たくさん聴かな、あかんやん。

都内在住私大生。自分の心に正直に書きます。

July 2011

2011年7月30日(土) 13:00開場 14:00開演 @テアトロ・ジーリオ・ショウワ

フェスタサマーミューザKAWASAKI2011 東京フィルハーモニー交響楽団

管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
指揮&ピアノ:ダン・エッティンガー
コンサートマスター:青木高志

ベートーヴェン:劇付随音楽「エグモント」序曲
ハイドン:チェンバロ協奏曲(ピアノ演奏)

---休憩(20分)---

ベートーヴェン:交響曲第7番


エッティンガー、昨年はチャイコフスキーでしたが今回は王道のベートーヴェン。
しかし今年のフェスタはベートーヴェン多いなぁ・・・。

東京響   第1番・「エグモント」・第4番
都響    第5番
東京フィル 「エグモント」序曲・第7番

曲の特徴の違いもさることながら、それぞれオケの個性がよく出ていて、興味深い聴き比べとなっています。

エッティンガーのベートーヴェンは、やはり師匠のバレンボイムの影響が色濃いですが、部分的には彼以上の濃厚さを誇っていて、これからどう深化していくのかとても楽しみです。

「第7番」では、前半2楽章が超個性的、後半は至ってオーソドックスでした。
そして全編に渡って共通しているのは、トランペットの強調。何かの啓示かと勘ぐりたくなる程強奏させていました。奏者の方、かなり顔を真っ赤にされて吹いていました。しかも、ただの強奏ではなく、音出しはフォルテで、すぐに弱めて徐々にクレシェンドしたりしていましたので、余計に疲れたのでしょう。お疲れ様でした。またヴァイオリンは両翼に配置され、立体的な音の掛け合いを味わえました。

第1楽章もかなりの基調テンポの遅さで、これはよほど入念な作りこみで聴かせてくれるのかと思えば、オケの反応がやや鈍く、第1主題の提示まではややぎこちなく鈍重な音楽が続きました。

圧巻は第2楽章。テンポの遅さは第1楽章と同様ながら、冒頭の導入部からレガートで、しかも相当に凝った表情付け。楽章がずっとこの調子で進むので、やや拡大解釈すぎるかとも思いましたが、ここまで凝る人もなかなかいないので、興味深く聴いていました。ただ、「感じ入る」解釈ではなく「ここでこうするのか、ふうん」と終始頷いていましたので、感動というのとは違いましたね。

順番が前後しますが、低音弦楽器も相当鳴らさせていました。コントラバスに盛んに指示を出していましたし、チェロは相当がりがり弾いていて、途中腰を浮かせてのアタックなども何度か見られました。

かなり未知数の部分が大きい彼のベートーヴェン。今後も注目していきたいと思いますが、彼の音楽づくりについてひとつ。エグモント・第7番ともにそうでしたが、ピツィカートや最弱音箇所等、音圧が下がる部分で緊張感と熱気までも後退してしまっている気がします。フォルテで熱気の渦を作り出せる指揮者はごまんといますが、弱音で聴かせられてこそ一流。今後加齢していくにつれて変わっていくのかもしれませんが、東京フィルの演奏とともにそのような問題を感じます。

彼がピアノ弾き振りをしたハイドンは、不覚なことに開始後の記憶が殆ど無いくらいに爆睡してしまいました。なので第3楽章の終結1分前しか聴いていないのです(涙)下手なコメントは避けますが、彼のピアノもとても快活で心地よかった・・・気がします。だめだこりゃ。


さて、8月はいよいよルイージとPMFが東京にやってきます。PMFオケは初めてなのですが、今年はかなり評判がよろしいようで、とても楽しみです。マーラー&ブラームス他、熱気あふれる演奏が聴けると思います。
また月末には、2年ぶりにサイトウ・キネンに出撃します!!小澤さんのバルトーク、切れ味鋭い演奏に期待大です!!そして締めは大野さんのマーラー「復活」。名演必至でしょう。

余談が長くなりました。それでは。。。

2011年7月28日(木) 18:15開場 19:15開演 @サントリーホール 大ホール

新日本フィルハーモニー交響楽団 サントリーホール・シリーズ 第481回定期演奏会

管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団
ヴァイオリン:イザベル・ファウスト
指揮:クリスティアン・アルミンク
コンサートマスター:西江辰郎

ウォルトン:ヒンデミットの主題による変奏曲
ブリテン:ヴァイオリン協奏曲
~ソリスト・アンコール~
バッハ:ソナタ第3番より 第3楽章

---休憩(20分)---

ヒンデミット:ウェーバーの主題による交響的変容


新日本フィル、3月の小泉さん指揮によるショスタコーヴィチ以来。
やっと音楽監督・アルミンクの指揮で聴けました。それにしても彼、かっこいいですね。
ヨーロッパ版千秋真一という感じです(千秋の方がマネしたか?)。

なかなかに渋い演目ということで、客席は7割程度の入り。でもこれだけ埋まるものなのですね。
流石は才人アルミンク、今日のプログラムも、3つの作品の織り込まれ方が絶妙。
ヒンデミットに自作のヴィオラ協奏曲を初演してもらったウォルトンが、彼の恩返しへの意味を込めて書いたのが一曲目。そして同じく英国の作曲家ブリテンが、スペインはバルセロナを訪れた際の体験、そしてヨーロッパに漂うファシズムの予感を込めて、ヨーロッパを離れアメリカに渡ってから書き上げた傑作が続きます。そして、ナチスの手を逃れ、同時期にアメリカへ移ったヒンデミットが完成させた代表作がメインとなっているわけです。共通項多いですね・・・。「戦争の影」も色濃いです。

ウォルトンは、この前敬愛する尾高さんが「ベルシャザールの饗宴」を日本フィルと取り上げたりしていましたが、個人的には一度も聴いたことのない作曲家です。まあ日頃はエルガーすらなじみが薄いからなぁ・・・。
このヒンデミット変奏曲ですが、クールかつ派手で、大変聴きやすく、映画音楽のように聴こえました。まあ一口で言えば「よぉ分からんかった」ということですが(オイ)。いずれ聴き直してみたい曲ではありました。

そして、ファウストをソロに迎えたブリテンの協奏曲。楽譜がありました。

これは、もう何と言いますか、音楽というよりは肉声を刻まれたような感じでして、心の底から震え上がりました。
南国での体験・ファシズムの暗い影という全く異なった出来事が、異国情緒溢れる軽やかで気怠い響きと、低音楽器の響きとして曲中に混在する点、ブリテン特有のアイロニーのように聴こえました。また、その南国のメロディすら悲痛でグロテスクに変容し、テューバが死の影をちらつかせたかと思うと、南国のリズムをヒステリックなまでにオーケストラが奏でる(メロディは既に陰鬱なものと化しています)といった、「沈黙の対決」とも言うべき変化(第2楽章)は、作曲家の苦悩・葛藤をも投影しているのではないでしょうか。そしてそんな不安定さのまま、トロンボーンの響きで第3楽章へ移行すると、対立というよりはむしろ、底知れぬ将来への不安が描かれ、表面的には大人しく見えて実は地獄があんぐりと口を開けて待っているかのような、恐ろしい音楽となります。結尾ではブリテンが疲れ果ててペンを置き、「この世界は、これから一体どうなるんだ」と我々に問いかけているような、不安と祈りの入り混じった感情が静かに提示されています。

ファウストのヴァイオリンは、ベルクを弾いたツィンマーマンとは全くスタイルは違いますが、同レヴェルの金縛り度。こういう経験が間を置かずにできるというのは本当にありがたいことです。ファウストのヴァイオリンは、「求道者」という言葉がそのまんま当てはまる、超辛口の音色。表現も同じく、第1楽章冒頭のティンパニのリズムとピツィカートが交互に奏される箇所でも絶対にリラックスしない。全編が非凡なまでに力強い精神に貫かれていました。内容的に前述の通り複雑な曲で、フラジョレットでのスタッカート(!)や、重音がこれでもかと盛り込まれたりと、技巧的な難易度も非常に高いように思えました。彼女はこの曲を完全に消化し、そのストラディヴァリウスはブリテンの肉声と化していました。恐るべきヴァイオリニストです。彼女こそ「超一流」でしょう。

こういう演奏だと、聴く方も同じ緊張を要求されるわけで、聴衆には負担がかかるのです。その点今日のお客さんの集中度は凄かった。咳こそ数度あったものの、プログラムを落としたりといった無神経な人は皆無。曲が終了しファウストが弓を下すまで、永遠に続くかと思うような沈黙(実際には十秒程かと)を保つなど、こちらもブラヴォーでした。終演後多くの方が熱烈な動作で拍手を送っていたのも印象的。
アンコールのバッハは、一転して柔和な音色。やはり、協奏曲での音色は意図的に彼女が作りだしたものだったのでしょう。

オケの定期演奏会なのに、新日本フィルについてこれまで一言も触れていません。
彼女の演奏にぴったりと寄り添いつつも、第2楽章では見事な暴れっぷりでした。やや乾いたこの音色は、曲想にも合っていたと思います。

休憩後のヒンデミットは、最初から最後まで底抜けに楽しい曲!
彼の代表作ということですが、第1楽章以外は未聴でした。
ウェーバーの主題は素朴でシンプルなようですが(第2楽章のトゥーランドットなど本当にウェーバー書いたの??と思ってしまいました)、ヒンデミットがアメリカに渡ってからの作品ということで、実にモダン。途中ジャズを連想させる個所もありました。
それにしても、第2楽章は本当にチンドン屋かと思いましたよ。フルートのソロの後、思わず踊りだしたくなりました。
第4楽章の行進曲は豪快なのに洗練されているという、不思議な魅力があり、最後の畳み掛けも見事でした。
全体的に管楽器の難所が多そうでしたが、アルミンク指揮するオケは安定した演奏。ただ弦がやや薄い気がします。木管の色彩感、金管の輝かしさは素晴らしかった。


でもやっぱり今回は、ファウスト、ファウスト、ファウストでした・・・

2011年7月27日(水) 18:30開場 19:30開演 @テアトロ・ジーリオ・ショウワ

フェスタサマーミューザKAWASAKI2011 東京都交響楽団

管弦楽:東京都交響楽団
ヴァイオリン:渡辺玲子
指揮:小泉和裕
コンサートマスター:矢部達哉

シベリウス:ヴァイオリン協奏曲

---休憩(20分)---

ベートーヴェン:交響曲第5番


どんな舞台でも燃焼度100%、そんな都響の魅力を存分に味わえた一夜でした。もはや言葉にすることは少ない。

シベリウスは、渡辺玲子氏が深みのある音色で魅了。ちょっと演歌調だったけれど、技巧も確かで、大いに感じ入りました。バックはシベリウスには重厚すぎる位。そして、厳しい。第3楽章は両者の息もピタリと合い、見事に昇華したロンドとなりました。

後半はベートーヴェンの5番。小泉氏は、アインザッツを完全にオケに委ね、2拍目から刻みました。最初のフェルマータは短め(次は普通)。
客席の傾斜が急なホールで、前から十列目強だったので、結構舞台が近かったわけですが、それでも豊麗な「都響の弦」は健在。重厚壮大なサウンド。
残響がデッド(=分離は良い)なので、第4楽章で轟く凱歌は刺激的。冒頭主題が回帰する箇所は、ティーレマン程ではなかったですがテンポ落としてましたね。
ふと考えると、この小泉&都響コンビは在京オケの中では最も長い関係ではないでしょうか。オケは彼のカラヤン2世のような指揮に完璧につけます。少し腕を横方向に泳がせれば、俄然響きは濃厚さを増し、左手の空手チョップが決まれば雷鳴のようなトゥッティが炸裂。まさに今、長年の共同作業が大きな果実を結びつつあるのでしょう。少しでも多く定期にも出演して頂きたいものです。

ああ、良かった。

今年も川崎のフェスタの季節がやって参りました。本日はオープニングで昼夜2公演!ということで、ハシゴですので、(ラーメンじゃないですよ!!)短めに。

2011年7月27日(水) 13:00開場 14:00開演 @テアトロ・ジーリオ・ショウワ
フェスタサマーミューザKAWASAKI2011 東京交響楽団 オープニングコンサート

管弦楽:東京交響楽団
ソプラノ:新垣有希子
語り:壇ふみ
指揮:ユベール・スダーン
コンサートマスター:高木和弘

ベートーヴェン:交響曲第1番

---休憩(20分)---

ベートーヴェン:劇音楽「エグモント」


ミューザ川崎の地震被害のため、川崎市内のホールに会場を移して開催される今回のフェスタでは、昭和音大のテアトロ・ジーリオ・ショウワがメイン会場扱いとなっています。

このホール、大学内の施設ということで、あまり華美になりすぎないようなデザインにしたとにことですが、一言で言えば殺風景。更に、ホール内の色調がかなり暗く、どんよりしてきます。「ミューザが無事だったら・・・」という思いは捨て切れませんが、再来年までの辛抱ですね。オペラ公演メインなので、デッドではあるものの音響は悪くありませんし。

今日はスダーンと楽員さんは皆黒い衣装で統一。ホールに合わせた??

開演前に、東京響の金管・打楽器奏者とスダーンの指揮で、開幕のファンファーレが奏されました。
見事な分離。ホールの特性よくわかりました。

一曲目はベートーヴェンの1番。楽聖最初の交響曲であります。
これまであまり聴いてこなかったこの曲ですが、今日の演奏を聴いて名曲であるとの感を新たにしました。
特に、第1楽章の序奏から音楽が熱を帯びて行く様子は実に独創的かつ雄渾であります。また、第4楽章の主題の軽快さは、深遠さを増す後年には聴かれない点であり、第1番ならではの魅力だと思います。

休憩後は、語りに檀ふみさんを迎えての「エグモント」。去年に引き続いての劇音楽シリーズ、序曲が際立って有名なこの音楽をまるごと聴ける希少な機会ということで、楽しみにしていました。
スダーンとオーケストラ(譜面台にはライト)が舞台に現れ、やがて真っ暗に。上手にはアンティーク風の机と椅子が置かれ、スポットが当たっています。やがて、スピーカから語りが流れ始め、中世の服装に身を包んだ人物が登場、椅子に腰掛けます。この人物が、檀ふみさん扮するアルバ公の息子なのです。
彼は、エグモントを斬首刑に処した父を激しく非難する手紙を書いており、その内容が語られる形で進行しました。
詳細は割愛しますが、劇付随音楽として作曲されたこの「エグモント」において、語りの役割がこれ程大きいとは思っていませんでした。歯切れの良い音楽に、檀ふみさんのリリックで気品のある語りが加わることにより、壮大で力強い世界に浸ることが出来ました。

全体を通して、スダーンと東京響の演奏に言えることは、スポーティということです。今回のみならず、彼らの古典派演奏はいつもそのようですが。
特に弦楽の引き締まった響きは痛快ですらありました。後半の序曲のフェルマータはあっさりしすぎてる位。また、オーボエにも聴き惚れました。このオケ、相変わらず好調です!

それでは、夜の都響、楽しんで参りたいと思います。

2011年7月25日(月) 18:30開場 19:00開演 @サントリーホール 大ホール

読売日本交響楽団 第540回サントリーホール名曲シリーズ

管弦楽:読売日本交響楽団
ピアノ:アレクセイ・ゴルラッチ
指揮:ワシリー・シナイスキー
コンサートマスター:デヴィッド・ノーラン

グリンカ:歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番
~ソリスト・アンコール~
ショパン:練習曲作品10-4

---休憩(15分)---

ショスタコーヴィチ:交響曲第5番


昨日、今日ともにシナイスキー指揮のこの公演は完売だったのですが、いつもの通り18:00に行ったら予想通り学生券買えましたね。去年3月のMr.Sお別れ定期も行けば良かったと、つくづく後悔。

さて、今日の指揮のシナイスキーですが、あのスヴェトラーノフ亡き後のロシア国立響を引き継いだ人物だとのこと(あまり良い噂は聞いていないのですが)。ノン・タクトです。また、ソリストのゴルラッチは06年に浜松のコンクールにて優勝していますので、名前だけは知っていましたが、ナマは今回が初めてとなります。

本日はロシア名曲特集(そりゃまあ、名曲シリーズだし・・・)。

有名な「ルスランとリュドミラ」序曲で始まります。流石は読売日響、安定したアンサンブルで聴かせてくれました。テンポは気持ち早目といったところ。

続いてラフマニノフのピアノ協奏曲第2番。CDではピアノとオーケストラの音量調整が可能なのでバランス良く聴こえますが、ナマではオーケストラにソロが埋もれがち。特に当夜のシナイスキーは御構い無しに鳴らしまくる。
ゴルラッチのピアニズムは、リヒテルなどの泥臭さはなく、ツィメルマンに近いような洗練されたもの。適度に迫力があって、よく弾きこまれていることを伺わせました。特に一楽章の表現は素晴らしかった。アンコールのショパンでは、より冴えていた気がします。恐ろしいほどの指回りの良さ。

そして休憩後のショスタコーヴィチ!これが凄かった。
スヴェトラーノフら、ロシアの爆演系指揮者の系譜に続くような、しかしもっと悲痛な演奏でした。
第1楽章冒頭から物凄い緊迫感。こういう演奏が聴きたかったんだよ!と、思わず膝を打ちました。展開部に入ってからのシナイスキーの煽りも凄まじく、一瞬リズムを刻むトランペットと弦が乖離しかけた程。やがて爆発、行進曲部に入ると、そのトランペットが第1主題のパロディを奏しますが、ここも巧いばかりでなく、痛い!耳に突き立てられるようなサウンド。演奏の趣向にぴったりです。コーダ直前でティンパニが一拍早く入ってしまい、びっくりしましたが。
第2楽章では諧謔性は皆無で、ひたすらイン・テンポで邁進。冒頭の低弦は一層素晴らしかったですが、その後やや不安定になり、ヴァイオリン・ソロの音程がヘロヘロに。ノーランさんお疲れ様でした。
第3楽章も、悲痛な弦の響きに埋もれるかのよう。生で観ると、2群に別れたヴァイオリンの動きが良くわかります。また、フルート・ソロもお見事!
この悲壮感が継続するまま、ほぼアタッカで第4楽章へ。バーンスタインも真っ青の高速の開始で、ティンパニの岡田氏の完璧な打撃が興奮を呼びます。金管も痛烈で、トランペットのソロも見事の一言。フィナーレは耳をつんざく大音量で、やっぱり「痛い」・・・。一気呵成に集結。

シナイスキーは、この曲を勝利とは捉えず、作曲家が苦痛でのたうちまわる姿として描いたのだと思います。それにしても彼、カーテンコールではコンバスの所まで駆け寄って称えるなど、実に好印象でした。
彼の煽りに応え、豪壮な演奏を披露したオケも立派。普段より少し疵は多かったものの、これだけの熱演を聴かせてもらえれば文句ありません。

名曲シリーズでこの水準が聴けるとは思っていませんでした。読響、素晴らしかった。

2011年7月22日(金) 18:30開場 19:00開演 @サントリーホール 大ホール

東京フィルハーモニー交響楽団 第806回サントリー定期シリーズ

管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
指揮:上岡敏之
コンサートマスター:青木高志

シューベルト:交響曲第7番「未完成」

---休憩(15分)---

シューベルト:交響曲第8番「ザ・グレイト」


創立100周年を迎え、邦人アーティストに集中したシーズンとなっている東京フィル。
この度の震災後、来日演奏家のキャンセルが相次ぐ中で、図らずもアドヴァンテージとなってしまっています。(不謹慎で申し訳ありません)

さて、7月の指揮者は大植英次氏と今回の上岡敏之氏。
どちらもクラシックの本場・ドイツでの株を上げている、現在躍進中の方であります。

特に上岡氏は、読売日響との「ばらの騎士」組曲、N響との第9等の名演で、日本でも注目度の上がっている指揮者ですね。今回初めてナマで聴きます。


一曲目の「未完成」ですが・・・数少ない「どうしても」好きになれない曲の中の一つです。
これまでワルター/コロンビア響等、古典的な名盤も大体聴いてきましたが、未だに良さが分かりません。
今回の演奏で苦手解消出来るかと思っていました。

結果は・・・ダメでした。

冒頭の低音が通常以上に厳粛なピアニッシモで始まり、非常な緊張感を持ち始めたまでは「おっ、いけるかな?」と思ったのですが、私は第2楽章入るまでに舟を漕いでいたと思います・・・情けない。
やっぱりシューベルトは初期交響曲が良いと思うんだよなぁ・・・。

さあ、気を取り直して「ザ・グレイト」です。
この曲に限らず、シューベルトの交響曲は番号の変遷が激しいことでも知られていますが、この曲も昔までは「第9番」でした(私もそのほうがしっくり来るのですが)。現在は版が改訂されて、第8番に落ち着いているようですが。
冒頭のホルン・ソロは、止まってしまいそうな遅さ。あ~、彼のブル7のように超激遅演奏になるのか、と思いましたが、その後は妥当なテンポで進んでいきます。楽章終盤で鳴り響くトロンボーンを敢えて抑えてしまった解釈には賛同できませんが・・・。

総論としては弦の厚みのあるサウンドをベースにした、堅牢な演奏だったのではないでしょうか。
ただ一点、第4楽章の最終音に記された記号(殴り書きなので判別が困難)を「アクセント」と解釈するか、「デクレシェンド」と解釈するかというのはちょっとした論点になりますが、何と上岡氏は完全にデクレシェンドと解釈。しかし美しく曲が閉じられたので、あまり尻すぼみといった印象は抱きませんでした。静かなホルン・ソロに始まり、デクシェンドで終結するのは、静に始まり静へと帰る、といった感じで何か一貫性を持たせているのかなぁ、とも思いましたが。

それにしても、上岡氏の指揮は歯切れが良いですね。体のバネを存分に活かして、指揮台で屈伸運動。棒さばきも実に弾力性があります。ただ、第4楽章で前面にでる楽器を次から次に指し示したりと、やや「暗譜してますよ」アピールが鼻についたきらいはありましたが。東京フィルも、今日は先述した弦をはじめ、各セクションが充実。見事な一体感を誇っていました。
今度はR.シュトラウス、マーラーあたりを聴いてみたいですね。独自の境地が聴けそう。

ではでは。

友人と一緒に品川二郎に行って来ましたよ~グー

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小ブタ(野菜ニンニク) 800円。

いやぁ旨いですね。柔らかいブタがゴロゴロと7個程度・・・どこが小ブタやねん!
また行きたいですね、今度は三田。

2011年7月19日(火) 18:30開場 19:00開演 @サントリーホール 大ホール

読売日本交響楽団 第506回定期演奏会

管弦楽:読売日本交響楽団
指揮:下野竜也
コンサートマスター:藤原浜雄

ヒンデミット:「さまよえるオランダ人」への序曲
~下手くそな宮廷楽団が朝7時に湯治場で初見をした~
(下野竜也編・弦楽合奏版、世界初演)
ヒンデミット:管弦楽のための協奏曲(日本初演)

---休憩(15分)---

ブルックナー:交響曲第4番「ロマンティック」(ハース版)



下野氏は、将来凄いブルックナー指揮者になるかもしれませんね。
「マーラー派、ブルックナー派で言うと自分はブルックナー派」と語る下野氏。
今回の「ロマンティック」を聴いて、宜なるかなと思いました。


さて、まずコンサートは、奇怪な副題を持つヒンデミットの秘曲、「さまよえるオランダ人」への序曲から始まりました。
ホールに入ると、オルガン席の手前に「読響温泉」と記した木目の看板が立ててあります。
(この時点で大体オチ読めますね・・・(笑))下野氏は勿論、楽員さん達も芸達者。
深夜の音楽会で後日放送されるようですので、この位にしておきますね。ぜひご覧ください。
曲自体は、ご察しのとおりヴァーグナーのパロディなのですが、それにしても凄い貶し様・・・筋金入りの愛好家の方は憤怒したのでは??私はそれほどでもないので素直に楽しめましたが。

次の「管弦楽のための協奏曲」は、何と日本初演(正確にはオペラシティの回が初演になりましたね)。フルトヴェングラーも愛好し、BPOと録音も残している曲ですが・・・。日本におけるヒンデミット受容の有様を垣間見ることができるのではないでしょうか(私も「画家マティス」「世界の調和」「白鳥を焼く男」以外さっぱりです)。また、西洋音楽史において「管弦楽のための協奏曲」という題を持つ作品はこれが初めてだったようです。以降今日に至るまで、バルトーク、ルトスワフスキ、コダーイ、スクロヴァチェフスキなど、数々の作曲家が手掛けていますね。
また曲想は、モダンでがありますが大変聴きやすいもの。このコンビならではのキレのある表現で、大いに楽しめました。

休憩を挟み、メインの「ロマンティック」。正直、下野氏のブルックナーと言われてもピンと来なかったのですが、ご本人は昔から傾倒してらっしゃるみたいですね。今回、Mr.Sとのツィクルス、尾高氏との8番(昨年12月)と名演を重ね、国内では同作曲家を最も得意とする読売日響との演奏ということで、楽しみにしていました。
ただ、今回の「ロマンティック」自体は3、5、6、8番ほど好んで聴く曲でもないのです・・・なので特に苦手なアダージョ楽章は割愛させて下さい。

この記事の冒頭で、下野氏は将来凄いブルックナー指揮者になるかも、と書きました。彼の年齢で、ここまで彫琢されつつ、しなやかに流れるブルックナーを演ることは、並大抵ではないことだと思うからです。
大抵の若手(巨匠年齢でもちらほらいますが)がブルックナーを演奏すると、細部にこだわるあまり流れが滞ったり、逆に勢いばかりの荒い演奏になったりします。しかし下野氏はどちらの条件もクリアしつつ、ブルックナー特有の神秘性、官能性をも表出させることに成功していました。
冒頭、弦の荘厳なトレモロに乗って現れるホルンの伸びやかなこと!この後ちょっとした事故はありましたが、それもどうでもよくなる程の見事な吹奏でした。トゥッティでは金管のパワーが漲りますが、サウンドが混濁しないのは指揮者の手腕でしょう。
アダージョ楽章を経て、有名な「狩のスケルツォ」。ここでも金管が安定感抜群。下野氏の持って行き方も実に見事なものです。トリオでも弦楽を懇切丁寧に指揮。楽章終了時には何とブラヴォー一発。悲愴じゃないんだから・・・とは思いましたが、叫びたくなる気持ちも良くわかりました。
そして、緊迫感を保つのに最適な、やや速めのテンポで終楽章が開始されます。ここでは、弦の濃密な音色が素晴らしい。ボウイングも独特な箇所があったかな・・・?コーダも、まさにブルックナーとしか言いようのない世界で、抜群のタイミングで全曲は堂々と閉じられました。

名演だったと思います。彼のアプローチで、是非とも3番、6番あたりを聞いてみたいと思わせられました。また、金管群、そしてティンパニの岡田氏(彼の思い切りのいい強打・美音によってどれだけ演奏が引き締まったことか!)など、正指揮者である下野氏の初ブルックナーという「晴れ舞台」を良いものにしてやろう、という意気込みが感じられるような、献身的な演奏でした。

楽器の配置について少し。金管楽器の中で、トロンボーンとトランペットの位置が通常とは逆になっていました(他にも何かあったかもしれませんが・・・)。どういう意図かは本人に聞くしかありませんが、これによって第3楽章の掛け合いの箇所は非常に立体的に聴こえました。

下野氏、今回でまた一皮むけた音楽を聴かせるようになった気がします。来シーズンも期待しています!

先の記事にも書きました通り、昨日はギルバート指揮都響の第2日目を聴いてきました。

一日目に比べると良い意味でも悪い意味でも「落ち着いた」感があります。
私としては一日目の方が良かったかなぁ?

17日は、指揮者とオケの間で作り出せる音楽に未知数の可能性があって、どこまで加熱してしまうか分からない、という雰囲気の中で、可能な限りの力を出して熱演を繰り広げたという点で稀有な演奏でした。
18日は、やはりお互いの手の内がある程度読めたということでしょうか?前日ほどの燃焼には至らなかったような気がしますね。でも秀演だったことには変わりありません。

そんな中、ツィンマーマンは相変わらず素晴らしい。アンコールは前日とは変わって、同じバッハでもパルティ―タ第2番のサラバンドでした。なんという深々とした音色でしょうか。淡々と引き進める中に、ただならぬ哀悼が込められているのです。


ギルバート×都響、東条先生も書かれていた通り、首席客演のポストを与えるなどして、また近いうちに実現してほしいと思います。その時は得意のマルチヌーの4番を是非!

ギルバートと都響を聴いてください。

日本のオケでしょ・・・と思っている方、
ベルクのコンチェルトって面白いか?と思っている方、
ブラームスの1番って暗いじゃん・・・と思っている方、

13:00から当日券が発売となります。余裕あります。

お願いですから、サントリーホールへ向かってください!!

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