2019/10/19
纪念柏辽兹逝世150周年迪图瓦演绎音乐会版歌剧《浮士德的沉沦》
Charles Dutoit Performs La Damnation de Faust (Concert Version)
上海シンフォニー・ホール(中国、上海)

ベルリオーズ:劇的物語「ファウストの劫罰」

マルグリート:ルクサンドラ・ドノーセ(ソプラノ)
ファウスト:ポール・グローヴズ(テノール)
メフィストフェレス:ジョン・レリア(バス)
ブランデル:佐藤泰弘(バス)
合唱:東京混声合唱団(合唱指揮:キハラ良尚)
管弦楽:上海交響楽団
指揮:シャルル・デュトワ
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東京で聴けなくなって早2年が経つシャルル・デュトワの音楽。例の一件以降欧州では少しずつ彼の復権が進みつつあるが、日本でいち早く手を挙げたのは大阪フィルであった。5月定期、続く大阪国際フェスティバル「サロメ」公演の代役として登場したデュトワはかつての輝かしさを失っていないばかりか、内面的な音楽の充実を一層深めているように感じられた。デュトワは来年5月に同団へ再登場する他、9月の新日本フィル定期公演で東京帰還を果たす予定。
そんな彼をアジアで最も熱狂的に迎え入れているのが中国である。広州交響楽団、中国フィルハーモニー管弦楽団、上海交響楽団がいずれも複数回招聘し、特に上海響の招聘頻度には単なる客演という域を超えた親密さが感じられる。彼らは昨年6月にいち早く「サロメ」の指揮に迎え、結果的にこの公演が指揮者デュトワ復活の狼煙となった。今年5月には元妻にしてデュトワの最も重要な音楽的パートナーの一人であるアルゲリッチと共に2公演、7月にはヴァイル「7つの大罪」(ヴォーカルはあのウテ・レンパー!)、ベルリオーズ「幻想交響曲」というプロで再会。そして次が、ベルリオーズ没後150年記念と銘打たれた今回の「ファウストの劫罰」である。

かくの如くラヴコールを送り続けている上海響に対して、デュトワも総力を注いで応えているようだ。今宵上海シンフォニーホールに響いた希有なまでの音楽の充実が、何よりもその証拠である。上海響は最近ドイツ・グラモフォンと契約を結んだので日本でもその録音を聴くことが出来るのだが、それを聴く限りはどのセクションも堅実、アンサンブルの繊細さは少し…という印象を受けた。しかしどうだろう─デュトワの指揮で聴く彼らは、全く理想的なアンサンブルを繰り広げていた。音楽の隅々まで出し入れが行き届き、音色は艶やか、リズムは常に弾む。まさに我々が想起するところの「デュトワ・サウンド」が立ち現れたのである。1879年創立・アジア最古のオーケストラ(上海租界の時期の成立で、朝比奈隆もかつて指揮をした)の秘めたる実力は、類稀なる名匠デュトワの薫陶によって120%輝いた。
このオーケストラ、管打のトップには中国国外からの奏者も数人いるが、大多数は中国人奏者と思われる。音楽的には、下吹きの奏者も含めて水準が高い。澄んでいながら思い切りの良いトゥッティも魅力的だ。ティンパニにはあのエンリコ・カリーニ─そう、ローマのチェチーリア管の名物親父である─も在籍。その老練なプレイは全体を引き締めた。

しかしまあ、今年10月7日に83歳を迎えたばかりのデュトワの驚異的なエネルギーには恐れ入る他ない。2時間超の巨大な作品を休憩無しで立ったまま鮮やかに振り通し、カーテンコールも元気そのもの。終演後の楽屋では流石に少し腰かけてはいたが、来客があるとすぐに立って数カ国語でにこやかに対応していた。
ベルリオーズを十八番とする氏にとっても恐らくは「幻想交響曲」「ローマの謝肉祭」に次いで振っているであろう「ファウストの劫罰」。デュトワは演奏会型式でのオペラ上演も得意とするが、この作品は特に「演奏会型式」が好相性となる部類であろう。字幕さえ有れば、そこで起こっている事象は全て音楽の中から聴きとることが出来るからだ。そのためには常に音楽が饒舌に響く必要があるが、今宵はその条件は充分に満たされた。上述した通りの上海響に加え、東京混声合唱団(合唱指揮:キハラ良尚)は鋭く抉る指揮に見事に応える。農民のロンド(第2景)のTra la la la…からリズムが際立ち、アウエルバッハの酒場(第6景)や悪魔の大合唱(第19景)の男声合唱も威勢よく、かつ統率が取れている。エピローグでは女声合唱が端正に昇天へ導いた。いずれも、日本の合唱団の美点であろう。上海響の担当者曰く、「中国で合唱ものを演ろうとするとき、北京から歌劇場の合唱団を連れてくるのも日本の合唱団を呼ぶのもコスト的には変わらない。それなら断然アンサンブルが優れた日本の合唱団の方が良い」とのことだった。事実、日本の合唱団は頻繁に中国へ客演している。
独唱も総じて素晴らしい。デュトワの信頼篤いドノーセ(ヴェルビエでの『ファウストの劫罰』でも歌っている)はやや熟し過ぎではあるが音楽的には実に美しく、グローヴズのファウストは予想以上に若々しい魅力が際立っていた。今年この曲をネルソンと録ったスパイアーズあたりなら良かったのに…と密かに思っていたのだが、どうして、である。ブランデルは二期会の佐藤泰弘。ディクションは気になるが声域的には適役で、まずまずの出来。群を抜いて素晴らしかったのは、黒光りするような品格すら放つレリアのメフィストフェレスであった。「青ひげ公の城」の音盤などでその美声は知っていたが、実演で接する彼はひと声でその妖しさに捉われてしまいそうな魅力を持つ。舞台映えも抜群だ。

上海シンフォニーホールに響いた2時間の余韻が現地スタッフの声(トランシーバーからの音漏れと思われた)で締め括られたのには苦笑せざるを得なかったし、聴衆の集中力はやや低めだった(盛り上がりは強烈だ)が、珠玉の公演に立ち会えたことに感謝したい。一行はこのプログラムを携えて北京の音楽祭へ客演した。そちらも大変盛会となったようである。
なお、デュトワのベルリオーズは幸いにして来秋日本でも聴くことが出来る。しかも「ロメオとジュリエット」全曲!こちらも大いに楽しみにしたい。
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