2018/1/7
東京ユヴェントス・フィルハーモニー 第15回定期演奏会
@ミューザ川崎シンフォニーホール

バルトーク:ヴァイオリン協奏曲第2番
〜ソリスト・アンコール〜
J. S. バッハ:ヴァイオリン・ソナタ第2番 イ短調 BWV1003より 第3楽章

ブルックナー:交響曲第9番

管弦楽:東京ユヴェントス・フィルハーモニー
ヴァイオリン:毛利文香
指揮:坂入健司郎

坂入健司郎率いる東京ユヴェントス・フィル、恒例となってきた年末年始の大曲プロを聴いた。昨年のマーラー「第3番」も記憶に新しいが、今年はブルックナー「第9番」に、これまた難物のバルトーク「ヴァイオリン協奏曲第2番」を合わせた。重量級プロだ。

まずはそのバルトークの協奏曲。プログラムノート(パリ・ソルボンヌ大の八木宏之氏による名文!)で丁寧に触れられている通り、作曲家の民謡収集の成果・全3楽章の中に潜む構成の妙等、膨大な諸要素が美しい形式の中に収斂している。一聴する限りは美しく、また力強いコンチェルトなのだが。難解と感じさせない点にもバルトークの美質があろう。毛利文香の独奏はこの大曲に正面から向き合い、見事に成功を収めた。野太い低域の魅力に始まり、随所に立ち現れる旋律美も余さず表現していく。指揮者と独奏の連携も緊密で、大きな比重を担うオケの充実も光った。野性味で圧倒する演奏もなくはないが、刹那の刺激ではなく、楽音が整然と続くことの尊さを感じた秀逸な演奏だった。アンコールのバッハも崩れてしまいそうな儚い美を湛え(演奏自体は盤石)、後半のブルックナーへとB→Bの橋を渡した。

後半のブルックナー「交響曲第9番」。慶應ユース時代の「第5番」、2016年の「第8番」に続く、彼らのブルックナー演奏第3弾となる(前2作はいずれもAltusよりCD化されている)が、進境著しいこのコンビ、更なる高みへ達した感がある。指揮者の深いスコアの探究と表現の取捨選択があり、それをオーケストラが可能な限りの共感と集中を以って音楽へと昇華させる。この密接な共同作業こそが、彼らの真骨頂だ。
オーソドックスかと言われると、答えに困る。淡々と進んでいく演奏ではなかったからだ。寧ろ、深いパウゼや数々の技は随所で用いられ、音楽を彫り深いものにしていた。例を挙げるならば、各楽章主題でのテンポ選択における慎重さだ。第1楽章第3主題、直前の経過句では大きく歩みを遅めて緊張感を捻出し、続く主題に入ると中庸のテンポで弛緩させて推進力を取り戻す。また、常に厳しい表情を崩さなかった第2楽章にも確信が強く感じられた。しかし、全曲至る所に散りばめられた種々の技が一切作為と感じられず、音楽の雄渾な流れが途切れないのは何故なのだろう!先述した通り、音楽が指揮者の隅々に漲り、オケがその意図を汲み尽くしたからに他ならないのではないか。18型かつヴァイオリンの両翼配置(なお、コントラバス10台は舞台後方に一列に並ぶ。刻みや下降音型で音楽を力強く主導する様は視覚的にも壮観!)ということで、アンサンブルは容易ではなかっただろう。対旋律が先走ったり、金管・木管のユニゾンが少々乱れたりということはあった。些事とまでは言わないが、「アンサンブルに心配して音楽に没入できない」という場面は一切なかったのもまた事実だ。これだけでも驚嘆すべきではないか?セクション毎に振り返りはしないが、ティンパニのここぞという見事な打音(1楽章の激烈に乾いた一撃!)が全曲を強靭に引き締めたことは記しておきたい。
指揮者・坂入健司郎と作曲家・ブルックナーの稀有な相性は既に明らかだが、オケを的確に導くという点でも更に進化していたように思える。主題展開において左手を震わせ音楽を昂め、トゥッティで大きく両腕を解放するなど、どんなに動作が激しても、最後の理性は保たれているのだ。ホルンの音型の抽出や、管への予備拍など、傍目に見ていても適切に思えた。坂入氏の更なる活躍を祈念するとともに、記念シーズンで次々と大曲に臨む東京ユヴェントス・フィルの益々の発展を願いたい。今年も、年始早々に素晴らしい演奏会を聴くことが出来た。