2016/10/22
新日本フィルハーモニー交響楽団 第563回定期演奏会
@すみだトリフォニーホール

ドヴォルジャーク:スターバト・マーテル

ソプラノ:松田奈緒美
アルト:池田香織
テノール:松原友
バス:久保和範
合唱:栗友会合唱団(合唱指揮:栗山文昭)
管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:西江辰郎
指揮:ハルトムート・ヘンヒェン

ドイツのヴェテラン、ハルトムート・ヘンヒェンが新日本フィルに客演、ドヴォルジャーク「スターバト・マーテル」を振った。彼が新日本フィルに客演するのは3度目とのことだが、自分が彼らの組み合わせを聴くのは初めてだ。以前読響でショスタコーヴィチ「第8番」ほかのプログラムを聴いた時は正直なところよい印象を抱かなかったのだが、今回はどうだろう。

1875年の生後まもない長女の死、1877年の次女、長男の相次ぐ死―当時、子供の夭折は決して珍しくはなかったにせよ、その悲しみはドヴォルジャークを深く苦しませたことだろう。幾度かの中断をはさみつつ、作曲家はその哀しみを「スターバト・マーテル」という巨大な声楽作品へと昇華させた。
90分近い楽曲のうち、約20分を第1曲が占める。オクターヴで鳴り、拡がりを感じさせるFisの響きはやがて第1曲を統一的に支配する下降音型に膨らんで行き、劇的なオーケストラが収まると合唱が嘆息のように入ってくる。 第4曲までは短調が支配するが、重く引きずる雰囲気は十分に感じさせつつ、楽曲内での調性の対比により嘆くマリアと十字架上のキリストの視点が描き分けられている(第2曲)のに驚く。ドヴォルジャークの脳内を覗くような体験をした。第4曲のバス独唱と女声合唱+オルガンの響きが悲痛にも美しい。
第5曲からは長調に転じ(Es-dur)、ゆっくりと進みつつも8分の6拍子でどこか軽やかだ。これ以降は終曲に向けて少しずつ歩を進めていくような期待感すら孕み、第7曲の無伴奏合唱と管弦楽の対比と両者の融合はホールの残響を含め詩の一節一節を噛み締めながら祈りたくなるような静謐な音楽。第8曲の二重唱を経て、第9曲はアルトの独唱。ヘンデルのようなリトルネッロに始まり、次に出てくる音楽は「交響曲第8番」の終楽章でも登場するドヴォルジャーク特有のアーチ音型で、宗教曲ながら突然作曲家の素の顔が飛び出したような驚きもある。 終曲は第1曲が冒頭回帰し、中間部からは"Amen"を繰り返しながら劇的に昂まっていく。突如として登場する無伴奏合唱と管弦楽の力強い対比は宗教音楽であることを忘れさせる程にダイナミックであり、子を相次いで亡くした悲哀をも創作意欲に変えて超克せんとする作曲家の意志をひしひしと感じた。D-durという調性はやはり神(Domine、Deus)をレトリック的に示すのか。

演奏は卓越した水準にあり、と同時に温かく血の通った佳さを充分に感じさせるものだった。この曲を取り上げたヘンヒェン、そして素晴らしい声楽陣に感謝したいところだ。オーケストラに比しても声楽の負う比率が多い曲であるだけに、これは本当に幸いだった。
ソリスト4人は重唱のアンサンブルが好バランスで、各独唱もそれぞれの個性を出しつつ音楽的に上質にまとまっていた。特に素晴らしかったのはアルトの池田さん。先月あの「トリスタン」で絶唱を聴かせた方とは思い難い重厚なアルトで、幅の広さには驚かされた。ソプラノの松田さんはかなりアピールが強く、やや他のソリストとは色が異なったか。一方テノールの松原さんは完全にバロック寄りの歌唱。このお二人の重唱にはやや距離を感じたことは記しておきたい。バスの久保さんは渋い美声だが、ややトリフォニーの音に吸われた感もあり惜しい。栗友会合唱団はいつもにも増してブレンド感のある美しさを聴かせ、特に柔らかな高声部は上質だった。無伴奏箇所でも全く危なげない。
そして、ヘンヒェン指揮するオーケストラである。この指揮者をこれまで完全に誤解していた、と懺悔したくなる程に細部まで神経の行き届いた極上の美演であった。幼年期は合唱隊に属して歌い、宗教曲にも長じて確かな声楽的指導の手腕を持つという彼。そのプロフィールの通りのマエストロという印象を抱いた。中低域を基調にした重心の低い響きは味わい深く、作品に適している。また声楽を振る際は指揮棒を持たず柔らかく振るが、終曲などではタクトを持ち息の長い昂揚に向けて全演奏者を力強く導いていく。そのフレーズ感の自然さ、明瞭に響く言葉の美しさ、ちょっとこれ以上の演奏は考えにくいほどだ。新日本フィルも冒頭ホルンのFisが不安定だった以外は概ね好演、全体的なサウンドは最近聴いたこのオーケストラの中でも特筆すべき美しさを湛えていた。

惜しむらくは閑散とした客席。長大な声楽曲とはいえ、今年バイロイトにて「パルジファル」を振った名匠の登場であるわけだが・・・。しかし、終演後の長い沈黙に続いた喝采はそんなことも忘れさせる程に熱く長いものだった。しみじみと心に響き渡る、秋の一夜の演奏会となった。