たくさん聴かな、あかんやん。

都内在住私大生。自分の心に正直に書きます。

February 2015

2015/2/17
ホクレン クラシック スペシャル 2015 札幌交響楽団東京公演
@サントリーホール

シベリウス:交響曲第5番
シベリウス:交響曲第6番
シベリウス:交響曲第7番
~アンコール~
シベリウス:アンダンテ・フェスティーヴォ
管弦楽:札幌交響楽団
コンサートマスター:大平まゆみ
指揮:尾高忠明

格別だった。

どこを取っても「シベリウス」としか言えないくらい、シベリウスという作曲家を味わわせてくれたかけがえのないひととき。あそこでホルンが外したとか細かいことはどうでもいいので、演奏の深い余韻にただ浸っていたい。今年のベストに入るかも。
はじめて聴く札響は、伸びやかな管・独特のメランコリーを帯びた弦を持つ、溜め息が出るほど素晴らしいオケ。5番では若干エンジンがかかり切っていない感じだったが、ストリングスへの要求の多い6番・7番で、札響の弦は決してメカニカルにならない温かみのある合奏を存分に聴かせてくれた。この手触りの感覚は在京オケにはない(というより、求め得ない)味だが、ちょっと東響に近いかも。考えてみればキタラ、ミューザと「名ホール」という共通項で括れる両者。やはりホールは楽団を育てる。
指揮の尾高さんはすっかりシベリウスが身体の中に染み込んでいるようで、3曲とも滑らかで美しい動きで指揮していた。楷書体の音楽から時折激情が溢れ出す瞬間、オケが分厚く、骨太に轟く。大平コンマスは頻繁に他のセクションを見ているし、オケ全体が互いを聴き合う合奏で音楽を作っている。指揮者が過度に動かないのは、長年の共同作業の成果だろう。
アンコールのアンダンテ・フェスティーヴォは札響の弦の美しさをこれでもかと見せ付けるナイスな選曲で、あまりの神々しさに恍惚として聴くばかり。演奏終了後は、音楽監督として最後の東京公演を振り終えた尾高さんが楽団員の熱烈な賞賛を受けた。(その一方で賞賛のアクションを一切取らない方々が少なからずいて、異様な光景に少々面食らったのは秘密・・・オーケストラも色々大変ですね)

なおTwitterでも散々叩かれていましたが、第7番の演奏終了直後に「よっしゃー!」というフライング奇声(?)が。演奏に感動したのかエア指揮のタイミングがバッチリあったのか分かりませんが、こういう輩は座席から本人特定して業界全体で出禁にしてもらいたいものです。公害。

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2015/2/16
第44回サントリー音楽賞受賞記念コンサート 藤村実穂子
@サントリーホール

J. S. バッハ:カンタータ第170番「満ちたれる安らい」 第1曲:アリア
シューベルト:魔王(オーケストラ伴奏版)
ベートーヴェン: 祝典劇「献堂式」序曲
ヴァーグナー:ヴェーゼンドンクの詩による5つの歌曲
チャイコフスキー:歌劇「オルレアンの少女(ジャンヌ・ダルク)」より 「神が望んでいる!・・・森よ、さようなら」
サン=サーンス:歌劇「サムソンとデリラ」より 「あなたの声に私の心は開く」
ヴァーグナー:楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕への前奏曲
ヴァーグナー:楽劇「ヴァルキューレ」より 第2幕第1場
~アンコール~
ビゼー:歌劇「カルメン」より 「ジプシーの歌」

メゾ・ソプラノ:藤村実穂子
管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:崔文洙
指揮:クリストフ・ウルリヒ・マイヤー

当代最高のメゾと呼ばれて久しい藤村さんのサントリー音楽賞記念コンサート。事実上、彼女のためのオーケストラ付きリサイタルであろう。前半は歌曲選、後半がオペラ選という構成で、藤村さんの魅力をたっぷりと味わうことができた贅沢な公演だった。
前半ではやはり「ヴェーゼンドンク」に最も感銘を受けた。ベルリン・フィルの定期デビューでも披露したオハコだと思うが、ドイツ語の明晰さは極限に達しており、(これは全プロ通じて言えることだが)フレージングも隅々まで考え抜かれている。文節や意味の切れ目の絶妙のタイミングでブレスを取っているので、音楽と詩が決して乖離せず聴き手に届くのだ。ドイツ語圏で最高級の評価を受けている所以だろう。第2曲での消え入るような超弱音でも全くブレない芯のある声、第4曲での悲痛な最強音、いずれも超一級品。マイヤー指揮新日本フィルもこの曲では陰翳に富んだ柔らかな響きで手堅くサポート。シューベルトの「魔王」では抜かりなくキャラクタライズが成され、切迫感の中にBlumen, tanzen, といった魔王の誘いの中の言葉が浮かび上がってくる。終結の低音も絶望的に決まった。
後半のチャイコフスキーとサン=サーンスはフランス語、ヴァーグナーは当然ドイツ語。フランス語歌唱の時は幾分響きが軽くなったように感じたが、これは意識的に歌い分けているのだろうか。メロディアスながら凛としたチャイコフスキー、"Je t'aime!"でB-flatというソプラノの音域を鮮やかに決めたサムソンのいずれも素晴らしかったが、「ヴァルキューレ」2幕のフリッカ、これはもう彼女の独壇場と言って良いほどの高みに達していると思う。ヴォータンを言葉を尽くして責め立てるわけだが、彼女ほど肝っ玉が据わったフリッカを聴かせられるとこちらは平伏すしかない。圧巻。アンコールのカルメンはガラッと雰囲気を変えて・・・とまでは行かず、どことなく気品のあるジプシーだった。音楽的には勿論完璧なのだけど、彼女はシリアスな役柄の方が個人的には好き。
新日本フィルは特に「ヴァルキューレ」で弦の薄さが露呈した感がある。またマイヤーの指揮は非常にそつがない。経験豊富なだけあって押さえるポイントは押さえてあるのだが、どこかその背中からは「お仕事」的な覚めた表情が感じられてしまった。「献堂式」と「マイスタージンガー」の何ともいえない物足りなさの原因はオケの薄さだけではなさそう。

今回のプログラムノートで触れられているし、各所で同じ内容の話を聞く機会があるけれども、藤村さんは修験者と言っていいほど禁欲的な音楽家。どこかで目にした「各国を飛び回るが、見るものは空港だけ」という言葉が強く印象に残っている。彼女の求道的な生き方が音楽的昇華に繋がる唯一の道だとはまさか思わないけれども、その流儀を貫いてこられた藤村さんが今これだけの高みに達しているのは紛れもない事実。その強靭な精神の前では、自分のような不徳な人間はただ頭を垂れるしかない。藤村さんは、これからも果てのない高峰を淡々と登っていかれるのだろう。

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2015/2/15
東京フィルハーモニー交響楽団 第858回オーチャード定期シリーズ
@Bunkamuraオーチャードホール

モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番
~アンコール~
シューベルト:3つの軍隊行進曲より 第1番
マーラー:交響曲第5番

ピアノ:菊池洋子
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:荒井英治
指揮:ダン・エッティンガー

エッティンガーの東フィル常任指揮者としての最後の公演。ある方のご厚意で公開GPからたっぷりと聴かせて頂きました。ありがとうございました。
このゲネが強烈で、何と協奏曲含め全プログラムをまるまる演奏。しかも途中で止めて修正もしつつだったので、終了予定の12:30を大幅にオーバーして13:10に。この時点で14時開演の読響は諦めた。協奏曲では無難に音楽の形を整えてソリストに任せる指揮者もいるが、エッティンガーは妥協なくしっかりと表現を突き詰めていた。

本番は15時から。モーツァルトのK.466は彼の協奏曲の中でも一番好きな作品。これがてっきり初めての実演で、やっと・・・!と思っていたら、実は昨年都響の肖像シリーズでも聴いていた。「皇帝ティートの慈悲」序曲からの調性的な繋ぎが即興で挿入されたから、印象が薄くなっていたのだろうか(汗)
菊池さんのピアノは決して停滞せず、かつ正確を期すあまり固くなったりもせず、コロコロといとも簡単に失われてしまいそうな微細なニュアンスを全曲に渡って保ち続ける。最良のモーツァルト演奏だった。エッティンガーはピタリと寄り添い、且つディナーミクを大きく取り劇的に表現。冒頭の弦など殆ど聴こえない程度に落とす一方で、ティンパニやホルンなどはかなり激しく鳴らしていた。アンコールは何とエッティンガーと菊池さんの連弾で、途中で高音部と低音部が入れ替わるという遊びも。かなりお二人とも親密な様子で、ちょっと妬いてしまった(笑)

マーラーの中期の傑作・交響曲第5番は近年でいうとインバル/都響の驚異的完成度の演奏が鮮烈に思い返されるが、エッティンガーは同じユダヤ人でもインバルとはかなり芸風が異なる。(GP前のプレトークでも語っていたが)彼はやはりオペラ畑の人間で、シンフォニーの演奏においても基本的姿勢は変わりない。第2楽章後半のコラールで大胆なリタルダンドを施したり、第4楽章を止まるのではないかというようなスローテンポで演奏したり。即興的な棒の動きも少なくなく、東フィルは必死につけていた。ただGPと本番で大曲を一日に2回通したのは正直キツかったようで、第3楽章のある時点から徐々に疲れが見て取れたように思う。精巧に作られたフーガ楽章である5楽章においては、エッティンガーのやや強引な音楽作りは響きの透明感という点でマイナスに働いたようだったけれど、その他の楽章の説得力は独特で、音圧もかなりのものがあった。
先ほどインバルとはかなり異なると書いたけれども、強調したいフレーズなど共通する点も少なくなかった。多分、作為的なものというよりは民族的なイドによる繋がりではないか。(あまり、こういう言い方はしたくないけれど)

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2015/2/14
神奈川フィルハーモニー管弦楽団 音楽堂シリーズ 第3回定期演奏会
@神奈川県立音楽堂

リゲティ:歌劇「ル・グラン・マカーブル(大いなる死)」より ゲポポのアリア(マカーブルの秘密)
ハイドン:チェロ協奏曲第1番
~ソリスト・アンコール~
J. S. バッハ:無伴奏チェロ組曲第1番より プレリュード
ハイドン:交響曲第60番「うかつ者」

ソプラノ:半田美和子
チェロ:門脇大樹
管弦楽:神奈川フィルハーモニー管弦楽団
コンサートマスター:石田泰尚
指揮:川瀬賢太郎

正直に言うと、リゲティの「マカーブルの秘密」聴きたさ(観たさ?)でチケットを取った演奏会だったのだが、他の曲も実に素晴らしく充実していた。神奈フィルの演奏会は、終わった後本当に充たされた気分で帰れるから大好き!
リゲティによる”オペラを破壊するような”オペラ「グラン・マカーブル」から、第2幕で秘密警察ゲポポが歌う謎の暗号のアリアを抜粋した「マカーブルの秘密」。バーバラ・ハンニガンとサイモン・ラトルがヨーロッパ各地で度々上演しているが、日本では殆ど演奏される機会がないと思う。神奈フィルあっぱれ!これを機会に次々と上演が実現してほしい。
ステージ上にはマンドリン、多数の打楽器を交えた小管弦楽(弦は各一本ずつ)が並び、下手から現れて歩きながら演じるソプラノと次々に掛け合いが繰り広げられる。途中新聞紙をビリビリと破いたり、one, two, three...とオケメンバーが起立していったり、凄まじい高音を隣で響かせるソリストに指揮者が「うるさいんだよ!」と怒鳴って逆にビンタを食らい、素直に謝罪したり(笑)と、全編見所・聴き所。こればっかりは録音だと面白さが半減してしまうだろう。コロラトゥーラの超絶技巧も散りばめられたこの難曲の録音も残す半田さんは役にどっぷりと入り込んだ素晴らしい歌唱。先述した演技も含め、唐突な変拍子が続く音楽を見事に処理した川瀬さん/神奈フィルも見事だった。そもそも、「ハイドンの前にマカーブルをやろう!」というアイディアが通っている時点で川瀬さんと神奈フィルの関係の磐石さが想像できる。
舞台転換の後、首席チェロ奏者の門脇さんのソロによるハイドンの協奏曲。門脇さんのまろやかで上品なサウンドを最大限に引き立てるべく、バックのオケが本当に心を込めて伴奏しているのがよく伝わってきた。バロックの典型のようなこの協奏曲において、そこに流れた上質なひとときは抗し難い魅力があった。アンコールのバッハも心にすうっと染み入ってきた。休憩中にどなたかが「バッハは何でも受け入れる懐の深さがある」と仰っていた(ような気がする)が、まさしくその通りだと思う。ジーンと来た。
休憩を挟んだ交響曲第60番「うかつ者」は同じハイドンでも全く違った作品。2曲並べて聴いたことで、ハイドンの芸風の広さと先駆性、そしてなによりユーモアのセンスの素晴らしさを痛感した。劇付随音楽を交響曲の形にまとめたということで、異例の全6楽章構成。(マーラー3番のように長くはありませんが!)2楽章では優雅な旋律に突如ファンファーレが乱入するなど、マーラー「巨人」の3楽章のような大胆なことを既にハイドンがやっていたことに驚愕。(←ハイドンだけに)
4楽章での弦楽による疾風怒濤の音楽はこの時代の交響曲としてはあまりに激しく、なるほど元々が劇付随音楽なのだな、と思わせる。そして終楽章始まってすぐに爆笑の仕掛けが・・・(笑)詳しくは書きませんので、興味のある方は是非音源を聴いてみて下さい。一つだけ、石田コンマス、リアルすぎて本当に怖いです(苦笑)

若々しい弾力性と、整然と楽曲をまとめあげる術を併せ持つ川瀬さん。神奈フィルとのコラボレーションがますます深まっているようで本当に嬉しいです。来週の定期も楽しみ!小ロシア!

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2015/2/13
NHK交響楽団 第1803回定期公演 Cプログラム
@NHKホール

シベリウス:ヴァイオリン協奏曲
~ソリスト・アンコール~
シベリウス:水滴
ショスタコーヴィチ:交響曲第5番

ヴァイオリン:庄司紗矢香
管弦楽:NHK交響楽団
コンサートマスター:堀正文
指揮:パーヴォ・ヤルヴィ

パーヴォさん月間第2弾は高緯度の国々の作曲家のプログラム。底冷えするこの季節にぴったりの組み合わせ(笑)
前半シベリウスは、庄司さんのサウンドが曲の個性とピタリと合致。磨き抜かれた音で淀みなく歌を紡いでいくのだけれど、どんなに激しても理性的に制御されているというか。目の前で演奏している庄司さんは間違いなく主観的存在であるはずなのに、演奏自体からは客観的なメッセージを強く感じる。こういう特異な印象を受けるヴァイオリニストは、自分の知る限り庄司さん以外にいない。しかも、その印象は年々強くなっている。
パーヴォも理性的に音楽をコントロールする術に長けた指揮者なので、息の合う両者のコラボレーションはとても高次元。ただ、全体的にパーヴォが音楽を繊細に整えすぎた感があり、超弱音はほとんど聴き取れない程だった。庄司さんは音量も充分にあるソリストなので(インバル/都響とバルトークの2番を共演した時オケが鳴りまくっていて心配したが、音量的な問題はなかった!)、もう少しダイナミックにトゥッティを決めてほしかった。それでも終楽章では内に秘めたる熱情が溢れるといった趣で、素晴らしい終結だったと思う。庄司さんはアンコールで同じシベリウスの「水滴」を奏でたが、「弾(ひ)いた」ではなく「弾(はじ)いた」というのが正確(笑)全編ピツィカートで素敵な小品を届けてくれた。前述のバルトークの時はハンガリーで採集した民謡だったし、チャイコフスキーの後はロシアの映画音楽を披露してくれた。彼女のアンコール・ピースの選曲センスは類稀である。いつか小品集を出してほしい・・・。
後半のショスタコーヴィチは、「ロシアの指揮芸術の伝統を認識し、自らの個性を上書きする」パーヴォの心意気をひしひしと感じる演奏だった。ショスタコーヴィチその人、ムラヴィンスキー、ザンデルリング、テミルカーノフ、そして父ヤルヴィ・・・彼らの存在を身近に体験してきただろうパーヴォにしか出来ない素晴らしいショスタコ5番。基調テンポは遅めで、加速は大胆かつ確信犯的。2楽章以降俄然オケのエンジンがかかり、冒頭の低弦の食いつきはかなり重厚だった先日の広上/読響を上回る驚異的な鋭さ。いびつなリズムをこれでもかと強調し、怒れる権力者の風刺というブラックユーモアをはっきりと感じさせてくれた。堀さんのソロはちょっと残念・・・。ラルゴこそはパーヴォの繊細な音作りが最高に活きた楽章。ObとFlのソロの間などが顕著だったが、時折演奏が止まってしまうのではというような遅いテンポを取り、激することなくゆっくりと頂点に向かって歩みを進めていく。あたかも悲嘆にくれる葬列のように。卓越したN響の弦楽だからこそ徹底できたことだと思う。終楽章は葬列の流れを引きずってか、遅いテンポで始まるが、やがて局所局所でギアチェンジしてオーケストラの性能が全開になった。コーダに達すると冒頭以上のスローテンポで、これでもかと「カルメン」ハバネラの旋律とA音を連呼しながら崩壊へと突き進んでいった。ティンパニとバス・ドラムの強打は更にスローダウンしていたのではないか。パーヴォはA音を繰り返す1stVnに向かって「もっと!もっと!」というようなアクションをしており、それに応える弦楽セクションの渾身の全弓は視覚的にも物凄いものがあった。

ショスタコの終楽章コーダで金管のパワーがもう一段階上がってくれれば本当に言うことはなかったが、あの極遅テンポでは普通に演奏するだけでも相当にキツイはず。金管のベストメンバーは恐らく「巨人」の回だったし、今回も充分素晴らしいプレイだった。やはり指揮者が楽団に与える影響というのは絶大だ。来週は「英雄の生涯」。パーヴォはシュトラウスをどう料理するのだろうか。

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2015/2/11
東京都交響楽団 都響・調布シリーズ No.16
@調布市グリーンホール

ドヴォルジャーク:チェロ協奏曲
ドヴォルジャーク:交響曲第9番「新世界より」
~アンコール~
ドヴォルジャーク:スラヴ舞曲第10番

チェロ:遠藤真理
管弦楽:東京都交響楽団
コンサートマスター:山本友重
指揮:レオシュ・スワロフスキー

都響が恒例で行っている調布シリーズでドヴォルジャーク特集。今回グリーンホールに初めて赴いたが、都心からそう離れていないのに何だか懐かしい公民館のような雰囲気。エントランスが狭くて人の流れが止まってしまったり、もぎりの方があたふたしているのはご愛嬌(笑)ホールの音響も文化会館以上にデッドだった。
一曲目はチェロ協奏曲。ドヴォコンは今年に入ってからすでに2回目の実演だし、チェロ協奏曲全体で見るともう何度目か分からないほど聴いている。今年はチェロ当たり年なのか?(なんだそれ)遠藤真理さんは白いドレスに身を包み、たおやかな身のこなし。出てくるサウンドは凛として美しい。男はこういうのに弱いのである。オケはかなり抑え目だったがトゥッティではよく鳴らし、終結の追い込みなど聴き応えがあった。
ちなみに前半の2階席後方は暖房の気流の関係か、蒸し風呂のように暑かった。後半は改善されていたのでホッとしたのだが、協奏曲の2楽章の記憶が怪しい・・・。
休憩後は「新世界より」。今月だけでもプラハ・フィル、読響など色々なオケが演奏するこの曲だが、都響のスワロフスキーは自家薬籠のレパートリーだけに暗譜で指揮した。彼の指揮を聴くのはサントリーで聴いたコンサートオペラの「売られた花嫁」以来だが、体のバネが曲の動きとよくマッチしていて、見ていてもストレスがない。それでいてスパイス程度にローカル色が感じられるのが魅力である。都響も弾きやすかったのではないか。楽章を追うごとに弦は凄みを増していき、4楽章の最強奏では金管はベタ吹き気味で豪快なクライマックスを築いた。ティンパニの打音の処理の甘さが目立ったのは残念だったが、どんな公演でも手を抜かない都響の真面目さを感じられた演奏会だった。
アンコールのスラヴ舞曲はこの曲にしては推進力があり、テンポも速め。これはこれでありかと思うが、個人的にはもちっとゆったりしたほうが好み。

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2015/2/8

NHK交響楽団 第1802回定期公演 Aプログラム

@NHKホール

エルガー:チェロ協奏曲

~ソリスト・アンコール~

J. S. バッハ:無伴奏チェロ組曲第3番より サラバンド

マーラー:交響曲第1番「巨人」

 

チェロ:アリサ・ワイラースタイン
管弦楽:NHK交響楽団
コンサートマスター:ヴェスコ・エシュケナージ(ロイヤル・コンセルトヘボウ管)
指揮:パーヴォ・ヤルヴィ 

  

N響新時代への凱歌とも言うべき、輝かしい演奏会だった。次期首席指揮者パーヴォ・ヤルヴィが全て指揮を執る2月定期はどれも聴き逃せない力の入ったプログラムだが、まず一発目で度肝を抜いてくれた。パーヴォの凄さは重々認識していたつもりだったが、普段聴き慣れているN響だからこそ、これほどまでひしひしと体感出来ているのかもしれない。これをタイプしている今も、興奮が全く覚めない。

前半は大好きなソリスト、ワイラースタインのエルガー。彼女はベルリン・フィルのヨーロッパコンサートでバレンボイムと共演しているのを聴いて一目惚れして以来ずっと注目してきたが、ようやく実演に接することが出来た。何かが憑依したような空気すら滲ませるデュ・プレとは比べてはいけないが、充分に素晴らしいエルガーだった。彼女のソロはケレン味も貫禄もあるが、音量的には普通。(デッカから出たバレンボイム/SKBとの同曲はオンマイク過ぎ!)絶妙に音価を伸び縮みさせて豊かな歌を聴かせてくれた。今回パーヴォとの共演は彼女にとっても新鮮だったかもしれない。録音とライヴの違いこそあれ、演奏全体の印象が全く違ったからだ。バレンボイム指揮の力強く雄渾なオケに対しては彼女も目一杯のパワーで応えていたが、N響との演奏ではかなりリラックスして弾いているように思えた。

パーヴォはエルガーのチェロ協奏曲において、トゥッティの鳴りではなく沈み込むような弱音の繊細さを重視している。N響の弦楽も室内楽的な響きをつくり、結果としてとてもレンジの広い音楽が生まれる。ソリストからオケへの受け渡しも極めてスムースで、ロマンの塊のようなこの曲が協奏交響曲のようにすら聴こえたのは意外にして、新鮮な体験だった。


後半にはいよいよマーラーの「巨人」。N響ならほぼ破綻なく演奏できる曲かもしれないが、パーヴォはあえてそれを許さぬように次から次へと容赦ない揺さぶりを掛けてオケを試していく。あたかも、「俺は来シーズンからこうやっていくぞ!」という所信表明演説をぶつかのように、力強く明確に。

冒頭から16型の大編成オケとは思えぬ、聴こえるか聴こえないかというような超弱音のフラジオレット。5度のカッコウ動機が霧の中からぽつぽつと現れ、やがて世界が開けていくのだが、パーヴォはこの晴れやかな楽章にすら仕掛ける。巨人動機が現れるまでの森のじめじめとした音楽、ここの情報量が並大抵の演奏とは大違い。湿度の高さだけではなく日が差し込まない薄暗さまで感じさせ、あたかもマーラーの後期作品のような「黒々とした深淵があんぐりと口を開ける」情景を想起させる。かと思えば楽章最後では無鉄砲な若者のように大胆に突き進み、唐突に終止を迎える。マーラーとは世界におけるあらゆる要素を総括した音楽だから、一見相反するような要素が共存するのも当然だ、というパーヴォの主張なのかもしれない。

第2楽章は確信犯的なダサさと野暮ったさに満ちた、素朴な田舎の踊り。中間部のレントラーは自在にテンポが揺れる。冒頭のスローテンポからの加速はアバド、ドゥダメル、ハーディングらがやっている手法だが、パーヴォは彼らよりはっきりとメリハリをつけていた。

第3楽章のごった煮感もまたこの指揮者の個性にうってつけだ。やはり最弱音で始まったティンパニの葬列がコントラバス・ソロ、そしてオーケストラ全体に波及していき、懐かしい幼少時代の記憶やチンドン屋が途中で乱入する。弱音の弦の表情が恐ろしいほど美しく、リアル。

淡い夢を断ち切るかのように始まる第4楽章ではオーケストラがひきつけを起こしたかのように苦しみ、悶え、嘆く。やはりテンポ変化が絶妙で、しかも全く予定調和感がない。つわもの揃いのN響メンバーがあれだけ指揮者を見ることはあまりないから、恐らく本当に即興的な部分もあったのだろう。楽章後半、印象的にハープが強調された箇所ではふと「大地の歌」が脳裏をかすめる。ああ、マーラーは最初から自らの終末を予見していたのかもしれない。無意識の中に彼の人生はスコアの中にこぼれ出てしまっているのだ。それをパーヴォは丹念に拾い集めて我々に伝えてくれている。これだけの紆余曲折を経て迎えるコーダはまさしく歓喜の爆発だったし、ホルンの立奏すら必然のように感じられた。厳然とした重量感は保ちつつも、人間の思想そのものが勝利を猛々しく宣言するような一種の「粗さ」は、巨人交響曲の真の姿であったと信じたい。


N響は恐らく変革を求めてパーヴォ・ヤルヴィという指揮者に未来を託したのだと思うが、それはこのオケにとって途方もない苦難を伴う挑戦になるだろう。技術面ではほぼ90点の水準に達しつつある日本のオーケストラが、100点を目指すにあたって必要なものを与えてくれる指揮者、それがパーヴォ・ヤルヴィだ。一人ひとりの楽員が自発的に音楽を作り、その有機的な連関がオーケストラという形に結実する。欧米のいわゆる「名門オーケストラ」と呼ばれる団体の多くが実践しているその有機的連関は日本のオーケストラがいまだ獲得できていないものの一つだ。指揮者の解釈を実現するための楽器ではないアンサンブル―N響がそれを手に入れた日、このオーケストラは本当に世界に誇る名門となるだろう。「楽器」から「アンサンブル」へと脱皮しようともがいていた今日のN響には、常日頃の完璧さはなかった。だがそれで良いのである。"take a risk"その姿勢を決して捨てなかったという点で、自分はインバル/都響のマーラー演奏よりも今日の演奏をずっと高く評価したい。パーヴォの客演回数はやや不安材料だが、N響の進化が本当に楽しみだ。

 

 

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2015/2/6
読売日本交響楽団 第14回読響メトロポリタン・シリーズ
@東京芸術劇場

ハチャトゥリアン:組曲「仮面舞踏会」より ワルツ
ショスタコ-ヴィチ:ヴァイオリン協奏曲第1番
ショスタコーヴィチ:交響曲第5番
~アンコール~
チャイコフスキー:アンダンテ・カンタービレ

ヴァイオリン:ボリス・ベルキン
管弦楽:読売日本交響楽団
コンサートマスター:小森谷巧
指揮:広上淳一

久々の広上さんでこれまた久々のショスタコ5番。前この曲を聴いたのも読響で、ヴァシリー・シナイスキーの指揮だった。シナイスキー、素晴らしかったのでまた来日しないかなぁ・・・。
最初から余談で失礼。一曲目はフィギュアスケートでもお馴染みの「仮面舞踏会」だが、小手調べ的な演奏ではなく濃い表情付けで広上節&ダンス炸裂。いきなり16型のオケが分厚く揺れ動く。
ここからはショスタコーヴィチ特集。まずはヴァイオリン協奏曲第1番、アクロバティックなプレイと深遠な歌い込みの両方が求められる難曲で、なかなか満足のいく演奏に出会うことがない。(以前ラクリン/インバル/都響という豪華な組み合わせで聴いたが、予想外に鈍重で冴えなかった)今回ソロを弾いたヴェテランのベルキンは、音色は渋くて語り口も味わい深いのだが、如何せん音量に乏しい。オケはソロを考慮してか10・10・8・6・5とかなり絞っていたためバランス的な問題はなかったが、オケとソロがぶつかり合い丁々発止のやり取りを繰り広げるというよりは、歩み寄りすぎて予定調和的に終わってしまったのが残念。広上さん指揮のオケは管楽器の高速パッセージなども全く危なげなくバッチリ。
後半は有名な第5交響曲。率直に言って、広上さんのパレットの豊かさにただただ舌を巻いた。一つの作品に無数の切り口が存在するのがクラシック音楽の素晴らしさの一つだが、広上さんは暗→明という視点でも、体制への皮肉という視点でもなく、様々な切り口を自在に横断して「こんなのもありじゃない?」「こういうのはどう?」と聴衆に参加を求めるような新鮮な音楽作り。尽きせぬアイディア、そしてそれを的確にオーケストラに伝える手腕を持った名匠の真骨頂、といったところか。ここぞというところで大見得を切る弦・感情の昂りと共に変動するテンポからは、愛するリャーリャへの恋文としてのロマンティックな音楽の側面も窺わせたり。終楽章はどっしりと始まったかと思えばすぐにアッチェレランド、怒涛の進撃。コーダは中庸のテンポで締めくくった。
読響は常に指揮者への食い付きが良いが、当夜は特に敏捷な反応を示していた。特に低弦の充実は国内でもこのオケにしか達成できない水準であり、2楽章冒頭の大地を揺るがすような圧倒的な音圧は忘れがたい。なお、1楽章冒頭の一瞬のフライングはご愛嬌(笑)広上さんのタクトが一瞬「ブルッ」と震え、次の瞬間アインザッツとなったのだが、誰かがその「ブルッ」で出てしまったようだ。管楽器も前半に続き素晴らしく、第3楽章の辻さんのObソロには辺りを払うようなオーラがあった。後半のみでトップを務めたかつてのソロ・ホルンの山岸さんの両端楽章でのソロも日本人離れした音だった。舞台上より更に遠くのどこかから響いてくるような音なのだ。ティンパニも客演で、元神奈フィルの藤本さんが痺れるプレイを聴かせてくれた。ヘンヒェンとのショスタコーヴィチ8番のティンパニも彼で、その時はあまり気に入らなかったのだが今回は凄かった。4楽章冒頭などまさに理想的。マレット選択も素晴らしかった。
アンコールの「アンダンテ・カンタービレ」では本プロとは全く違う柔らかな響きを堪能させてくれた。読響の引き出しの広さは驚異的だ。

やっぱり総合的なサウンドだと読響が一番好きだな・・・。

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4/3 第786回B定期

4/8 第787回A定期

《大野和士音楽監督就任記念公演》

 

大野さんと様々な候補を出して話し合った結果、ベートーヴェン→マーラー→シュニトケという音楽的文脈を明らかにするプログラムとした。

定期でベートーヴェン5番を演奏するのは若杉さん以来25年ぶり。16型倍管で演奏しモダンオケならではのベートーヴェンを。

「都響の伝統を軸に前進する」というポリシーを打ち出すため、やはりマーラーを取り上げたい。大野さんの最得意曲であり、ベートーヴェン5番と同じくハ長調で終結する「7番」を。

シュニトケはコンチェルト・グロッソの形をとり、都響のソリスト陣が活躍。チェンバロは鈴木優人さん。シュニトケはマーラーから様式面での影響を受けており、マーラー7番とも「混沌」という共通項がある。第2楽章ではピアノ四重奏が出現し、マーラー若書きのピアノ四重奏曲の断片がある。

 

参考音源

シュニトケ:合奏協奏曲第4番=交響曲第5番

https://www.youtube.com/watch?v=C-2U0kq6z6s

 

4/29 作曲家の肖像「北欧」

 

指揮のアイヴィン・オードランは元ベルゲン・フィルコンマスのノルウェー人。ノルウェー人の指揮で「ペール・ギュント」というのはなかなかない。

作曲家は北欧4カ国から、なかなか単独では取り上げにくかった人を中心に登場。スウェーデン狂詩曲が有名なアルヴェーンの「祝典序曲」はその名のとおり祝祭感にあふれた曲。

「ペール・ギュント」でソロを歌う小林沙羅さんはかねてからこの曲を歌いたかったとのこと。ノルウェー語歌唱。

 

参考音源

アルヴェーン:祝典序曲

https://www.youtube.com/watch?v=2W905GkGF6k

 

5/13 第788回A定期

 

大野さんも推薦するベルトラン・ド・ビリーが客演。デュティユーとブラームスの交響曲第2番の組合せはマエストロからの提案。

デュティユーはかつてフルネ指揮で演奏した曲目で、久しぶりの演奏。「ル・ドゥーブル」=Double の意で、大小2群のオーケストラの対比が美しく、オーケストラが神秘的かつ豊かに鳴る名曲。4月のシュニトケと同じく、鈴木優人さんがオケ内チェンバロを担当する。

 

参考音源

デュティユー:交響曲第2番「ル・ドゥーブル」

https://www.youtube.com/watch?v=S5ygrTCN-Hk

 

5/17 第363回プロムナード

 

定期から引き続きド・ビリーの指揮。定期とは異なりウィーン古典派でまとめたプログラム。サラ・ルヴィオンはエマニュエル・パユ、マチュー・デュフォーも輩出した神戸国際フルートコンクールの覇者で、現在フランクフルト歌劇場の首席奏者。ド・ビリーとも共演済み。

 

5/29 第789回B定期

 

デンマークのトーマス・ダウスゴーがこの演奏会のためだけに来日。2015年はシベリウスのみならずニールセンも生誕150周年。デンマークのマエストロでデンマークの国民的作曲家の作品を。交響曲第3番は雄大な名曲で、ソプラノとバリトンのヴォカリーズが第2楽章で田園的に繰り広げられる。第4楽章のメロディは一度聴いたら忘れられない。

サーリアホのクラリネット協奏曲は、中世のタペストリー「貴婦人と一角獣」(La Dame à la licorne)にインスピレーションを受けて書かれた。タペストリーの枚数と同じく6つの楽章から成り、表題の"D'OM LE VRAI SENS"は「人間の本当の感覚」の意だが、これを日本語訳してしまうとあまり意味がない。

第6楽章の"A mon seul désir"(我が唯一つの望みに)と表題"D'OM LE VRAI SENS"はアナグラムになっているからだ。

 

初演者のカリ・クラークが来日。都響奏者との掛け合いも含めて彼の超絶技巧を味わってほしい。

サーリアホは同時期オペラシティの作曲コンクールの審査員として来日、都響の演奏会も聴きに来るだろう。

 

参考音源

サーリアホ:クラリネット協奏曲"D'OM LE VRAI SENS" より

https://www.youtube.com/watch?v=3bbNE3eUCYU

 

6/7 作曲家の肖像「アメリカ」

 

リットンがガーシュウィンのピアノ協奏曲を弾き振りできる、という所からアイディアが広がりアメリカ特集となった。どの曲もアメリカの音楽シーンを彩った曲。バーンスタインのディヴェルティメントはボストン交響楽団の創立100周年の委嘱作。B(Boston)とC(Century)の二音が効果的に使われる。第8曲は"The BSO Forever"(BSOよ永遠なれ)と題され、文字通りスーザの「星条旗よ永遠なれ」を髣髴とさせるマーチ。都響の珍しいスタンド・プレーに注目。

 

参考音源

バーンスタイン:管弦楽のためのディヴェルティメント

https://www.youtube.com/watch?v=mYuyilY_hxs

 

6/15 第790回B定期

 

引き続きアンドリュー・リットンの指揮。1918年にアメリカに移住したラフマニノフとシェーンベルクは一歳違い。2人は直接の交流はなかったそうだが、共通の友人は肖像シリーズで取り上げたガーシュウィン。全く違う作風ながら、二つ並べてみると共通する時代の空気のようなものが醸し出されるのではないか。シェーンベルクでソリストを務めるウォルフラムはリットンの推薦

 

6/29 第791回A定期

 

カエターニのショスタコーヴィチ「1905年」を軸にしたプログラム。冒頭のブリテン「ロシアの葬送」は、ショスタコーヴィチの第3楽章で引用される革命歌「君は英雄的にたおれた(同志は斃れぬ)」(Вы жертвою пали...)のメロディ。ブリテンはショスタコーヴィチの友人だった。

ヤナーチェクのヴァイオリン協奏曲にも同じメロディが少し出てくるので考えたが、結局不採用。

中プロのタンスマン「フレスコバルディの主題による変奏曲」は、バロック期イタリアの作曲家フレスコバルディによるメロディをモチーフにした作品。ポーランドの作曲家タンスマンの作品はカエターニが多数録音している。

金管+打楽器(ブリテン)→弦楽器(タンスマン)→管弦楽(ショスタコーヴィチ)という構成。

 

参考音源

ブリテン:ロシアの葬送

https://www.youtube.com/watch?v=y8js95aZva8

タンスマン:フレスコバルディの主題による変奏曲

https://www.youtube.com/watch?v=DDiOla1sAT0

 

7/12 第364回プロムナード

 

コンセルトヘボウと秋に来日するグスターボ・ヒメノの本格的な日本デビュー公演。コンセルトヘボウファンは要チェック。

リゲティとベートーヴェンはマエストロからの提案で、リゲティ初期の作品「ルーマニア協奏曲」はバルトークそっくり。スペイン出身のマエストロということで、中プロに朴葵姫(パク・キュヒ)を迎えて「アランフェス協奏曲」。

 

参考音源

リゲティ:ルーマニア協奏曲

https://www.youtube.com/watch?v=6m2iUq9nFAc

 

7/19, 7/20 都響スペシャル

 

ベートーヴェン、ブルックナーなどの大曲が続く小泉さんによる小品集。都響の音楽鑑賞教室を聴いた子供たちに是非足を運んでもらいたい。本格的な演奏会を聴くきっかけになれば。小品集といってもなかなか聴けない懐かしい曲を沢山盛り込んであるし、MCを入れたりすることはせず只管小泉さんが小品を振り続ける(笑)

名曲集のような形で商品化することも検討している。

 

8/2 作曲家の肖像「イギリス」

 

ブリテン、ホルストの定番名曲をイングリッシュ・ナショナル・オペラを立て直した俊英エドワード・ガードナーの指揮で。

真夏にこれだけの大編成の曲をやる演奏会はなかなかない。

 

9/2 第792回A定期

 

下野さん指揮で残暑を吹き飛ばすさわやかなプログラム。読響と全曲演奏したドヴォルジャークの交響曲のうち、今回は4番。(6番は今季N響と取り上げる)コダーイの夏の夕べはまさに夏から秋を繋ぐ名曲。

なお、定期に続く札幌公演では同じドヴォルジャークの8番を取り上げる。札幌ではすぎやま先生のドラクエも演奏。

 

参考音源

コダーイ:夏の夕べ

https://www.youtube.com/watch?v=lYt6sc15Z4w

 

9/19 第365回プロムナード

 

ルーマニア出身の俊英で、フィラデルフィア管のConductor in Residence (いわゆる正指揮者)を務めるクリスティアン・マチェラルが登壇。リムスキー=コルサコフと「悲愴」はマエストロの提案。

 

参考音源

リムスキー=コルサコフ:歌劇「見えざる都市キーテジと聖女フェヴローニャの物語」より ケルジェネツの戦い

https://www.youtube.com/watch?v=uJDZuWo3-2o

 

9/24 第793回定期A

 

ヨーロッパ・ツアーの関係で9月にA定期が2回の変則スケジュール。

サントリーホールのフェスティバルで彼のホルン協奏曲を初演(独奏はバリー・タックウェル)して以来、20年ぶりとなるオリヴァー・ナッセンとの共演。楽員も再共演を待ち望んでいた。A定期は彼がボストン響客演時に組んだプログラムとほぼ同じで、ミャスコフスキーとストコフスキー編曲「展覧会の絵」はどちらもホルン8本を要し、まとめて取り上げるのはとても考えられている。ちなみに両曲ともナッセンは録音している。

ミャスコフスキー10番はプーシキンの叙事詩「青銅の騎士」の挿絵に触発された作品。(「青銅の騎士」は実際はプーシキン像)

ナッセンのヴァイオリン協奏曲(日本初演はオーケストラ・アンサンブル金沢)では、サロネンなど多くの現代作曲家の信頼を受けるリーラ・ジョセフォウィッツがこの公演のためだけに来日。

「展覧会の絵」といえば普通は洗練され華麗なラヴェル編曲だが、ストコフスキー編は大オーケストラを要し、グロテスクな作品。よりムソルグスキーらしい音響を楽しめるのではないか。

 

参考音源

ミャスコフスキー:交響曲第10番

https://www.youtube.com/watch?v=JY0QM1qlu7U

 

9/29 第794回定期B

 

ソリストにピーター・ゼルキンが登場。ゼルキンは非常に指揮者や曲目を選ぶピアニストだが、大親友のナッセンが指揮ということで快諾。

ナッセンもゼルキンも武満演奏の権威ということで当然武満作品が考えられたが、近年東フィルと主要作品をやってしまっている。途中に大転換を要する「アーク(弧)」全曲というのも候補に挙がったが、そこまで行くと最早そういった企画モノの演奏会になってしまうので断念。ブラームスの第2番に落ち着いた。

他のプログラムはナッセンがMTTとロンドン響に書いた"Flourish with Fireworks"(1993)、シェーンベルクの架空の映画音楽、そして得意の武満作品。「精霊の庭」は飛騨古川のために武満徹が書いた作品で、飛騨にはこれを記念し「スピリットガーデンホール」が建てられた。飛騨にお宅がある小泉さん指揮で都響も「精霊の庭」をこのホールで演奏したことがある。

 

飛騨市文化交流センターから出ている小泉和裕/都響演奏のCD(「精霊の庭」も収録)

http://www.kouryu-c.com/shop/index.html

 

10/11 作曲家の肖像「ロシア」

 

重量感のある小泉さんのロシア音楽をたっぷりと。ラフマニノフの2番を弾くのは既に巨匠の風格を漂わせるロマノフスキー。

 

10/15 第795回A定期

10/16 第796回B定期

 

世界最高の合唱団・スウェーデン放送合唱団を完全にフィーチャーしたプログラム。2012年来日時に直接交渉し、都響50周年に合わせ来日を一年遅らせてもらった。オーケストラの定期演奏会なのに完全にオケは脇役だが、彼らの素晴らしい歌声が聴けるなら!ということで。

リゲティの無伴奏混声合唱曲「ルクス・エテルナ」は映画「2001年宇宙の旅」にも使われた曲で、16声部を30人程度で歌う(一声部約2人!)という凄い曲。シェーンベルクの「地には平和を」はもともと無伴奏だったが、あまりの難しさに初演の合唱団が歌えなかったため小管弦楽が追加された。もともと合唱と管弦楽のスコアが別々に出ていたが、今回の演奏に合わせ合唱+管弦楽のスコアが新たに出版される。

スウェーデン放送合唱団は今回30人ほどの編成で来日。「少ないのでは?」と思うかもしれないが、彼らはアバド/ベルリン・フィルとの「復活」を歌った時でも40人ほど。各人が圧倒的技量を持っているのでその人数で充分ということ。

 

参考音源

リゲティ:ルクス・エテルナ

https://www.youtube.com/watch?v=-iVYu5lyX5M

 

11/2 第797回B定期

 

大野さんとのヨーロッパ・ツアーの曲目での演奏会。委嘱の細川作品については現在最終構想段階にある。

ラヴェル・プロコフィエフ(ソリストはレーピン)・細川(独唱は藤村さん)・ドビュッシーとかなり豪華なプログラムとなっている。

 

12/10 第798回A定期

 

ご存知の通り首席客演指揮者フルシャはウィーン国立歌劇場デビューのため降板。都響としては勿論まず引き留め交渉したが、最終的に彼をウィーンへ送り出す形に。都響とは今後もマルティヌーの交響曲全曲演奏ほか、今回振るはずだったマーラー「巨人」も含めて引き続き共演予定であり、関係が途絶えるということはない。ちなみに彼は、都響のほかシカゴ響(デビュー)、シュトゥットガルト放送響、ロイヤル・フランダース・フィルを全てキャンセルしてウィーンを選んでいる。

代役のミヒャエル・ザンデルリングは元ドレスデン・フィルのチェリストであり、ショスタコーヴィチでのソリストは彼のマスタークラスを受け活躍するアレクセイ・スタドレル。ザンデルリングとの共演で掘り下げた演奏を披露してくれるだろう。メインのチャイコフスキー「冬の日の幻想」はザンデルリングの得意曲で、各地の客演で好評を博している。時期的にもよいプログラミング。

初客演指揮者に都響の大切なレパートリーであるマーラーをお任せすることはしない。

 

参考音源

チャイコフスキー:交響曲第1番「冬の日の幻想」

https://www.youtube.com/watch?v=0v0LThe6sow

 

12/15 第799回B定期

 

2014年のビゼーで絶賛を博したミンコフスキが待望の再客演。初客演の成功を見越して既に15-16シーズンも予定を組んでいた。

ハイドン、ラヴェル「ダフニスとクロエ」、ハンス・ロットの「1番」(!)など様々な候補が挙がったが、最終的にミンコフスキが敬愛してやまないフルネへのオマージュであるルーセルを前プロに、都響というモダン・オケならではの選曲としてブルックナー0番に決定した。

ブルックナーはミンコフスキの意向で16型倍管の大編成で演奏する。彼曰く「そうしないとオルガン・トーンが出ない」とのこと。

 

参考音源

ブルックナー:交響曲第0番

https://www.youtube.com/watch?v=jJ_aqEH9l5s

 

12/23, 25, 26 都響スペシャル「第9」

 

前述の通りフルシャのキャンセルを受け代役としてインバルが登壇クリスマスの時期はキリスト教徒の指揮者の多くが家族とゆっくり過ごすことを選ぶためなかなか来日してくれないが、ユダヤ人のインバルはあまり年末が関係ないのであっさりと引き受けてくれた。

 

2016/1/12 第800回A定期

 

記念すべき800回は小泉さんの指揮でメンコン&家庭交響曲という鮮やかな対比のプログラム。小泉さんは第600回定期でも「家庭交響曲」を演奏し、CD化されている。なお600回定期では後半にフルネが指揮した。

メンコンのソリストはイザベル・ファウストという贅沢さで、聴き慣れた曲と思わずファウストの素晴らしい演奏に耳を傾けてほしい。

 

2016/1/26 第801回B定期

2016/1/27 都響スペシャル

 

2011年夏のスペシャル以来、聴衆・楽員が待ちわびていたアラン・ギルバートがついに再客演。今回の定期およびスペシャルのプログラミングは全て彼の希望によるもの。ラインスドルフ編曲の「指環」は「ラインの黄金」を省いた珍しい構成で、いきなりヴァルキューレの騎行から始まり、「黄昏」の最終場面で終わる。ピットにあまり入らない都響にとってはヴァーグナーは新鮮なレパートリーであり、ギルバートが都響からどんなヴァーグナー・サウンドを引き出してくれるか期待が高まる。

 

2016/1/30 都響スペシャル

 

ギルバートとのもう一つのプログラムは打って変わってストレートなオール・ベートーヴェン・プログラム。協奏曲でソロを弾くイノン・バルナタンはイスラエルの俊英。

 

2016/2/28 第336回プロムナード

 

都響は2011年の震災以来いわきアリオスで小中学生向けのコンサートを継続的に行ってきており、2016年は通常の公演に加え特別演奏会を開くことになった。曲目選定の過程で、いわきアリオス側から「ラヴェルのボレロはいわきの人にとって特別な曲」という話があった。というのも、震災により避難所となりコンサートホールとしての機能が停止したいわきアリオスで、震災後初の公演となったのがシルヴィ・ギエム演じるベジャール振付「ボレロ」だったのだ(ギエムは被災地のために、2005年以来の封印を解いてボレロを踊った)。この話を受けて大野/都響によるボレロが決定し、同時期のプロムナードも共通の演目となった。

 

2016/3/5 作曲家の肖像「日本」(最終回)

 

日本を代表とする作曲家が肖像シリーズで一度も取り上げなかったことを鑑み、大野音楽監督による日本の作曲家特集で最終回となる。

武満徹の「冬(Winter)」は初演をメシアンも聴いた作品で、札幌オリンピックIOCの委嘱。

2016年は柴田南雄(ご子息は都響コントラバス奏者の柴田乙雄さん)の生誕100周年。遊楽は都響の第100回定期のために書かれた作品で、祭囃子を用いる。その用法が効果的で祝祭的な印象を与える。

メイン・プロにはオペラシティの開館15周年のために書かれた池辺晋一郎の「第9」。二人の歌手による連作歌曲集のようであり、ショスタコーヴィチの14番を想起させる(オーケストラは3管編成と大きい)。初演を歌った幸田浩子、宮本益光を迎えての演奏となる。 

 

参考音源

武満徹:冬

https://www.youtube.com/watch?v=JH_ONJsnFco

 

2016/3/19 第367回プロムナード

 

都響が誇る名手、古川さんと店村さんによる「ドン・キホーテ」は小泉さんの希望。円熟期にある名手による充実の演奏に期待。

 

2016/3/24 第802回定期B

 

インバルの強い希望によりバーンスタインの「カディッシュ」を演奏。同じユダヤ人、そしてマーラー指揮者としてバーンスタインへの思い入れがあるインバルは各地で彼の作品を演奏している。今回の演奏のために来日するサミュエル・ピサールはホロコースト経験者にして作家・国際的に著名な弁護士であり、本当の意味でのセレブレティとも言える偉大な人物。バーンスタインに「カディッシュ」の新たなテクストを依頼され、彼の死・同時多発テロを経て自身の経験をもとに「カディッシュ-神との対話」を執筆。その圧倒的な説得力に世界中から絶賛を受けた。不確定事項ではあるが、震災や原発事故など日本の現状を受けて、もしかするとピサールは一部テクストを改定するかもしれない。本公演では日本語字幕を用意する。

2014年フランクフルトでの「カディッシュ」の演奏では前半にマーラーの交響詩「葬礼」が組み合わせられたが、この作品は要は「復活」の1楽章。日本政府が委嘱し演奏を拒否されたブリテン「シンフォニア・ダ・レクイエム」が、日本での「カディッシュ」の組み合わせとして最も相応しい作品ではないか。

 

参考音源

バーンスタイン:交響曲第3番「カディッシュ」

https://www.youtube.com/watch?v=zTAnmHPTKEk

 

2016/3/29 第803回定期A

 

「俺はあと何番振ってないんだっけ?」と豪語するインバルによるショスタコーヴィチは、作曲家最後の第15番。

奇しくも前半に演奏されるモーツァルトのピアノ協奏曲も最晩年の作品。2016年2月に80歳を迎えるインバルによる深遠なメッセージを味わう公演になる。

 


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2015/2/1
クァルテット・エクセルシオ 弦楽四重奏の旅#2 音楽の都ウィーンの名匠たち
@津田ホール

ハイドン:弦楽四重奏曲第77番「皇帝」
モーツァルト:弦楽四重奏曲第19番「不協和音」
シューベルト:弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」
~アンコール~
ハイドン:弦楽四重奏曲第67番「ひばり」より 第2楽章

クァルテット・エクセルシオ
(ヴァイオリン:西野ゆか、山田百子 ヴィオラ:吉田有紀子 チェロ:大友肇)

「皇帝」「不協和音」「死と乙女」というオーソドックスな演目で、格調高い演奏を味わった。効果的なノンヴィブの使用、吟味されたアーティキュレーション、端正な音色など、常設SQの強みを得ると既知の名曲はこれほど輝くのかと驚き。結成20年の歴史の成せる技だろうか?
欲を言えば、1stVnの西野さんのピッチの不安定が終始気になったが、アンサンブルをリードする力強さ、ソロの歌い回しの美しさは素晴らしい。派手さはなかったけれども、良い休日の午後だった。津田ホールでの演奏会はこれで最後になりそう。

余談。この公演は自由席で、Father-in-Musicが自分の分の席を取ってくださっていたのですが、目の前が某サントリーホール館長閣下でした。演奏中ほとんど、チェロパートに合わせて首をぐるんぐるんと振っていらしたので、かなり視界に入ってきました(苦笑)

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