2015/2/28
モンテカルロ・バレエ団 「LAC~白鳥の湖~」
@東京文化会館

ジャン=クリストフ・マイヨー振付:LAC~白鳥の湖~
(音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー)

モンテカルロ・バレエ団
(以下、メインキャスト)
王:アルヴァロ・プリート
王妃:ミー・デン
夜の女王:モード・サボラン
王子:ステファン・ボルゴン
白鳥:アニヤ・ベーレント
黒鳥:エイプリル・バール
王子の友人(相談役):アシエル・エデソ
闇の大天使:クリスティアン・ツヴァルジャンスキー、エディス・エルグク
【欺くものたち】
虚栄心の強い女:リイサ・ハマライネン
偽りの無関心を装う女:ノエラニ・パンタスティコ
放埓な女たち:アンハラ・バルステロス、アンヌ=ロール・セイラン
貪欲な女:ガエル・リウ

クラシカルな「白鳥」を観る前に恐ろしく刺激的なものを観てしまった(苦笑)

チャイコフスキーの音楽は順序通りには現れず、オリジナルにない曲も使われる。だが過激な物語の展開と音楽が絶妙にマッチしているので全く違和感を覚えないのだ。寧ろこちらが正解なのではないか?と錯覚してしまうほどに説得力がある。
バレエなのでオペラと違い舞台装置はシンプルだが、奇数幕が白い舞踏会の会場で室内、偶数幕が黒い屋外の森となっており、白鳥と黒鳥の対比と関連付けられる。モノクロの映像(結構怖い)が投影された後、1幕で幕が開くといきなり王座の中心に一般的な「白鳥」では他界している設定の王が鎮座している。この演出では王は生きていて、しかも欠かせない役割を果たすのだ。舞踏会で侍女たちが踊るのだが、衣装の柄が2種類あってグループが分けられているように思えた。もともとの「白鳥」の村娘と侍女の区別を簡略化して引き継いでいるのかしら?
2幕では森で王子と白鳥が束の間の戯れを楽しむも、夜の女王の邪魔を受け翻弄される。主役の白鳥を取り囲む白鳥の群れを含め、鳥→人に変わるタイミングではっきり四肢の動かし方が変わり、分かりやすい。(白鳥を模した姿勢では本当に鳥に見える!)
3幕では王子と王の友人(相談役ともされている)がやたら楽しそうにじゃれあい、若干ゲイっぽい。白鳥として王子の前に現れたのは仮面をつけた黒鳥で、これがバレると王妃(王子の母)が激怒して黒鳥を縊り殺しながら幕が下りる。文章にしてしまうと何とも味気ないが、ここのたたみ掛けが怒涛の勢いで固唾を呑んで見守った。終幕でも王妃の肝っ玉母ちゃんぶりは続く。幕が上がってすぐ宮廷人に抱えあげられながら白鳥に化けた黒鳥の葬列が舞台を横切り、先頭に立つのは王妃と王。(開演前と終演後にお会いした方によると、王が夜の女王と浮気していたからその娘である黒鳥を腹いせに殺したのでは?とのこと。なるほど、王はそういう素振りを見せていた)自分の娘を殺された夜の女王は怒りに震え王子と白鳥をまとめて殺し、巨大な闇のマントが舞台いっぱいをぐるりと包みあげて天高く上っていく。後には何も残らず、これで幕。

バレエの鑑賞経験が一桁台なので何の専門用語も知らなければストーリーが全く伝わらず大変恐縮なのだが、轟々と進む展開に置いていかれないようにしがみ付くうちに、あっという間に終わってしまったというのが正直な感想。幕を追うにつれ容赦の無さが増していく戦慄の悲劇を観て強く思ったのは、所詮男は女性の掌の上で転がされているだけだ、ということ。男を幸福にするのも不幸にするのも全ては女性の思うがまま。「永遠の女性的な存在による救済」を求めたゲーテの『ファウスト』もマーラーの作品群も、主題を同じくするだろう。
それにしても、結局全員が不幸になる究極の進行を驚異的な肉体表現で描く踊り手にはため息しか出ない・・・。尽きせぬアイディアを全て舞台に投入したのではないかとすら思えるマイヨーの振付も、卓越したバレエ団を得て一層活きたのだろう。しばらく鮮烈な記憶として残りそうな素晴らしい上演だった。