2017/1/28
東京佼成ウインドオーケストラ 第132回定期演奏会
@東京芸術劇場 コンサートホール

コリリアーノ:交響曲第3番「キルクス・マクシムス」

レスピーギ(伊藤康英編曲):「リュートのための古風な舞曲とアリア」第3組曲
レスピーギ(鈴木英史編曲):交響詩「ローマの松」

吹奏楽:東京佼成ウインドオーケストラ
特別出演:航空自衛隊航空中央音楽隊
コンサートマスター:田中靖人
指揮:シズオ・Z・クワハラ

東京佼成ウインドオーケストラの定期公演を聴いた。自分は管弦楽団の演奏会に足を運ぶことが多く、吹奏楽オンリーの演奏会に行くようになったのは今年からである。中でもこの佼成ウインドの演奏会は楽しみにしていたのだが、結論から書くと痛快で底抜けに楽しく、自分の不明と視野狭窄を恥じた次第。まだまだ世の中には素晴らしい音楽が存在する。

前半のコリリアーノ「キルクス・マクシムス」(サーカス・マキシマス)が今回足を運んだ最大の理由。アメリカのジョン・コリリアーノは管弦楽のために「第1番」、弦楽のために「第2番」の交響曲を書いており、続く「第3番」がこの曲となる。参考音源が少なく、国内で簡単に入手できるCDはテキサス大学ウィンド・アンサンブル(初演団体)のものだけで、後はネット動画を観て想像するしかない(オランダ王立エイスデン聖セシル吹奏楽団の自主制作盤は入手困難らしい)。
曲は全8楽章構成で、切れ目なく演奏される。ラテン語の表題の通り、古代ローマの円形大競技場が念頭に置かれている一方で、第3曲「チャンネル・サーフィン」ではテレビ番組の情報の渦に踊らされる現代の我々をも風刺している。古代ローマと現代を結びつけるのは「群集性」であり、その表現のために巨大な編成が用いられている。金管・サクソフォーン四重奏・管打楽器と大規模なバンダが各階の客席までびっしりと(二桁を数えるか?)配置され、冒頭からホール全体を取り囲むように奏する。更に、第6曲では客席からステージへ航空自衛隊のマーチング・バンドが貫入し、横切って去っていくのだ。そして曲の最後には「祈り」がやってきて、その高まりの中でショットガンが発砲(今回はPAを使用)するという衝撃の結末を迎える。これぞまさにナマのサラウンド体験であり、聴衆は自分の周りを音がぐるぐると駆け回るような衝撃を受けるのである(この点、昨月京都で耳にしたシュトックハウゼン『グルッペン』を思わせる)。
コリリアーノの音楽に晦渋さはなく、アメリカの偉大な作曲家の系譜に連なるもののように思える。例えば途中で用いられるサイレンはヴァレーズ「アメリカ」を思わせるし、アイヴスやコープランドの顔も随所で見えてくる。斬新なテーマ性は確かに音楽で裏付けられており、「夜の音楽」では金管楽器が犬か狼の遠吠えを模し―あたかもアメリカのB級ホラーの「夜」の描写のように―、またトランペットが突然ベートーヴェン「第9」終楽章冒頭のような音型を吹く箇所もある。様々な観点でみた「夜」が集積されると同時に、随所で主題再現も成されるので、交響曲としての形式も保たれているのだろう。
そして、実演を聴いてこそこういったイメージが膨らむもの。改めて今回の演奏には深謝したい思いだ。現在スキャッタデイが指揮者を務めるイーストマン・ウインドアンサンブルのものと思われる、各奏者と指揮者が真正面で向かい合う配置での演奏はクワハラ氏(彼もまたイーストマン音楽院出身者)の拘りであろうか。若干アンサンブルの困難さは感じたが、佼成ウインドは見事な演奏だった。

後半はローマつながりということで―必ずしも関連させる必要があるとも思わないが―レスピーギの名曲を2品。いずれも通常の佼成ウインドの配置と言われる、フレデリック・フェネル考案の並びで演奏された。指揮者に対して全体が緩やかな扇形を描く。
一曲目の「リュートのための古風な舞曲とアリア」第3組曲は弦楽のための原曲からの吹奏楽編曲。プログラムで編曲者の伊藤康英氏が「管弦楽の代替物では意義がない」と述べておられるが、結果は氏の言葉通り、オリジナルにはない曲の一面を引き出した名編曲だと感じた。一般的に旋律楽器として用いられることの多いクラリネットではなく、敢えてオーボエやサクソフォーンに旋律を多く割り振ることで奥行きある響きが得られていた。吹奏楽における所謂「編曲物」には多分に同意しかねる作品もあるのだが、こういった別ヴェクトルの開拓は大歓迎。今後レパートリーとして定着していくのではなかろうか。
続いての「ローマの松」は、鈴木英史さんによる編曲での演奏。こちらは先述した伊藤氏の編曲とは対照的で、オーケストラの豊麗さをそのままに管楽器の良さを楽器バランスなどで活かした形ではなかろうか。吹奏楽でも人気のレパートリーとのことだが、佼成ウインドの演奏は輝かしく、音の指向性が近い楽器同士が束となりホール上方まで伸びやかに膨らむ様は圧巻。オーケストラだと重さを持って演奏される曲だが、この響き成分の上質な上澄みだけを掬い取ったような不思議な感覚には病みつきになりそうだ。

前半、後半でガラリとカラーを変えた素晴らしい演奏会だった。佼成ウインドの定期は今シーズンの残りも興味深いものが並んでおり、是非足を運びたいと思う。最後に「キルクス」の話に戻るが、この作品が志向するスケール感はコンサートホールの規模を遥かに超えているのかもしれない。もしより大きな会場や野外スタジアムでの演奏機会があれば、さぞ面白いものになる気がする。また聴けることを願って、この項を閉じたい。