2018/1/20
東京都交響楽団 第848回定期演奏会Cシリーズ
@東京芸術劇場 コンサートホール

ミュライユ:告別の鐘と微笑み~オリヴィエ・メシアンの追憶に(1992)

メシアン:トゥーランガリラ交響曲

ピアノ:ヤン・ミヒールス
オンドマルトノ:原田節
管弦楽:東京都交響楽団
コンサートマスター:四方恭子
指揮:大野和士

先日の「人魚姫」に続き、新春の都響定期は大作が取り上げられる。大野和士音楽監督の指揮でメシアンの「トゥーランガリラ交響曲」である。東京文化会館でのA定期(1/18)も聴いたので、2日間の比較も含めて記そうと思う。

まずは現代フランスの作曲家トリスタン・ミュライユ(1947−)のピアノ小品。パリの国立音楽高等音楽院でメシアンに師事した彼は、師の初期作品「苦悩の鐘と告別の涙」(1929)と、最晩年に書かれた「微笑み」(1991)から言葉や構成要素を借用し、「告別の鐘と微笑み」としたという。音楽の随所にも、鐘の響きやメシアンへのオマージュが聴かれる。
ヤン・ミヒールスによる演奏は、メシアンの大作に相応しい雰囲気をホールに充満させるものとしては申し分ないものだったと思う。一点付け加えるならば、「トゥーランガリラ」の演奏者が全員ステージに揃い、その中でスポットをピアニストだけに絞ってミュライユを演奏し、余韻の残るままアタッカでメシアン—という流れであれば、どんなに鮮烈な体験となっただろうか。もっとも、近年ノット/東響の種々の演奏によって、接続と対比の妙を刷り込まれた所為かもしれないが。

10分足らずのピアノ演奏に続き、ステージには溢れんばかりの演奏者が揃いメシアン「トゥーランガリラ交響曲」。まず目に飛び込んでくるのは、10台と増強されたコントラバス。大野和士の演奏には時折、強靭に主張する低音の特徴を感じることがこれまでもあったが、今回はそれが具現化された。
わが国におけるメシアン演奏と言うと、なんと言ってもカンブルラン/読響の継続的な上演—その中の「アッシジの聖フランチェスコ」は瞠目すべき果実であった—が筆頭に挙げられるが、今回の都響と大野和士による「トゥーランガリラ」は全く違った個性・魅力を示した。各声部を磨き上げつつ、それらが瞬間毎に交わり、即興的に響きのパレットが拡大される音楽の悦びを味わわせるカンブルラン。対して大野は、先述した強靭な低音を基調として音楽を運び、各セクションの響きを容赦なく硬質にぶつける。ブレンドの読響、分離の都響とまでは言うまいが、2人のシェフのアプローチの違いには楽団の特質の違いも関係してこよう。
都響の「トゥーランガリラ」の話に戻る。文化会館での初日は些か刺激的に過ぎ、鳴り物系や金管の最強奏が突出して聴こえてきた。これを踏まえて2日目の芸劇公演を聴いたのだが、これが驚きだった。同じ楽団と指揮者かと思う程に、印象が一変したのだ。管弦打は最良のバランスで響き、演奏の流れもよりしなやかになった。更に、初日から印象的だった「愛の主題」における独特の身悶えするようなアゴーギクも全体の構築の中に収まり、部分的な強調ではなくなった。また、第6楽章「愛の眠りの庭」における、オンドマルトノとオーケストラの親密で幸福な揺蕩いは甘さを増し、宇宙遊泳すら想起させる不思議な恍惚感をもたらした。また第5・8・10楽章等での没我的な熱狂は音響的にも凄みがあったが、特に2日目は喧しくならずあくまで陶酔的な響きを保っていた。これらを鑑みるに、ドライな文化会館から豊麗な芸術劇場へと会場が移ったことの意味は大きかっただろう。文化会館は本来この楽団の「素」を聴くことができるホールなのだが、この作品との相性に関しては芸術劇場に軍配が上がったように感じた。オンドマルトノの響き自体も2日目の方が伸びがあったように感じたが、この楽器の場合スピーカーの指向性も考慮すべきであり、早計は禁物であろう。
2人の独奏者は2日間とも見事だったが、指揮者・オケとの緊密な呼吸においては池袋に軍配が上がる。豊麗な音響の反面、「合わせ易い」ホールでは決してないと思うのだが、入りのズレなどが文化会館よりも軽減されていたのは若干不思議だ。原田節のオンドマルトノは毎度ながら完全暗譜で表情豊か、ヤン・ミヒールスのピアノは硬質ながら叩きつけないタッチの魅力を2日目にして初めて感じることが出来た。女性的なオンドマルトノ、男性的なピアノという対照も明快だった。

「人魚姫」「トゥーランガリラ」の2作品を聴いて、複雑を極める近現代作品における大野和士の手腕が、漸く都響でも発揮され始めたのではないかと感じた。それに応えるオーケストラの充実も見事で、特に木管とトロンボーン、ホルン、5弦は全くブレがなかった。メシアンで肝心の打楽器群については今回2日間とも厳しさを感じたが・・・。ただこれは、管打への指示が時折かなり見辛くなる指揮にも起因したのではないか。とはいえ、今後のプログラムがいよいよ楽しみになってきた。勿論、新国立劇場の舵取りにも俄然期待したいところではある。