2018/1/21
香港フィルハーモニー管弦楽団
Jaap Essentials The Ring Cycle Part 4-Götterdämmerung
@香港文化センター コンサートホール(香港)

ヴァーグナー:楽劇「神々の黄昏」(全3幕/ドイツ語上演/字幕付/演奏会形式)

ブリュンヒルデ:グン=ブリット・バークミン(ソプラノ)
ジークフリート:ダニエル・ブレンナ(テノール)
グンター:シェン・ヤン(バス)
ハーゲン:エリック・ハーフヴァーソン(バス)
グートルーネ:アマンダ・マジェスキー(ソプラノ)
ヴァルトラウテ:ミシェル・デ・ヤング(メゾ・ソプラノ)
アルベリヒ:ペーター・カールマン(バリトン)
ヴォークリンデ:中村恵理(ソプラノ)
ヴェルグンデ:オーエリア・ヴァラク(メゾ・ソプラノ)
フロスヒルデ:ヘルミーネ・ハーゼルベック(メゾ・ソプラノ)
第1のノルン:サラ・キャッスル(メゾ・ソプラノ)
第2のノルン:ステファニー・ハウツィール(メゾ・ソプラノ)
第3のノルン:イェヌーファ・グライヒ(ソプラノ)
合唱:香港フィルハーモニー合唱団、バンベルク交響合唱団、ラトヴィア国立合唱団
合唱指揮:エベルハルト・フリードリヒ
管弦楽:香港フィルハーモニー管弦楽団
指揮:ヤープ・ヴァン・ズヴェーデン

香港フィルハーモニー管弦楽団のヴァーグナー「神々の黄昏」を聴きに、ほぼ日帰りで香港へ行ってきた。
日本国内では新国立劇場・びわ湖ホール・愛知祝祭管など、個性豊かな上演が続いているこの大作であるが、ご近所香港での事情は少々違う。2015年から始まった香港フィルによる演奏会形式のツィクルスが、香港での「指環」初演だということなのだ。そのためか熱の入れようが凄い。指揮は音楽監督のズヴェーデンで、国際水準のキャストをずらりと揃え、地元発祥のナクソスレーベルで全公演録音して発売するという気合の入り方だ。既に「ジークフリート」までが発売されているが、何を隠そう自分も、それらの録音の高水準に惹かれて弾丸遠征を決意したというわけだ。
香港フィルの本拠地・香港文化センターは香港国際空港から1時間足らず、尖東にある複合文化施設だ。コンサートホールはやや小ぶりに見えたので、少し遠目のバルコニーエリアの前方に席を取ったが、これが大正解だった。歌手は人によっては最強奏でマスクされるものの、オケの量感が轟々と伝わり、合唱は自分目掛けて歌っているような迫力だ。視覚的にも、サントリーホールの2階センターよりずっと近い。あまりいい評判を聞かないこのホールの音響も、この席ではほぼ不満はなかった。

ぎっしりと舞台を埋めた16型・ハープ6台・金管増強のオーケストラ、P席に陣取った合唱団、そして豪華な歌手陣。これらをズヴェーデンが率いた「神々の黄昏」は、比類なき水準に達していた。正直なところ、かなり期待値を高めて赴いたのだが、それを楽々乗り越えられた思いだ。

まず、香港フィルの物凄い充実に圧倒された。休憩を省いて5時間弱、一瞬たりとも音楽の弛緩が感じられなかったのだ。弦は分厚く、そしてフレーズをたっぷりと歌い、雄弁な管楽器と打楽器が絶妙にそこに加わる。ホルン群の軽妙さや、大詰めの「葬送行進曲」における野太くかつ凛とした吹奏など、望み得るベストではなかったか。どうやら大所帯の金管にはヨーロッパの名門オケ(シュターツカペレ・ベルリン、ケルン放送響、フランクフルト歌劇場管、ロンドン響ほか多数)から客演奏者が加わっていたようなので、普段の実力以上の充実だったのかもしれないが、それにしても弦の密度・アンサンブル能力の高さは絶賛に値する。ズヴェーデンのドラマ運びは常に緊迫感を伴い、指揮ぶりそのままにキビキビと音楽を率いてゆく。歌手と指揮者の距離が近いこともあり、オケ・合唱・独唱間の呼吸も緊密で殆どズレが感じられなかったのも好印象だ。なお、第2幕のシュティーアホルンはP席。下手側からC、Des、合唱を挟んでDという並びだった。その他、下手側舞台袖ではジークフリートのホルンコールや第2幕終盤に一瞬だけ現れる婚礼の音楽(ホルン4人)も吹かれた。

そして、前3作に続き今回も豪華なキャストが顔を揃えた。この香港のツィクルスは、ヴェテランとフレッシュな歌い手のバランスが良いことも特徴に挙げられるだろう。前作までの例としては、香港で初の「ジークフリート」に挑み成功を収めたサイモン・オニール。また、ヴェテランのマティアス・ゲルネがヴォータン/さすらい人のデビューを飾ったのも本ツィクルスだ。今回の「黄昏」でそれに当たるのが、サロメ歌いとして世界を席巻しているグン=ブリット・バークミンのブリュンヒルデ役デビューである。N響での「サロメ」で彼女の強烈な表題役を聴いた身としては、オペラ史上でも屈指のスタミナと表現力を要求されるブリュンヒルデにどう挑むのか、見届ける他はなかった。果たして、彼女の同役デビューは、想像を絶する水準の高さとなったのだ。プロローグの二重唱から既に相当飛ばしており、かつ時折リズムを手で確かめつつ端正に歌う。最後のHi-Cの伸ばしも目一杯張ってからオケに引き渡した。そして、第2幕では先述の「サロメ」でも戦慄したバークミンの「キレ芸」が発揮された。激情をぶちまけるのではなく、あくまで硬質でストレートな歌。第4場には、自らの潔白を誓うジークフリートから槍を奪い取り高らかに歌う場面がある―歌とトランペットの高域での掛け合いに神々しさすら宿る―が、それを今回ほど感じさせた上演もない。第3幕の大詰め「自己犠牲」まで声が持つのだろうか、と流石に心配してしまったが、彼女に限ってその心配は無用だったらしい。全音域に渡って明晰なドイツ語で語り、遅めのテンポにも拘らず最後まで失速とは無縁。遂にその凛とした輝きを保ったまま、グラーネと共に火の中に飛び込み終結した。演奏会形式とあってか演技らしい演技は無かったが、音楽の抑揚に一致した身体の使い方がみられ、最後は大きく両腕を上に投げ出すようにして締めくくっていた。ロール・デビューとは信じられない、恐るべきブリュンヒルデの誕生を目撃してしまった。

バークミンへの賛辞が長くなってしまったが、他のキャストも優れた歌唱を聴かせてくれた。フレッシュなブリュンヒルデとは対照的に、ミシェル・デ・ヤングのヴァルトラウテやエリック・ハーフヴァーソンのハーゲンは大ヴェテランとしての矜持を示した。ハーゲンの立ち回りの重要性は言わずもがなだし、この作品で現れないヴォータンの様子を聴く者に伝えるヴァルトラウテが果たす役割も大きい。60代後半のハーフヴァーソン、声には若干の翳りも感じられた(体調の問題か?)がまだまだ強力だし、舞台が見えるような声の演技は群を抜いて素晴らしい。第2幕、軍勢を呼び集める「ホイホー!」では強靭なオーケストラにも負けない渾身の歌唱を聴かせてくれた。元々のキャスティングではミハイル・ペトレンコ(スカラ座の『黄昏』で同役を歌っている)が予定されていたのだが、変更後のハーフヴァーソンは結果として大成功だろう。また、グートルーネ役デビューを果たしたアマンダ・マジェスキーの清楚な歌も素晴らしい。グンターのシェンヤンは昨年末東響「ドン・ジョヴァンニ」のレポレッロでも聴いたが、豊かな体躯から発せられるまろやかな低音が魅力だ。些か温厚寄りに傾いたような気はしたが。また出番こそ少ないが、アルベリヒのペーター・カールマンも„Schläfst du, Hagen, mein Sohn?“を毎回歌い分けるなどしていた。ジークフリートのダニエル・ブレンナだけは少々不満。軽めの美声は悪くなく、グートルーネを遠目に見つつ、「早く紹介しろよ」とグンターに言わんばかりのチャラ男風の演技は良いのだが、スタミナ面で第3幕まで持たなかった。鳥の歌もコブシで誤魔化し気味だったのはやや残念。
冒頭
現れる3人のノルンの中では、2016年のウィーン国立歌劇場「ナクソス島のアリアドネ」で作曲家を演じたステファニー・ハウツィールの表現に惹かれた。3幕冒頭で英雄と戯れつつ今後の展開を告げるラインの乙女も濃密なアンサンブルが好ましく、特にヴォークリンデの中村恵理がきめ細かく歌い分けていた点が印象に残った。

合唱も、オーケストラと独唱陣に劣らぬ充実を示していた。バンベルク交響合唱団とラトヴィア国立合唱団を招聘し(何故この組み合わせになったのかは存じない)、香港フィルの合唱団から8名が加わる。女声20人・男声60人という、演奏会形式ならではの大編成が贅沢だ。更には彼らを束ねるのが、バイロイトで長年合唱指揮者を務めるエベルハルト・フリードリヒで、ドイツ語の粒立ち・直截な響きの凄さといい、まさに録音で聴き慣れたバイロイトの合唱そっくりの水準が達成されていた。これには興奮を隠せなかった。

ヴェーデンの優れた構築、大充実のソリスト陣と合唱、オケとそれに加わったヨーロッパ各地からの強力な助っ人といい、バイロイトもかくやという高揚感が横溢する「祝祭」の場であった。今秋の全曲盤リリース(今秋を予定)が待ち遠しいと共に、当夜の稀有な空気感までは入り切らないであろうことが残念でもある。休憩中は香港の知人に現地の様々な事情を聞いていたのだが、「数年前までは『指環』が演奏できるなんて信じられなかった」という言葉が印象的だった。アサートン、デ・ワールトと実力ある指揮者陣が積み上げてきたものあってこそではあるが、香港フィルの充実はアジア各地のオケの中でも目覚ましいものがある。演奏面のみならず、聴衆の若さと熱狂的姿勢、経済的潤沢さなど、その要因は多岐に渡る。このオーケストラの未来は実に明るい。稀有な「神々の黄昏」公演であった。

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