2019/10/20
2019臺北市音樂季-TSO大師系列《千人交響》
Inbal's Mahler Symphony No. 8
@國家音樂廳(台湾、台北)

マーラー:交響曲第8番「千人の交響曲」

ソプラノ:マヌエラ・ウール、ユリアーネ・バンゼ、レイチェル・ハルニッシュ
アルト:チェン・ペイチー(陳珮琪)、カタリーナ・マギエラ
テノール:ブルクハルト・フリッツ
バリトン:ハンノ・ミュラー=ブラッハマン
バス:スティーヴン・ヒュームズ
合唱:台湾国立合唱団、台北市交響楽団合唱団
児童合唱:臺北華新兒童合唱團、拉縴人少年兒童合唱團、榮星兒童合唱團
管弦楽:台北市交響楽団、上海フィルハーモニー管弦楽団
指揮:エリアフ・インバル
Inbal 1138
上海でデュトワの「ファウストの劫罰」を聴いた(公演については別記事で)後、たまたま現地で休暇中でいらした某ホールのMさんと合流。深夜までバーで散々お付き合いいただいた後タクシーで場末の安宿へ帰還、2-3時間申し訳程度の仮眠をとった後にふらふらのまま空港へ。その日の昼前には台北に着いた。
台北に来た目的は勿論、インバルの台北市響就任披露となるマーラー第8番の演奏会である。先述デュトワの演奏会にはこの台北の予定を入れてから気付き、折角ならと強行軍ながら日程に組み込んだ次第。図らずも、83歳の両翁の境地を連日味わえる旅行となった。

就任披露でマーラー第8番というと、11年前の都響就任での同曲を思い出さざるを得ない。とはいえ自分はそれは聴けておらず、EXTONから発売されている録音とNHKの映像から窺い知るのみなのであるが。ご存知のとおり都響就任後にインバルは改めて番号順にマーラーの全交響曲を取り上げ、第8番はそのツィクルス中の14年3月(退任直前であった)に取り上げられた。その演奏は完全に翁の手兵と化した都響が濃い瞬間を連続させた見事なものではあったのだが、歌手陣にやや不満が残り、完全無欠の演奏会とはいかなかった(もし3回目のツィクルスが実現するとするならどんな演奏になるのだろうか?)。

そう、今回台北行きを決めた最大の理由はまさに歌手の布陣にある。台北市響は判断材料となるレコーディングが少なく、合唱の水準もまるで分からないが―とにかく歌手陣は豪華だったのだ。就任披露という祝賀の意味も込めてなのか、全キャストを欧州から招聘している点に驚いた。少し前に第1ソプラノがサラ・ヴェゲナーからマヌエラ・ウールに、直前で第1アルトがサラ・フルゴーニから地元歌手チェン・ペイチー(陳珮琪)に変更にはなったが、それでも豪勢だ。バンゼはこの曲の常連だし、ウール、マギエラ、ミュラー=ブラッハマンは前年7月にデュッセルドルフで同曲を歌っている。歌手の経験値という点でも期待が出来よう。

ホールに入ってまずオヤと思ったのが、歌手の配置である。インバルはこれまで演奏会型式オペラ等を除き、声楽付き作品では基本的に歌手を管弦楽と合唱の間に配置してきた。それが今回は独唱が一番前となっている。巨大編成(上海フィル団員をゲストに交えた18 型)故に後ろに配置することが困難だったのか、音響的な理由があるのか―。
さて肝心の演奏は、多くの点で非常に興味深いものだった。正直オケの水準は決して高くないのだが、瑕云々を超えて自らの音楽を実現する翁の胆力と手腕にまたやられてしまった、とでも言おうか。インバルの音楽が要求する水準は常に高く、その要求の実現過程の中で自然と彼が指揮するオケ(客演/常任関係無く)は「彼の音」を響かせるようになる―これが所謂「インバル・サウンド」だろう―のだが、今回も見事に台北のオーケストラが彼のオケに変貌していた。また、どこまでも現場主義的だということも彼の特徴の一つだ。楽譜を聖典化せず、現場に即して柔軟に対応していく。テンポや速度記号の解釈の仕方、旋律線の増強などからそれらは聴きとることが出来る。
文書1_page-0001
インバルの音楽が当夜で最も美しく実現されていた箇所は、第2部の後半Äußerst langsam. Adagissimo.(練習番号106)以降だったのではないか。ハルモニウムとハープに乗って弦がゆっくりと昂まるこの個所から、音楽は一直線に頂点へ向かっていく。独唱陣も彩りを添える。濡れたような色香を帯びたウールはアンサンブルでも一際輝き、バンゼは栄光の聖母の„Komm!“へ万全の形で引き渡す。„Höchste Herrscherin der Welt“では本調子ではなかったフリッツも„Blicket auf…“は見事にヘルデンテノールとしての輝きを振りまき、以降ひたすらに官能の色を増すオーケストラと大合唱を引き立てた。
一方、第1部と第2部の序盤は彫琢の余地が感じられた。冒頭威勢よく始まった音楽はやや暴発気味で、"Imple superna gratia"に至っても独唱・合唱・管弦楽がそれぞれの方向を向いておりなかなかテンポが安定しない。ウールなどかなり体を横に向けて指揮が見えるように歌い、インバルも明晰にキューを送っていたがなかなか合わず。この曲は難しいのだなあ、と今更なことを実感しつつ聴いていた。また、126小節で凄まじく派手に外した第1トランペットにも驚いた。彼は以降持ち直して野太くハイトーンを決めたので結果よければ全てよし、か。
第2部冒頭は先述したインバルの現場主義が顔を出した瞬間か、または彼の新境地と言える。具体的には57小節のEtwas bewegter.(練習番号8)以降の弦楽への処置。上記の譜例で赤く囲ったように、77小節まで強烈なアクセントが施されており、2008年・14年の都響との録音ではデフォルメ気味にテンポを落として強調していた。それが今回は意外な程あっさりと通り過ぎてしまったのである。インバルはこういったマーラーのアクセントを素通りする指揮者ではない。これは推測だが、リハーサルでここまで行き届かずにやむを得ず他の彫琢を優先したのではないか。現場主義、と書いた理由はその采配に対してである。ちなみにPiù mosso. (Allegro moderato)以降は素通りはなくなり、濃い音楽が展開された。男声合唱に続くミュラー=ブラッハマンの„Ewiger Wonnebrand“、ヒュームズの„Wie Felsengrund mir zu Füßen“も抜群の声量で響き渡った。彼ら2人を聴けただけでも来た甲斐があった。

前日聴いたデュトワが「健翁というよりも怪物」と呼びたくなるほどの驚異的な運動能力を維持していたのに対して、同い年のインバルは流石に10年前の指揮姿と同じではなく、加齢が滲む。だが、彼の音楽自体は全く老けていない。その指揮は大振りがだいぶ少なくなったが(要所では大きく力強く振って合奏を導くのだが)、ミニマムな動きをもって彼ならではの雄弁かつ制御の行き届いた音楽が実現出来ているのだ。ここで彼自身が語っているように、壮年期のようにのべつ振りまくらなくても同じだけの音楽的達成が可能となったのであり、それこそが彼の「円熟」である。同じ作品であっても振る度に進化を続けるインバルが、今後台北のオーケストラとどのような境地へと歩むのか、また現地で体験することにしたい。