2017/3/5
びわ湖ホールプロデュースオペラ
ワーグナー作曲『ラインの黄金』(全1幕)(ドイツ語上演・日本語字幕付)
@びわ湖ホール 大ホール   

ヴァーグナー:楽劇「ラインの黄金」(全1幕/ドイツ語上演/字幕付)

演出:ミヒャエル・ハンペ
ヴォータン:青山貴(バリトン)
ドンナー:黒田博(バリトン)
フロー:福井敬(テノール)
ローゲ:清水徹太郎(テノール)
ファゾルト:片桐直樹(バス・バリトン)
ファフナー:ジョン・ハオ(バス)
アルベリヒ:志村文彦(バリトン)
ミーメ:高橋淳(テノール)
フリッカ:谷口睦美(メゾ・ソプラノ)
フライア:森谷真理(ソプラノ)
エルダ:池田香織(メゾ・ソプラノ)
ヴォークリンデ:小川里美(ソプラノ)
ヴェルグンデ:森季子(メゾ・ソプラノ)
フロスヒルデ:中島郁子(メゾ・ソプラノ)
管弦楽:京都市交響楽団
コンサートマスター: ハルトムート・シル
指揮:沼尻竜典

どのオペラハウスにとっても、ヴァーグナーの「ニーベルングの指環」全4部作を上演するというのは悲願である。音楽・演出ともに、劇場の総力が問われる大作であるからだ。 これまでも「トリスタンとイゾルデ」「タンホイザー」「ヴァルキューレ」「さまよえるオランダ人」などで充実した上演を続けてきたびわ湖ホールが、遂に「指環」を1年ずつかけて新制作上演することになった。指揮は芸術監督の沼尻竜典、演出は同劇場の「タンホイザー」「さまよえるオランダ人」も手がけたドイツの大ヴェテラン、ミヒャエル・ハンペ。公演当日朝に行われたオペラ・ワークショップでも本人が語っていたが、実は当人にとってこれが初の「指環」だという。80歳を超えたハンペが挑むヴァーグナー「指環」、まずは序夜の「ラインの黄金」で火蓋が切られた。 

冒頭のライン川の水底から、ハンペの演出は緻密だ。プロジェクション・マッピングによると照明効果、そしてセットが精妙に組み合わされ、水の揺らめきを舞台上に現出させる。その中で歌う3人のラインの乙女は、客席から見ると人魚よろしく水中を漂っているように見える。楽劇の開始を告げる「掴み」でもあるこの場面は、大成功だ。また、巨人兄弟(本演出では本当に大きい!)が建てた天高きヴァルハラの城、アルベリヒとミーメが跋扈する地底世界といずれもワーグナーのト書きそのままで、これなら仮に予習せずとも一目で舞台上で何が起こっているかが判る(反面、新鮮さはないが)。紗幕を用い、敢えて舞台上の一部を不鮮明にする試みもあったが—全体を通して見ると、竹を割ったように明解、映画を観るかのように写実的だ。近年これほど奇を衒わない演出も珍しいだろう。
ハンペの新機軸と言えるものは、智の神エルダが現れる際にノートゥングと思われる剣を置いていく点だ。ヴォータンは「ラインの黄金」劇中で剣の存在を明言しないが、ピットからは輝かしい「剣の動機」が鳴り響く。ヴァーグナーが音楽で予言した「ヴァルキューレ」以降の展開(ジークムントがトネリコの幹からノートゥングを引き抜き、息子ジークフリートへ受け継がれる)をハンペは舞台でも拾い上げたということだろうか。ハンペのこの読みは、賛否の分かれる点だろう。

音楽面は、特筆すべき高水準にあった。国内最高峰のヴァーグナー歌手がずらりと顔を揃え、それぞれの役柄で大いに実力を発揮。特に神々の長たるヴォータン(青山貴)は威厳ある美声で最後まで圧倒した。狂言回しであり、他の神々と一線を画すローゲ(清水徹太郎)も緩急に富んでいた。地底のアルベリヒ(志村文彦)、ミーメ(高橋淳)も息が合い秀逸。女声ではフリッカ(谷口睦美)とフライア(森谷真理)がまさに適役で、前者は主神の妻たる風格、後者は可憐にして毅然という性格をそれぞれ引き出していた。楽劇の最終局面で現れ、場の空気を一変させる―この演出では宇宙を思わせる大掛かりな映像の転換による―エルダ(池田香織)も、良い意味でドスの効いた美声で警告を告げる。冒頭ラインの乙女(小川里美、森季子、中島郁子)の三重唱もアンサンブルが良く、瑞々しい。ほぼ凸凹なしといってよい出来栄えだった。
そして、大所帯の歌手と京響をがっちりと纏め上げ、隙のない音楽を常に保った沼尻竜典の指揮も賞讃に値する。中庸かそれより遅めのテンポを採り、細部を弾き飛ばさない厳格さがあった。巨人兄弟の登場や最後のヴァルハラ入城などでも大風呂敷を広げず、冷静に音楽を進めていく。京響は若干弦の編成が小さい(あと1プルトずつでも増員されていれば!)のが惜しかったが、管楽器の安定した実力もあり、しなやかで端正な演奏を繰り広げた。

「びわ湖リング」の幕開けを告げる「ラインの黄金」は、かくして大盛況に終わった。前述した通りオーソドックスにして迫力満点のハンペ演出は、この壮大な楽劇を初めて観られる方にこそ強力に推したいものだし、事前講座や当日のワークショップなど関連企画も魅力的なものばかりだ。ロビーに出れば眼前に広がるびわ湖の美しい眺望も楽しみに、来年3月の「ヴァルキューレ」を待ちたいところである。