2017/1/25
読売日本交響楽団 第600回サントリーホール名曲シリーズ
@サントリーホール 大ホール

デュカス:舞踊詩「ラ・ペリ」
ドビュッシー:夜想曲

ショーソン:交響曲

女声合唱:新国立劇場合唱団(合唱指揮:冨平恭平)
管弦楽:読売日本交響楽団
コンサートマスター:長原幸太
指揮:シルヴァン・カンブルラン
 
ヴァーグナー音楽の影響は今季のカンブルラン×読響のテーマなのだろうか。組まれたプログラムの多くが、一昨年の「トリスタンとイゾルデ」の遠影のように彼方まで響いていく。19世紀末のフランス音楽界はアンチ含めてヴァーグナーの影響が濃厚で、今回の演奏会でもその潮流が感じられる。時代の空気感を一晩に凝縮したような名プログラムだ。

一曲目のデュカスもやはりヴァーグナーやフランクの影響を受けており、「ラ・ペリ」はドイツ音楽的な管弦楽法(主題労作など)とフランス音楽的な艶が併存した作品で、最後の大作である。冒頭の「ファンファーレ」がとりわけ有名だが、その後のバレエ本編が美しい。舞踏性を保ちつつ淡い色彩の移ろいを感じさせ、カンブルランの技が光る。管楽器の強奏で若干濁りが聴かれたのは一曲目ゆえだろうか。

続いてはデュカスと同時代人で、親しい友人であったドビュッシーの「夜想曲」。バイロイト音楽祭に詣で、ヴァーグナーに傾倒するも「ペレアスとメリザンド」では決別の意思も感じられる作曲家だ。
今回は勿論全曲演奏(合唱を使う終曲無しの演奏を昨年聴いたが、尻切れとんぼの感を抱いた)。第1曲から国内オケとは思えぬ空気感のある響きで、ドビュッシーのト書きが眼前に浮かぶよう。精妙とはまた別の要素で、こういったえも言われぬ不思議な手触りを感じられるのはこのコンビだけかもしれない。第2曲では途中近づいてくる祭りの行列の遠近がよく見え、単調な行進に堕さないのが良かった。終曲では新国立劇場合唱団の一体感ある女声合唱のヴォカリーズ(低域でも安定した響きで素晴らしい)が加わり、静かな終結を迎えた。欲を言えばステージ上ではなくより遠くに合唱を配した方が神秘的だったかもしれないが、カンブルランはあえて明晰さを求めたのだろうか。

続いてのショーソンもフランキストにしてヴァーグナーに傾倒した作曲家のひとり。今夜の3人では最もヴァーグナー色が濃厚かもしれない。「パルジファル」を思わせる冒頭の上行とそれに続く苦悶、更に「トリスタン」第3幕そっくりの第2楽章と、半音階的な進行や和音など至る所にヴァーグナーが顔を覗かせる。それでいて、3楽章形式や曲全体の雰囲気はフランクのエコーでもあるだろう。なお余談だが、SNSで第3楽章第2主題が童謡「ぞうさん」にそっくりという話が流れていた—強拍の位置やリズムは違うが、なるほど音列は同じである。
演奏は、膨大なレパートリーを誇る名匠ならではの味わい深いものだった。第1楽章、重苦しい装いから一気に視界が開けるような主部の晴れやかさは鮮やかな転換だったし、第3楽章の熱っぽい盛り上がりから美しい収束(入念な幕引きもまたヴァーグナー風だ)も見事な造り。総じて立体的に形作られた音楽で、音色のパレットが豊か。ドイツ的な読響の持ち味をうまく生かしつつ、フランス色という表現に収まらない重層的なサウンドを目一杯に振りまいていた。より明晰な路線もあり得るだろうが、自分は大いに満足した。これを聴くと、前半のオーケストラはまだ本調子でなかったかもしれない。

3品それぞれが有機的な繋がりをもった見事なプログラム、それに劣らぬ演奏と大いに満足した。次のこのコンビの演奏会は、今回取り上げられたデュカスのクラスでも学んだ20世紀最大の作曲家の1人、オリヴィエ・メシアン畢生の大作「彼方の閃光」。秋の「アッシジの聖フランチェスコ」日本初演に先立つ一大企画として楽しみに待ちたい。