―気のせいか?

第1楽章冒頭、パーヴォは何の気負いもなくスイスイと曲を開始する。ホルンに呼応するオケのトゥッティは引き締まった筋肉質な音、N響だけあって音の密度はなかなかのものがある。30分近くを要する長大な楽章、パーヴォはさぞ色々と仕掛けてくるだろうと思ったのだが意外なほどにストレート。展開部の大オーケストラの乱舞も整然と示され、ひたすらにオケの技術力のみが都会的に提示された。とうとう何も大きな仕掛けのないままコーダに辿り着いてしまったのだ。勿論、終局の弦の高揚や雪崩れ込みは視覚的な迫力はあったが。
続く第2楽章(ここから第2部だ)以降はパーヴォらしい細部の拘りが随所で聴かれた。この人の音楽は、斬新なアイディアが曲の素質にピタリとハマる時に凄い効果を発揮するが、そうならずアイディア先行になる時もある。今回のマーラー「第3番」においては、第2・第3楽章が前者の成功例であった。森の草花や動物がわらわらと躍動する様を突発的なアクセントで表したり、素朴なクレッツマーのリズムを強調したりと聴いていて純粋に楽しい。ただ、第3楽章„Ohne Hast(急がずに)“の指定を完全に捨て去って冒頭から音響的快楽を追求するのは、個人的には如何なものかと思う。現役指揮者でこれを守る人も案外少ないのだが・・・。
第4楽章はミシェル・デ・ヤングの肉厚な歌とオーボエの呼応が美しい。下支えする金管は今一歩の配慮が欲しいし、思い切ったグリッサンドを指示通り実行したオーボエもその所為か不安定になっていた。コールアングレは見事。第5楽章では児童合唱と女声合唱が加わるが、ここで児童合唱のうちP席1列目中央に座っていた子が体調不良で立ち上がれないハプニングが。他の方の話だと、もどしてしまっていたらしい。なんとも可哀想で、楽章間でなんとかスタッフが静かに助け出してやれなかったものかと思うが。(そういえばインバル/都響の2010年の同曲でもN児の一人が立ち上がれなかった気が・・・)
第6楽章でパーヴォは息の長い歌ではなく、立ち現れる多くの要素をパッチワーク的に提示していった。N響なら前者のアプローチも出来るだろう(近年ではチョン・ミョンフンやデュトワとの演奏がそちら寄りだった)が、フレーズの各所に苛立ちや葛藤を感じさせる強奏を躊躇なく仕掛けたあたり、パーヴォは単なるアダージョとしてこの曲を捉えてはいないだろう。とは言うものの、完全に長調に転じて音楽がゆっくりと終局へ向かっていくあたりは穏当なアプローチであった。4度音程を刻むティンパニの打音の見事さが演奏を引き締めたことは言うまでも無い。

終演後、会場全体の大熱狂にやや取り残され気味だった。N響らしからぬ瑕(要求水準が高すぎるのかもしれないが)も少なからず聴かれ、第1楽章トロンボーン・ソロの音程や、全曲通じて金管の入りやオーボエの不安定などは特に惜しい。とはいえ、菊本氏のポストホルンや、この大曲を最後まで分厚い音色で演奏しきった実力は流石に国内屈指の名門の面目躍如だ。自分としてはそれ以上に、主に前半楽章におけるパーヴォのアプローチにはやや納得できない。この内容の濃い大曲が、今回の演奏のようにな歓天喜地に終始してよいものだろうか?と思ってしまうのは、第1部から目から鱗の連続であったノット/東響の演奏(終楽章もまるで十字架を背負ったような重い響き!)を聴いているからだろうか。
色々と言ってしまったが、今回のパーヴォの長期滞在はこのプログラムで終了。N響の新たな「顔」として十全に役割を果たしていることに疑いは無い。