たくさん聴かな、あかんやん。

都内在住私大生。自分の心に正直に書きます。

August 2011

2011年8月29日(月) 19:00開演 @サントリーホール 大ホール

サントリー音楽財団・サマーフェスティバル2011
第41回サントリー音楽賞受賞記念コンサート《大野和士》

管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
ソプラノ:並河寿美
アルト:坂本朱
合唱:国立音楽大学、東京オペラシンガーズ
合唱指揮:田中信昭、永井宏、宮松重紀
指揮:大野和士
コンサートマスター:荒井英治


「復活」というのは、つくづく凄い力を持った曲だと思う。
その凄さを何の脚色もなく、ストレートに伝えてくれた演奏に感謝するばかり。

「復活」・・・この二文字に全身全霊を込めて、 皆さんと共に、祈りをささげたいと思います。

大野さんのこのメッセージに尽きる。

全曲を通じて、「厳粛な儀式」という言葉すら生温いような強靭な気迫がホールを包み、
わずかに織り込まれたマーラーのさり気ないユーモアさえ、この雰囲気の中では薄まりました。
第5楽章では正にハルマゲドンといった趣の、それこそ阿鼻叫喚の情景がこれでもかと炸裂します。
そして合唱が静かに歌いだす、「復活」のテーマが我々を救済します。

演奏には色々と注文をつけたい箇所もありました。でもそれがこの夜の演奏の価値を下げていたかというと、そんなことは絶対にありませんでした。
大野さんの類稀な統率力により、「復活」という曲の原色が目の前に提示された。もっともっと品のない言葉で書くと「ぶちまけられた」。こんな経験はめったにできるものではないでしょう。

演奏終了後には大野さんへの心からの感謝が、ソロ・カーテンコールという形で爆発しました。

ちなみに、皇太子殿下が単独で来場されていました。ご入場・ご退出の際には暖かい拍手が起こりました。
この強烈な「復活」の後に、少し雰囲気が和らいだような気がします。
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だいぶ遅くなりましたが。

2011年8月25日 18:30開場 19:00開演 @まつもと市民芸術館 主ホール

サイトウ・キネン・フェスティバル松本2011
バレエ「中国の不思議な役人」/オペラ「青ひげ公の城」

青ひげ公:マティアス・ゲルネ
ユディット:エレーナ・ツィトコーワ
吟遊詩人:アンドラーシュ・パレルディ
演出/振付:金森穣
舞踊:Noism1、Noism2 
合唱:SKF松本合唱団(中国の不思議な役人)
管弦楽:サイトウ・キネン・オーケストラ
指揮:沼尻竜典(中国の不思議な役人)/ ピエール・ヴァレー(青ひげ公の城)

バルトーク:バレエ「中国の不思議な役人」

---休憩---

バルトーク:歌劇「青ひげ公の城」


すでに報じられているように、この日小澤さんはリハーサルまで元気に指揮しており、17:30の時点では医師も「指揮をする体力が戻った」と判断していました。しかし、18:10に直前に譜面を読むためベッドから起き上がろうとしたところ、起き上がることができず、やむを得ず指揮を中止したということです。(我々聴衆がアナウンスを聴いたのはまさに開演直前でした)

一公演前の23日もキャンセルされていたので、覚悟はしていましたが、残念な気持ちには変わりありません。代役はピエール・ヴァレーという、音楽塾・フェスティバル等で小澤さんのアシスタントを勤めてきた人物で、当日この人しか振れる人はいなかったわけですが、それにしても前半の沼尻氏に後半も振ってもらうなど、もう少しベターな策は無かったものかと後に悔やまれます。(もっとも、沼尻氏も足に怪我を負っており、体調は必ずしも万全ではありませんでしたが・・・)

2009年にこのフェスティバルを訪れた際は、松本文化会館での「戦争レクィエム」でしたので、今回この市民芸術館は初めてでした。赤がモティーフのデザインは、現代風に洗練されており、音響も抜群。素晴らしいなぁ~と思っていたら、04年開館だそうで。。。松本のオペラファンがうらやましいです。
美しい自然環境で、世界レヴェルの上演を楽しめる。何とも贅沢なことですな。

まず「中国の不思議な役人」ですが、演出が大変精妙に作られていました。
決して軽薄な内容ではないですが、公式プログラムに金森氏の演出意図等が分り易く掲載されており、隅々まで神経の行き届いた演出に大いに期待を抱きました。
舞台中央には四角形の赤い机、上には簡素なシャンデリア。前方にはマンホールのような穴が。
そして、舞台全体が後方から前方に行くに従ってゆるやかに広がってゆく洞穴のようになっています。(分かりにくくてすみません。。。)

コンセプトはかなり明快なもので、

前方のマンホール(ここから第1・第2の男が登場します)
舞台後方の穴(役人はここから決然と登場)

これらがそれぞれ「役人の世界(=表社会)」と「悪党の世界(=裏社会)」を繋いでいます。

また、舞台上には大勢の黒子(金森氏は特に日本的なものを意識したわけではないとしていますが)が配置され、役人を操り人形のように動かし、役人が自らの意思で少女に求愛しようとする時を起こす際には妨害しようとします。

つまり、黒子というのは、社会の一般常識、もしくは時の政府なのでしょうね。

役人というのは勿論政府の人間ですから、表社会の常識を踏み外すようなことはしないわけです。あくまでも表向きには。しかし本当は役人も自我を持っており、普段はそれを抑圧せざるを得ない(=つまり政府に操られているともいえるでしょう)。この政府のマリオネット人形状態を皮肉ったのが「黒子」であると思いました。そして皆様ご存知の通り、役人は息絶える寸前にマリオネット状態から抜け出し、自我を取り戻し、はたまた男として女性と結ばれたのち息絶えるのですね。

また金森氏は、普通は立ち入らない世界(=裏の世界)を内部に持つマンホールという物体や、名前の通り「黒=闇」の黒子を用いることで、通常ならば光が当たっているはずの「表社会」をあえて黒という影の色で描くことで、舞台上の裏社会での出来事にリアリティを持たせていたのかなぁ、とも思います。いずれにせよ説得力のある解釈でした。

さて、コンセプトで大分紙面を使ってしまいましたが、沼尻氏の卓越したリードによって緊迫感を保った音楽もさることながら、何よりもNoismの見事に尽きる身体表現に大拍手でした。鍛え抜かれた身体より繰り出される、一瞬の隙もない演技は、このパントマイムの内包するあらゆる要素を最大限に引き出していたと思います。本当にお疲れ様でした。


休憩後は「青髭公の城」。予習はインバル指揮フランクフルトRSO盤です。
小澤さんが再びキャンセル、ということで余程意気消沈したのか、聴衆の中には前半だけ聴いて帰ってしまった人もいらっしゃったよう。お気持ちは推察しますが、流石に勿体無いかと。。。

演出については、前半同様黒子が登場します。ただ、それほど頻繁なものではなく、後半にいたって物語が緊張の度合いを増していく箇所や、ラストで過去の妻たちと対面する箇所において補佐的に使われるのみです。ただ、「役人」以上にミステリアスであり多様な解釈が存在しうるこの作品において、残念ながら演出家の伝えんとすることはあまり届いてきませんでした。
音楽面においては、ゲルネとツィトコーワは流石に素晴らしく、特にゲルネの深々とした声はこれ以上望みようのないほど。ツィトコーワは容貌も含め若々しく純真に演技を展開。歌唱は第5の扉の強大な管弦楽の咆哮にも負けず、それでいて絶叫ではなく均衡を保っていました。

そして、オーケストラ。。。
リハーサルまで小澤さんが稽古をつけていたのですから、オケのメンバーの中でやや鬱々とした心境の方がいらっしゃったのかもしれません。
ピエール・ヴァレーという指揮者、非常に端正な音楽を作る人で、破綻は皆無だったかもしれません。しかし、それ以上のものは何もありませんでした。平板な管弦楽の繋がりにとどまり、バルトークの狂気の世界はピットから上ってきませんでした。

今回の公演、正直満足度は期待以下でありました。前回聴いた、09年の「戦争レクィエム」はこのような演奏を創造しうるのか、と心を揺さぶられましたが、その際の感動には全く及びません。
オーケストラは小澤さんの時とは全くの別団体のよう。完全に泡が抜けた炭酸飲料でした。
27日の最終公演は指揮したものの、中国行きを取りやめ、再度入院という結末が待っていた小澤さん。
来年、小澤さんが指揮できるかどうかは分かりませんし、今後小澤さんに万が一何かがあった時、このフェスティバルはいったいどうなるのか。「オザワのオーケストラ」という看板は、今音を立てて崩れ落ちようとしています。サイトウ・キネン、小澤さんの後任に強力なリーダーシップを持つ指揮者を迎えられることを祈っています。
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さあ、明日はいよいよサイトウ・キネンに行きます。
バルトークの役人&青ひげと、ディープでエロティックな作品が2つ並びます♪

こういう類の音楽が大好きな私は良いのですが、一緒に行く母が嫌~な顔をしてますww
まぁ、楽しんで聴く部類の音楽ではないかもしれませんねぇ。

でも大事なこと、小澤さん果たして大丈夫でしょうか??
23日の公演をヴァレーに任せた後中休みで一日ゆっくりなさって、体力回復されているとよいのですが・・・。この後は9月に中国公演も続きますが、どうかご自愛下さい、と申し上げるしかありませんね。

しっかりホテルで予習して、明日の夜は集中して観てきまーす!では!

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こんばんは。

去る8月14日、世紀の大巨匠、ジョルジュ・プレートルが87歳の誕生日を迎えました。
このまま90歳になってもも余裕で世界中に客演して頂けそうなご様子のマエストロ。
これからの活動、そしてこれまでのウィーン・フィルなどとの演奏がどんどんCD化されることを切に望んでいます。

さて、今夜はそんなマエストロの最近のご活躍ぶりを動画でご紹介していきたいと思います。
まずは、今年2月のスカラ座フィルへの客演。

2011年2月28日
管弦楽:ミラノ・スカラ座フィルハーモニー管弦楽団

フランク:交響曲
レスピーギ:交響詩「ローマの噴水」「ローマの松」
オッフェンバック:歌劇「ホフマン物語」より ホフマンの舟歌

(順番は適当です)

なかなか重量級のプログラムですね。「ローマの松」は、シュトゥットガルト放送響との演奏を去年の今頃紹介させていただきました。本場イタリアのオケということで、より輝かしい。そして巨匠のますますの円熟か、以前よりも格段にスケールを増した大名演となっています。これほど内容のある「アッピア街道」は初めて。
まずはリハーサルをどうぞ。



どうやら公開リハーサルのようですね。若い聴衆の姿が目立ちます。
それにしても、フランクでの弦楽の表情の濃さはすごいなぁ。

本番演奏はこちらから。(ニコニコに飛びます)フランクは残念ながらありません。
ローマの噴水 
ローマの松 
ホフマンの舟歌


もう一つ、2005年客演時の映像もご紹介しましょう。
こちらはマーラーの「巨人」です。ごく短い映像ですが、全曲聴いてみたいっ!と思わせます。




この他にも、ニコニコにウィーン・フィルとのブラ2など、わずかに転がっていますので、気になった方は観てみてはいかがでしょうか。逆に、とっておきの映像がありましたら是非ともご教示いただければ幸いです。

ではでは。
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2011年8月13日(土) 13:30開場 14:00開演 @東京オペラシティ コンサートホール

東京交響楽団 東京オペラシティシリーズ 第62回

管弦楽:東京交響楽団
ヴァイオリン:シン・ヒョンス
指揮:ヨエル・レヴィ
コンサートマスター:大谷康子

プロコフィエフ:交響曲第1番「古典」
ストラヴィンスキー:ヴァイオリン協奏曲
~ソリスト・アンコール~
クライスラー:レチタティヴォとスケルツォ・カプリス

---休憩(20分)---

ベートーヴェン:交響曲第4番
~アンコール~
ベートーヴェン:「コリオラン」序曲


さて、首席客演指揮者のニコラ・ルイゾッティ、ソリストのセルゲイ・クリロフのキャンセルにより、当初と全く異なった出演者となった今回の演奏会。
私はルイゾッティの作る音楽(最近彼スカラにも呼ばれてますからね)が気になって、スケジュールに入れていたので、行かないでおこうかなぁとも思ったのですが、最近話題のシン・ヒョンスがストラヴィンスキーを弾くということで、やはり出陣してまいりました。

結果・・・


ヒョンス可愛い!!!

いやー可愛い!!可愛すぎる!!!ブルーのドレス似合いすぎ!!ラブラブ



あのー。
すみませーん。
引かないでくださーい(泣)

演奏家の真価は、勿論その音楽性だということは百も承知であります。
でも・・・でも・・・「プラス容姿端麗」=チケットの購買意欲150%くらい上昇しますよ??

勿論可愛いだけなら今後成長できませんが、彼女の場合は音楽性も素晴らしいのです。
確かな音程と安定したリズム感、そして勢いのあるボウイングと艶やかな歌。

今回はストラヴィンスキーのモダンな楽曲だったので、彼女のもっと深い味わいを味わうにはブルッフやらブラームスやらチャイコフスキーやらの長大な協奏曲を聴いてみた方がいいかもしれません。ショスタコなんかも似合いそうだなぁ。最後のクライスラーはある意味本プロ以上の燃焼度かも。
とにかく、これからどんどんCDも出していってほしいソリストです。あ、演奏会もチェックしますよ♪(←まだ酔ってる)

一方のレヴィ、アトランタ響(今もラニクルズと充実した演奏を繰り広げています)を全米随一のオケに育て上げた立役者ですが、最近はフランスのオケの首席になっていたんですね。

彼は時代の潮流には目も向けずに、70~80年代風の、しっとりとして角が丸くなったサウンドを東京響から引き出しました。こういうサウンドがたまらない人もいるんでしょうねぇ。私は好きでも嫌いでもありませんが。ベートーヴェンはサヴァリッシュから数本牙を抜いてしまったような演奏。第1楽章の序奏から主部への移行もまるで迫力がありません。クライバーで刷り込まれた私には味気なさ過ぎました。ただ第2楽章では、このアプローチのお陰で平安な心で音楽を聴くことができ、柔らかな音に包まれるのは夢心地でした。

前半のプロコ1番はこの芸風ではやや鈍重に。今日のコンマスは大谷さんでしたので、彼女のアグレッシヴさで持っていた気がします。それにしても、この「古典」交響曲、こういう演奏をされるとハイドンとかより埃臭いなぁ。まるで第2次大戦前のような表現。

一貫して、耳に優しい、サラっと聴ける音楽でしたが、それなら家でCD流しときゃいいじゃん。と思ってしまうのが私なのです。インバルの古典派~ロマン派演奏も時代にそっぽ向いて、まるで60年代のベルリン・フィルみたいなサウンドを提供してくれますけど、彼の場合は彼独特のアプローチのインパクトも大きいので、結果的に「彼のベートーヴェン」「彼のブラームス」になってるんですよね。私も年取ったら趣向変わるかな?

でもやっぱり、ヒョンスは可愛い。(まだ言うか)
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2011年8月8日(月) 18:00開場 19:00開演 @テアトロ・ジーリオ・ショウワ

フェスタサマーミューザKAWASAKI2011 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

管弦楽:神奈川フィルハーモニー管弦楽団
指揮:金聖響
ゲスト・コンサートマスター:崔文洙

マーラー:交響曲第9番


会場に入って、思わずニンマリしました。譜面台にオペラ公演で使用されるようなライトが取り付けられていたからです。聖響さん、5月の定期と同じスタンスで臨んでいただいて、ありがたい限り。静寂と暗黒が、ホールを包みました。

今回コンマスの石田氏と首席チェロの山本氏という、このオケの2人の「顔」の演奏も楽しみにしていたのですが、お二方ともに降り番。ゲスト・コンマスとして新日本フィルの崔氏、チェロのトップはソリストの三宅氏が出演。 なかなか豪華な顔ぶれですが、純正神奈川フィルサウンドを聴いてみたかったというのも正直なところ。

演奏は純音楽的と言って良く、私がこの曲に求めるユダヤ的で粘っこい響きは希薄。聖響さんのリードは丁寧に、丁寧に曲を再現していくもので、第1楽章ではやや神経質すぎる場面もありましたが、第2楽章の各首席のソロが見事に決まったあたりから、オケも自発性を増し、第3楽章では多様な響きを巧みに処理しつつ、勢いのある演奏となり、難所の終盤では指揮者のアッチェレランドに必死で食らいついていました。そして迎えた第4楽章では涙涙かと思いましたが、ここは聖響さんの若さでしょうか、弦楽の流れにややもたつきが見られ、感動の名演とまでは行きませんでした。しかし曲が曲だけに途中ポロポロと熱いものが。ラストの「死に絶えるような弦の音に合わせ、照明がじょじょに落とされ、曲の終了とともに会場を闇と沈黙が支配しました。この沈黙(といっても物音は聞こえていましたが・・・)は30秒ほど続き、やがて我慢の限界になった客の一人がパラパラと拍手を始め、やがて大きな喝采へと変わりました。

神奈川フィルは、この難曲・大曲において予想よりもずっとまとまった、かつエモーショナルな演奏を聞かせてくれました。弦楽は、都響のような薫り高く、艶やかで、かつコシの強い音色(そう、一流の中華麺のような!!)ではありませんし、大編成の割りにあまり鳴っていませんでした。しかし聖響さんの解釈と同様、曲に対する真摯な姿勢には好感を持てました。特にチェロセクションは生々しい歌が見事。管楽器も安定した技量ですが、下支えとなるべきトロンボーンセクションが非力で、やや逆ピラミッドバランスとなっていたのは残念。そんな中ホルンは音色・技巧ともに素晴らしく、当夜一番の活躍ぶりでした。

私が初めてこの9番を聴いた時、全くわけが分かりませんでした。「何なんだこれは!?これは果たして音楽なのか」と。その後も恐ろしい程深遠で、威容を誇る曲だとは思いつつも、曲の真価を理解できずにいました。しかし実演を味わった今、僅かながらこの曲に潜むマーラーの思いに触れられた気がします。第8番や「大地の歌」でマーラーが繰り返し用いてきた、Ewig(永遠に)の音型による主題、自身の作品からの引用・・・否が応でも「辞世の句」という言葉を想起させます。生への渇望と死への畏怖のあまり、交錯し引き裂かれる感情はやがて第4楽章で浄化され、天へと昇華してゆきます。
マーラーにとっても、この作品は特別なものだったのではないでしょうか。第8番までが俗世のあらゆる要素を語る作品群だとすれば、第10番は地獄が手を差し伸べているような、寒々とした風景を連想させます。形式的にも、不協和音の多用など、20世紀音楽の始まりといえるでしょう。第9番はこの2つをつなぐ橋のような存在であり、マーラーが永遠の沈黙へと体をうずめていった過程なのだ、というのが私の現在の見解であります。

マーラーはロマン派音楽に終止符を打ったわけですが、それはまさにこの第9番によるものではないでしょうか。
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2011年8月4日(木) 18:30開場 19:00開演 @東京オペラシティ コンサートホール

Nomura Presents PMFチャリティコンサート

管弦楽:PMFオーケストラ
クラリネット:スティーヴン・ウィリアムソン
指揮:ファビオ・ルイジ

モーツァルト:クラリネット協奏曲
ヴァーグナー:楽劇「トリスタンとイゾルデ」より前奏曲と愛の死

---休憩(20分)---

ブラームス:交響曲第2番


まず総論から言って、前日よりはしっかりとした演奏となっていました。

一曲目のモーツァルトは、ウィリアムソン(MET首席・11-12シーズンよりシカゴ響首席)の輝かしく明るい音色が際立ちます。伴奏のオケは清楚を保ち、可もなく不可もなくといったところ。

二曲目は、ヴァーグナーの超有名曲。恥ずかしながら、私はまだ「トリスタン」を全編通して観たことがありません(「ローエングリン」「タンホイザー」あたりの比較的入りやすい作品ならありますが)。しかし、この「前奏曲と愛の死」はいつ聴いても鳥肌が立ちますね。

そして、当夜一番の聴き物もこの曲だったと思います。勿論完璧には程遠いものの、ルイジの優れたリードもあって、曲に込められた官能性をなかなか良く描き出していたと思います。ほんの一瞬、完璧に調和のとれた荘厳な響きを聴くことができたのは大変うれしかったです。ただ、その直後管弦楽の咆哮が過ぎる場面があり、そこは昨夜のように野放図に鳴りまくっていましたが。
なお、この曲でのティンパニは日本人の方でしたが、あまり目立つ場面がないので残念でしたね。

ルイジの根幹を形成しているのは、やはりオペラ指揮者としての感性なのではないかと思いました。流石、ドレスデン→チューリッヒと、ヨーロッパの超名門歌劇場のGMDを歴任するだけのことはあります。

そして、休憩後のブラームス。
こちらは、ルイジのラテン的な情熱とゲルマン的な構築感が合わさった解釈も功を奏し、なかなかの熱演となりました。オケは、管楽器はやはりぎこちないものの(フルートとオーボエは良かった!)、弦楽器は艶やかな音色を体現。特にこの曲で重要な役割を果たすチェロ・セクションは大健闘だったと思います。
ただ、演奏の出来不出来とは別に、ルイジの解釈で私には一点納得いかない点が。第4楽章を中庸のテンポで進め、折角じっくりと高揚していたのに、彼は最後も最後のコーダになって、思いっきりギアを踏み込んだのです。私には生理的に無理な解釈(ただの乱痴騒ぎに成り下がってしまうと思うのです)でして・・・諸賢の意見を拝聴したいところです。

これで今年のPMFは千秋楽ということもあり、舞台上はヒューヒュー凄い熱狂ぶり。
ルイジを称えるドンドンという足音も絶えません。また、客席の反応も同様で、ルイジにはソロ・カーテンコールが一度送られました。きっとアカデミー生にとっては新鮮な体験となったことでしょう。来年は原発の影響が軽減して、より良い演奏を聴かせてくれることを真摯に望みます。

なお、今回の席は3階のステージの左で、オケが半分しか見えない(!)上、乗り出さなければ指揮者も見えない席でしたので(安いからなぁ・・・)足を90°ひねって頑張って眺めていました。そのせいでしょうか、演奏会中に足が酷く攣ってしまいました。トリスタンの再弱音が天に昇っていき、余韻を味わっていたところで姿勢を戻そうとしたら、「あら!!」となってしまい、あたふたして余韻もぶち壊れてしまいました。今度から足の攣らないような席を選びたいと思います。

ではでは。
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2011年8月3日(水) 18:30開場 19:00開演 @サントリーホール 大ホール

PMFオーケストラ演奏会 ~ルイジのマーラー「巨人」~

管弦楽:PMFオーケストラ PMFファカルティ
バリトン:トーマス・ハンプソン
指揮:ファビオ・ルイジ
コンサートマスター:デイヴィッド・チェン(「巨人」)

マーラー:リュッケルトの詩による歌
マーラー:亡き子をしのぶ歌
(演奏順変更)

---休憩(20分)---

マーラー:交響曲第1番「巨人」


PMFは今年が初めてで、ちょっと不安でした(アンサンブルがガタガタなどと噂されていましたので)。
結果から言って、予想していたほど悪くなかったと思います。
勿論、プロオーケストラと比べてはいけませんが・・・。

それにしても、前半と後半でえらい違いましたね。
私はハンプソン目当てだったので不満は特にありませんでしたが。

S席9000円と、決して安くはないのに客席は9割方埋まっていました。皆さんもハンプソンとルイジ目当てかな?

マーラーの交響曲は偉大ですが、今回前プロに据えられた歌曲も素晴らしい作品群です。
「亡き子」「さすらう若人」(第2曲は歌ったことがあります)「角笛」(「大地の歌」も入れていいでしょうか?)にはいつ聴いても心を震わせられますし、「リュッケルト」はマーラーで一番好きな歌曲です。近いうち、「嘆きの歌」も是非耳にしたいと思っているのですが・・・今度アルミンクと新日本フィルがやりますっけ?

ハンプソンは、もっぱらバーンスタインとの一連の録音等を聴いていましたので、輝かしい声を持つバリトンなのだろうと予想していたのですが、予想よりずっと彫が深く、陰影に富んだ歌声でした。(もっとも、P席なので正しい判断ができているかは甚だ怪しいのですが・・・)特に、「真夜中に」「私はこの世に捨てられ」での、滋味豊かな歌唱では思わず落涙しそうになりました。

一方のオケは、アカデミー生のみによる演奏。正直満足できるレヴェルではなく、管楽器を中心に固く、やや精彩を欠いた演奏。ハンプソンの歌唱を引っ張りかけた個所もありました。しかし、ルイジが必死にオケをリードしようとし、またオケもそれに応えようとしていたのは確かです。マーラーの達観した世界観を描写するには、きっと音楽家として・人間として熟成が必要なのでしょう。「真夜中で」のクライマックスで、金管打楽器がソロを高らかに賛美する箇所の美しいバランスは素晴らしかったですし、アンサンブルも曲が進むにつれて徐々に改善されていきましたので、結果的にはまずまずといったところでしょうか。

休憩後の「巨人」では、ファカルティのメンバーが参加。コンマスはMETのデイヴィッド・チャン。ホルンのトップはピッツバーグ響の首席ウィリアム・カバレロ。このカバレロ氏、恐ろしく巧い。最強音から殆ど聴こえないような最弱音まで難なくこなし、そして切り替えは瞬時。2楽章のトリオから主部へ移る際のソロは、ルイジの要求があったのでしょう、ダイナミックレンジの広さを存分に活かしたプレイを披露してくれました。
なるべく多くのアカデミー生が参加できるようとのことでしょう、オーケストラはかなり拡大されます。これは音響的に、些か飽和気味だったのではないでしょうか。
第1楽章の冒頭、弦はまずまずのフラジョレットですが、木管の音程が良くなく、クラリネットのソロによる4度動機もちょっと雑。ちょっと不安になります。ただそれもチェロが雄弁に歌いだしたあたりからは次第に安定。フィナーレはカバレロ氏率いるホルンセクションの咆哮・おどろおどろしいトリルも存分に響き渡り、充実の終結。
第2楽章はアバドやドゥダメルらと同じ、低弦をはっきり刻ませた後に徐々に早めてリズムに乗せる手法。この楽章は木管のベルアップやらホルンのゲシュトプフやらと、ステージ上が忙しいですが、なかなか見事に決まっていたと思います。中間部では、ルイジはレントラーのリズムをギリギリまで崩して、感応的に響かせました。楽章最後はシンバルあり。
第3楽章、やはり緩急の幅を激しくとった解釈。ちんどん屋の箇所は突っ走り、葬送行進曲は中庸のテンポ。ハープに導かれたトリオのヴァイオリンは、この世のものとは思えない美しさ。まさにマーラーという世界を体現していたのは見事でした。
フィナーレ、ルイジはとにかく煽る煽る。バランス重視ではないですね。金管は最後までキレのあるサウンドをとどろかせましたが、大詰め箇所でトランペットがヘタってしまったのは悔やまれます。
コーダではオーケストラは加速に加速を重ね、白熱の大団円となりました。

う~む、演奏終了直後の興奮は稀有のものがあり、これは凄い演奏だと思いましたが、今冷静になって思い返してみると、やはりアンサンブルという点では怪しい箇所が少なくなかったですね。
ただルイジの曲の解釈自体が、先述したとおり緩急の幅の激しいものですから、その指導のもとプレイしたオーケストラがこういうことになったのはある意味致し方ないのかもしれません。
前半の不安げな演奏に比べれば、ファカルティの助力もあって(しつこいようですが、特にホルンは!!)よっぽど覇気のある演奏となっていました。

まあ、このプログラム自体が今回で3回目ということで(うち一回は野外コンサート)、あまり演奏が練れていないのかもしれません。そういう意味では、本日4日のブラームス他は、大阪公演を経験していますので、より高いレヴェルの演奏が望める可能性がありますね。期待したいと思います。

それでは。
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