2013年3月23日(土) 17時30分開場 18時00分開演 @サントリーホール

東京交響楽団 第608回定期演奏会 ≪東響コーラス創立25周年記念④≫

ブラームス:悲劇的序曲

---休憩(20分)---

マーラー:カンタータ「嘆きの歌」(初稿版)


合唱:東響コーラス
合唱指揮:時任康文
ソプラノ:小林沙羅、星川美保子
メゾ・ソプラノ:小川明子、富岡明子
テノール:青柳素晴
バリトン:甲斐栄次郎
管弦楽:東京交響楽団
コンサートミストレス:大谷康子
指揮:秋山和慶

なかなか聴けない、若きマーラーの意欲作「嘆きの歌」。実演は初めてです。
インバル/都響、アルミンク/新日本フィル、そして今回と、今年度は実に3回もプログラミングされているのですね。
アルプス交響曲、ドイツ・レクイエムなど、なかなか演奏されない作品が同じタイミングに演奏されることはたまにありますが、この「嘆きの歌」もそれに入るでしょう。

さて、当夜の秋山/東京響ですが、1998年に「嘆きの歌」の初稿版を日本初演した組み合わせなのですね。ケント・ナガノによる世界初演が1997年のはずですから、すぐに上演したということでしょう。

まずは前半に「悲劇的序曲」。ブラームスの演奏会用序曲はこの曲と「大学祝典序曲」の2曲ですが、この対極ともいえる2つの作品は、同時期に生まれました。祝典的な作品を書いたからには、悲劇的な作品を書きたいという発想に至るあたり、実にブラームスらしいと思います。
演奏はブラームスの気概を率直に伝えるような好演で、芯のある響きで全体を引き締めるティンパニや、ザクザクとした弦楽の刻みが魅力的でした。この時点で一発ブラヴォーあり。

そして後半、目当ての「嘆きの歌」です。原典版は、初演者のナガノと、シノーポリの日本ライヴを聴いたことがあるだけです。(インバルが録音していないのは痛恨の極み!)最近出たブーレーズのザルツブルク・ライヴは改定稿でした。
それにしてもかなりの大編成。大人数の合唱がP席を埋め尽くします。そして6人の独唱者、大きめの舞台裏オケ。
第1部は正直冗長に過ぎます。(演奏でなく、曲の問題)合唱が入る箇所など、「おっ」と思う場面はあるもの、同じような旋律が同じような雰囲気で流れていくだけのような気がします。秋山氏はしっかりと手綱を握っていましたから、これはもうどうしようもないでしょう。
第2部・第3部は、第1部での弟殺しを前提に進められます。このことから、「第1部がないと聴衆はいきなり楽師が出てきて困惑するだろう」という意見があって原典版がbetterとされるのかもしれませんが、プログラムに書けば済む話ですから、あまり必要があるとも思えません。
続く第2部・第3部からは音楽に生気が増してきます。プログラムにもありましたが、第3部で、楽師の笛により弟殺しが発覚し、のっぴきならぬ雰囲気になってからも相変わらず舞台裏の別働隊が能天気な音楽を奏でているのはかなり不気味です。殺人が起こっている横でカップルがイチャイチャしているような。。。最後の終結は劇的ですばらしい。

秋山氏の指揮は久しぶりに見ましたが、意外にも躍動的。それでいて無駄な動きはなく、的確にオーケストラのベクトルをコントロールする様は流石ヴェテランといったところでしょう。特に後半の第3部ではバンダ、声楽、管弦楽が盛大に入り乱れますが、全てに的確なキューを与え、なおかつ流れよく進めていく手腕には舌を巻きました。

東京響は聴きたいと思っているのに、なかなかスケジュールが合わないので、今回はスダーンが指揮した「淨夜」以来の機会となりました。いやはや、巷の評判通り、素晴らしく充実した響き。
最近私のスタンダードとなっている都響のサウンドは―主にインバルで聴く時ですが―響きの密度が非常に高く、ギュッと内部に凝縮していくような個性をもっていると思います。録音で聴く限りですが、海外オケではロンドン響やベルリン・フィルに近いような気がします。
一方の東京響は、やや淡彩なサウンドというイメージです。各パートの個性はそれほど感じませんでしたが、オーケストラ全体のバランスが非常に安定していて、なおかつ細部まで見通せる透明度のある響きに好感をもちました。トゥッティで炸裂しても余裕のあるサウンドには、それだけで快感を覚えます。海外オケに例えるとフィラデルフィア管が筆頭に想起されました。

さて、4月からはいよいよ受験学年。
しばらくマーラーともお別れです。