2016/11/13
NISSAY OPERA 2016 オペラ『後宮からの逃走』

モーツァルト:歌劇「後宮からの逃走」(全3幕/ドイツ語歌唱/日本語台詞/日本語字幕付)

演出:田尾下哲
太守セリム:宍戸開
コンスタンツェ:森谷真理(ソプラノ)
ブロンデ:鈴木玲奈
(ソプラノ)
ベルモンテ:鈴木准(テノール)
ペドリッロ:大槻孝志
(テノール)
オスミン:志村文彦(バス・バリトン)
管弦楽:読売日本交響楽団
指揮:川瀬賢太郎

日生劇場が定期的に上演しているオペラ・シリーズ、今回は「後宮からの逃走」。ダ・ポンテ3部作などに比べるとやや実演の機会が少ない作品なので嬉しい。音楽のアンサンブル・演出が緊密に連携し、秀逸な上演だった。
本公演はドイツ語の台詞部を日本語にしており、登場人物の感情は時事ネタも時折混ぜつつコミカルに伝えられる。日本語といっても、舞台の上だと不明瞭で何を言っているか分からない場合がないでもないが、今回はそのもどかしさと無縁。安心して劇世界を味わうことができた。

田尾下哲さんの演出は、決して広くないスペースに苦心しつつも最大限に活かして広く見せ、背景画やセリムの船の模型(船が舞台から消えたと思ったら、合唱に運ばれてピット前の客席を横断した!)など数々の工夫が。また前述の通りギャグを盛大に盛り込みつつ(ダチョウのジャンプ芸まであった気がする)登場人物をよく動かすもので、女性陣も飛んだり跳ねたりと大忙しである。そんな中、ストーリー上ただでさえ間抜けなトルコ人という設定のオスミンを更にドタバタに参加させたのは痛快だった。あの執拗なハゲいじりを(自虐を通り越して)嬉々として演じた志村文彦さんはプロ中のプロであり筆頭に賞賛されて然るべきだ。ただし、歌唱の安定感は失われたようだけれど・・・。全編を通して語りという形で参加するセリム(宍戸開さん)の巨大な慈愛は、 笑い溢れる舞台に突如として顕れる強烈な問題提起であり、このオペラの核心ともいえる部分ではないか。かつての敵の命が自分の掌中にある中、赦し難きを赦し、復讐の鎖を断ち切ることが如何に難しいか—それは現代において一層痛切に響く。物語の根本を覆す改変を行ったモーツァルトの鋭い演劇感覚にも、改めて驚かされる。

声楽陣は粒揃いで個性的だ。コンスタンツェの森谷真理さんのコロラトゥーラは別格で、弱音表現も類稀な美しさを誇る。ぺドリッロの大槻孝志さん&ブロンデの鈴木玲奈さんは溌剌としたカップルで、高貴でどこか繊細な貴族を演じるベルモンテ(鈴木准さん)とコンスタンツェとの好対照を成していた。
川瀬健太郎さんと読響の音楽も、若々しく威勢の良いもので快い。前芝居と同時並行の序曲から歯切れ良いリズムを基調にし、本編では歌手との連携も丁寧に行われる。フレーズの伸縮をふわりと作ったかと思えば行進曲では打楽器を思い切り強打させ、爽快と老練を両立した。相当に動きの多い演出ゆえ時折歌とバラけることもあったが、棒は細かく追っていた。読響も俊英の指揮にきめ細やかな演奏で応えた。

日生劇場ならではの、どこかアットホームで手作り感すら感じさせる上演であった。それでいて音楽的水準は確かなものである。次回は「ルサルカ」を山田和樹さんが振るとのこと。