2020/11/15
あなたの知らないKaoriとMaho
@プリモ芸術工房

チャイコフスキー:それは早春のことだった Op. 38-2
チャイコフスキー:舞踏会のざわめきの中で Op. 38-3
ラフマニノフ:ここは素晴らしいところ Op. 21-7
ラフマニノフ:ああ 悲しまないで! Op. 14-8
ラフマニノフ:雪解け水 Op. 14-11
ベルク:7つの初期の歌

グリーグ:6つの歌曲
ワイル:『Lady in the Dark』より My ship
イル:『One Touch of Venus』より Foolish Heart
~アンコール~
黒人霊歌:Deep River

メゾ・ソプラノ:池田香織
ピアノ:石野真穂
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東急目黒線洗足駅目の前に佇む小さなサロン、プリモ芸術工房にて名メゾ・池田香織とピアノ・石野真穂のリサイタルを聴く。池田香織は二期会『サロメ』ヘロディアス、びわ湖ホールの『リング』等ドイツ・オペラの大作でお馴染みの存在だが、今回は彼女の「ドイツ物以外」の多面的な魅力も詳らかにする好プログラムだ。

前半はチャイコフスキーとラフマニノフによるロシア歌曲選。一柳富美子訳の詩とともに味わえば、眼前に白樺や銀世界が浮かぶかのよう。曲間のトークでも触れられた通り、長く厳しい冬が続くロシアだからこそ、来たる春を迎える高揚感や解放感が身にしみるのだ。昨年5月にムジカーザで披露した『ここは素晴らしいところ』も一層素晴らしかった。深く太い低域からハリのある高域までひろく要求される曲揃いだが、そこはヴァーグナー・オペラの女声最低域のエルダから最高域のブリュンヒルデまでを歌い熟す驚異のメゾ。心配無用だ。サロンが壊れそうな程のスケールで歌い進められた。
続くベルク『7つの初期の歌』ではロマンを控えめに薫らせつつ、詩と音楽は結びつき微細に移ろう。歌の美しいドイツ語、多様な情景を1人で描き分けるPfが合わさりあたかも管弦楽が後景に拡がるかのようだ。一曲目の„Nacht“から、刻一刻と自然がその色合いを変え巨大な夜がその姿を現す様が手に取るように分かる。歌とピアノ、という域を超えたこの巨きな音楽は、やはり普段オーケストラを想定して演奏活動をする機会の多いお二人ならではと思う。

休憩後のグリーグ『6つの歌曲』はベルクとは対照的に清冽、言ってしまえば他愛もない内容なのだが何より音楽が雄弁だ。愛も純情で思わず顔が綻ぶ。その中でも„Lauf der Welt“のくすぐったいような若い男女の恋模様(なんだか80年代末、バブル期のポップスみたい!)を軽やかに描き分けたり、かと思えば„Ein Traum“では真っ直ぐな愛を壮大に歌ったりと、曲毎に最適なスタイルを緻密に選んでいる。ちなみに„Dereinst, Gedanke mein“のWundeで„Amfortas!“が、„Die verschwiegene Nachtigall“のTandaradei!で『ジークフリート』第2幕の小鳥の旋律が何故か脳内で聴こえたのだが、それは池田女史が類稀なヴァーグナー歌いだからか、或いは単純に自分が最近W成分不足だからだろうか…(苦笑)。
最後はワイルのミュージカルから2曲。「日本語の次にすんなり入ってくる」(本人談)という英語での歌唱だが―単純な発音の良さは勿論のこと、場面が浮かぶような巧みな没入に見惚れてしまう。各方面主催者の皆様、是非池田女史でワイル(渡米前の『ヴァイル』期の作品でも笑)をブッキングされては…。ヨーロッパだとトップ歌手もミュージカル・ナンバーをアリア集に収録したりするが、日本だとまだまだオペラとミュージカルは暗黙の了解的に棲み分けが成されているのだろうか。そして、アンコール(というより献奏の趣)の”Deep River”ではこちらも涙…。

久々の生歌を聴いた池田香織は前にも増して凄すぎた。そして「ひとりオーケストラ」石野真穂の巧みな切り替えにも舌を巻くばかり。この2人の音楽の大きさだと大ホールでも余裕だろうが、今後もリサイタル企画の続編を期待したい。
ちなみに公演後に公開された「アフタートーク」はプリモ芸術工房のYouTubeチャンネルで観ることができる。演奏を終えてリラックスしたお二人のトークにこちらも和む(笑)