たくさん聴かな、あかんやん。

都内在住私大生。自分の心に正直に書きます。

October 2015

2015/10/17
東京交響楽団 第634回定期演奏会
@サントリーホール

ブラームス:悲劇的序曲
モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第5番「トルコ風」
~ソリスト・アンコール~
J. S. バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番より ラルゴ
ストラヴィンスキー:バレエ音楽「火の鳥」組曲(1945年版)

ヴァイオリン:ステファン・ジャッキーヴ
管弦楽:東京交響楽団
コンサートマスター:グレブ・ニキティン
指揮:クシシュトフ・ウルバンスキ

東響首席客演指揮者のウルバンスキが登場、ブラームスにストラヴィンスキーという、これまで取り上げたプログラムと共通する演目を指揮した。彼は来シーズンプログラムには東響指揮者陣の一員として載っていないのが残念だが、客演は続けるのだろうか。

一曲目には間に合わずモニター鑑賞、いきなり16型の大編成で「悲劇的序曲」冒頭のトゥッティが響くのに驚いた。重厚で構えの大きな演奏だがもたれることはなく、適度な厚みと見通しの良さを併せ持つ弦楽器を基調としたいい演奏だったと思う。

続くモーツァルトでは流石に編成を減らし、ウルバンスキの指揮台の上にはスコアが置かれる。この「トルコ風呂」いや「トルコ風」が大変面白い演奏で、ジャッキーヴとウルバンスキの個性派イケメン対決となった。ウルバンスキは例のごとく協奏曲でも自らの流儀を崩さず、細部まで流麗に彫琢していく。一方のジャッキーヴは鋭く引き締まった美音で切り込み、部分によってはかなりの即興も辞さなかった。カデンツァの入りなどでそれは顕著で、おそらく現代音楽にかなり強いヴァイオリニストなのだと思う。モーツァルトが書いた箇所と即興箇所の接続もスムーズだったが、なかなか聴けないフレッシュな演奏だった。なお、カデンツァではウルバンスキは指揮台を下り隣で聴いていた。「ここからは完全にお任せするよ」ということなのだろうか、両者の信頼を感じさせる。
アンコールのバッハは流石にストレートだったが、それでも細身で完璧なテクニックは変わらず。如何にもアメリカ出身の俊英という感じだった。

後半ストラヴィンスキーはやや珍しい45年版の使用。演奏頻度を考えて作曲家が試行錯誤した変遷が見られるこの「火の鳥」組曲だが、この1945年版は最も省エネな編成となっている。ウルバンスキは当然のように暗譜で細部までオケを掌握、冒頭の低弦から指先まで繊細に使った指示を出していた。「カッシェイの凶悪な踊り」ではヘドバンを含めた妖しいタコ踊りが飛び出し、自在にオケを鼓舞していく。彼の指揮姿は特異と言えば特異なのだが、すべてオケから最良のサウンドを引き出すための動きなのだ。大詰めの大団円では45年版らしく弦楽器を細かく刻んでいた。「火の鳥のロンド」や「パ・ド・ドゥ」で雰囲気豊かなソロを聴かせた東響の管楽器陣はいつもながら素晴らしい。

在京オケのストラヴィンスキー演奏ではかなり上位に位置づけられるであろう、素晴らしい「火の鳥」だった。
    mixiチェック

2015/10/16
東京都交響楽団 第796回定期演奏会Bシリーズ
@サントリーホール

リゲティ:ルクス・エテルナ(無伴奏混声合唱)
シェーンベルク:地には平和を(混声合唱と管弦楽)

モーツァルト:レクイエム(ジュスマイヤー版)
~アンコール~
モーツァルト・アヴェ・ヴェルム・コルプス(無伴奏混声合唱)

ソプラノ:クリスティーナ・ハンソン
アルト:クリスティーナ・ハマーストレム
テノール:コニー・ティマンダー
バス:ヨアン・シンクラー
合唱:スウェーデン放送合唱団
管弦楽:東京都交響楽団
コンサートマスター:矢部達哉
指揮:ペーター・ダイクストラ

基本的には前日のA定期と同じなので詳細はこちらを読んで頂くとして、細部の違いなどについて軽く触れておきたい。

一曲目のリゲティに関して言えば、より残響の少ない文化会館の方がディテールをはっきりと聴き取れた。相変わらず宇宙的なサウンドは素晴らしかったし、ステージ真横にもかかわらず精妙なアンサンブルは全くブレが感じられなかったのも凄いのだが。
以降の曲、特にモーツァルトに関してはサントリーホールが優位だった。豊麗な音響はスウェーデン放送合唱団が放つ美音に独特の香気を加えてくれた。オーケストラ共々、レクイエムにおける彫琢も2日目の方が深まっていただろう。(なお、ソリストは両日とも安定感あり、特にバスのシンクラーは素晴らしい。一方テノール氏は少々非力か)
そして忘れ難かったのは、やはりアンコールの「アヴェ・ヴェルム・コルプス」。柔らかな第一音がホールに響いた瞬間に不覚にもボロボロと大粒の涙が溢れてしまった。それからはもう、嗚咽を抑えるのに必死で冷静には聴けなかった。これほど泣いてしまった都響定期は2012年3月のインバル指揮「大地の歌」以来だった。

素晴らしいコラボレーション、また是非とも実現してほしい。
    mixiチェック

2015/10/15
東京都交響楽団 第795回定期演奏会Aシリーズ
@東京文化会館

リゲティ:ルクス・エテルナ(無伴奏混声合唱)
シェーンベルク:地には平和を(混声合唱と管弦楽)

モーツァルト:レクイエム(ジュスマイヤー版)
~アンコール~
モーツァルト・アヴェ・ヴェルム・コルプス(無伴奏混声合唱)

ソプラノ:クリスティーナ・ハンソン
アルト:クリスティーナ・ハマーストレム
テノール:コニー・ティマンダー
バス:ヨアン・シンクラー
合唱:スウェーデン放送合唱団
管弦楽:東京都交響楽団
コンサートマスター:矢部達哉
指揮:ペーター・ダイクストラ 

今シーズンの都響定期の中で最も斬新なプログラムと言えるだろうか。ベルリン・フィルとの共演などで絶賛を博し、世界最高の合唱団の呼び声高いスウェーデン放送合唱団が登場した。オケの定期にもかかわらず無伴奏合唱から演奏会が始まるという斬新さ、オペラシティでこの素晴らしい団体を呼び続けてきた芸術主幹のK塩さんならではのアイディアであり、柔軟性である。オケファン、合唱音楽ファン双方にとって興味深い演奏会となったのではないか。

スウェーデン放送合唱団は32編成で登場、一曲目のリゲティ「ルクス・エテルナ」はSATBのうちSA=女声が前列、TB=男声が後列に並んで歌われた。ほかの2曲は男女の一部が入れ替わり、少し並びも変更してSAが下手、TBが上手に位置する形。 
「ルクス・エテルナ」は映画「2001年宇宙の旅」で同じくリゲティ作の「アトモスフェール」と並び使われた作品として有名だが、いざ実演に接するとなるほど浮遊感のある曲である。それは雰囲気により醸されるものでは決してなく、ミクロ・ポリフォニーの精緻な書法により実現されている。16声部を有するこの作品では、1声部を二人が担当するわけだが、音域と声部の重なり具合の巧さによりパートを聴き分けるのは不可能に等しい。その代わり聴くものが得るのは、管楽器の循環呼吸のごとく無限に広がる音宇宙なのである。レクイエムのコンムニオのテクストが静謐に開始され、膨らんで再び最弱音による帰結を迎える。その最弱音はほんとうに限りなく、凡そ人間が成し得る技とは思えないほどに徹底されたものだった。この合唱団の凄さを鮮烈に印象付ける。

続くシェーンベルク「地には平和を」は無伴奏混声合唱で歌われることも多い。本来無伴奏での上演を求めていたそうだが、当時の合唱団は音取りに困難が生じたためやむを得ずシェーンベルクが伴奏パートを付加したとのことだ。スウェーデン放送合唱団クラスなら当然無伴奏でも演奏できるのだが、せっかく都響がいるということであろうか、管弦楽伴奏付きの演奏。ちなみにこの形態での演奏は珍しく、今回この機会に併せて合唱+管弦楽のスコアが出版されたそうだ。
都響は完全に伴奏に徹し、合唱の発音と旋律美を充分に響かせる。ドイツ語の発音はもちろん理想的で、子音の発し方がとても深く口腔の奥から聴こえてくる。終盤ではソプラノとテノールにHの跳躍が登場するが、まったく引き攣りとは無縁に滑らかに跳んだのも流石に見事だった。

続くモーツァルト「レクイエム」、オケはバセットホルンなど一部古楽器を取り入れた10型、弦楽器のヴィブラートはごく控えめに用いられる。オケ共々小編成だが、5階席まではっきりとしたニュアンスで音が飛んでくる。ダイクストラは合唱指揮者らしく清冽なアプローチだが、
「怒りの日」ではかなり速めのテンポを取った上でアクセントなどを随時強調して個性を見せた。基本的に合唱団の力がモノを言った演奏だったが、二日目には更なる感銘が加わった。(次記事

"Ladies and gentlemen, Swedish Radio Choir and I have a small present for you."とダイクストラが拍手を遮って告げると、「アヴェ・ヴェルム・コルプス」の途方もなく温かい音色が溢れ出す。バスのD音が最弱音ではっきりと鳴っていたことにも震えたが、とにかく今夜の白眉はこのアンコールとリゲティだっただろう。

    mixiチェック

2015/10/14
新国立劇場 ワーグナー「ラインの黄金」
@新国立劇場 オペラパレス

ヴァーグナー:楽劇「ラインの黄金」(全1幕/ドイツ語上演/字幕付)

演出:ゲッツ・フリードリヒ
ヴォータン:ユッカ・ラジライネン(バス・バリトン)
ドンナー:黒田博(バリトン)
フロー:片寄純也(テノール)
ローゲ:ステファン・グールド(テノール)
ファーゾルト:妻屋秀和(バス)
ファフナー:クリスティアン・ヒュープナー(バス)
アルベリヒ:トーマス・ガゼリ(バリトン)
ミーメ:アンドレアス・コンラッド(テノール)
フリッカ:シモーネ・シュレーダー(メゾ・ソプラノ)
フライア:安藤赴美子(ソプラノ)
エルダ:クリスタ・マイヤー(メゾ・ソプラノ)
ヴォークリンデ:増田のり子(ソプラノ)
ヴェルグンデ:池田香織(メゾ・ソプラノ)
フロスヒルデ:清水華澄(メゾ・ソプラノ)
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
指揮:飯守泰次郎


 飯守監督体制になって2シーズン目、いよいよ新国立劇場3度目の「指環」ツィクルスが3年構想で開始された。昨年の「パルジファル」の絶賛、そして飯守氏の名声を考えれば想像に難くないことだったが、音楽面で安定感のある上演を聴けるのは嬉しい。
演出に関して言えば、国際水準の劇場の矜持である「指環」ツィクルス上演において、15年前に物故した演出家の作品をレンタルするという選択ははっきり言って残念だ。資源に乏しい日本が国際社会で生き残る術は、文化立国として優れたコンテンツを発信していくことだと自分は考えている。ただ、ゲッツ・フリードリヒ演出自体のクオリティとその話は別だ。

日本における「指環」ツィクルス初演となったベルリン・ドイツ・オペラの演出とは異なる、フィンランド国立歌劇場における演出家最後の作品が今回の上演で用いられたわけだが、第一印象としてはとても簡素で分かりやすい。昨今のバイロイトの演出に慣れていると拍子抜けするほどだ。ただ簡素と質素はコインの裏表であり、派手な照明効果に頼る部分が大きくステージ上の構造物が殆ど変わらなかったのはやや単調に思われた。
大きく舞台が動いたのはヴォータン一行がアルベリヒとミーメが蠢くニーベルハイムの地下工場へ降りる場面だ。鳴り響く金床の騒音と共に怪しげな工場がせり上がって来て、DANGERの文字が明滅する。ここでアルベリヒはローゲの狡智により大蛇に化けたのち蛙に変わり、まんまと捕えられてしまうが、前者の大蛇はまたも照明の投影でパックマンのような緑色の顔が浮かび上がるだけ。後者の蛙がやたらとリアル(客席から笑いまで起きていた)なだけに落差を感じずにはいられなかった。

この演出における大きな要素として、あらゆる要素の戯画化が挙げられると思うが、ここには確かな主張を感じた。後述するラインの乙女、暴力的なドンナー=ボクサーなどの置換はシンプルだが、赤いマントにキリッとしたスーツ姿のローゲ、眼帯姿のヴォータン、宇宙服のような衣装で長足の巨人兄弟などは示唆的だ。ローゲは終始理知的で見た目の通りビジネスマンのよう、ヴォータンの眼帯は彼の盲目さを表している。巨人たちの異民族性も強調されているだろう。
また、彼らが抱える深刻な問題も随所で冷静に指摘されている。巨人族に美の神フライアを奪われるのを阻止できず、彼女が育てる金色のリンゴを口にできなくなった途端に力を失い地に伏せる神々。それぞれに特有の力はあるものの、いざ集まっても烏合の衆に過ぎずローゲや巨人族、アルベリヒに振り回される彼らは、この演出ではひどく無力で哀れだ。
神々の長ヴォータンも若く経験が不足する。終局で彼の主導により神々はヴァルハラへ入城しようとするが、巨人族に建てさせたその砦はとても質素に描かれている(スクリーン投影)。そして何より、神々は城の前で「はないちもんめ」のような奇妙なダンスをして一進一退し、管弦楽が轟々と鳴り響く中結局入城出来ずに幕を閉じるのである。この一連の過程に、火の神ローゲは加わっていない。ピット上部までせり出した舞台の枠の端で彼らの行く末を冷笑しているだけだ。 粗末な城にさえ入城できない彼らを—。
神々は全能とは程遠く、寧ろ併発する問題に対処する術を持たず無力である、とローゲと共に伝えるフリードリヒの視点は興味深い。これはまさに我々人間社会の縮図ではないか。混迷を極める現代にあって、ヴァーグナーの先見性を浮かび上がせたフリードリヒ最後の演出を敢えて世間に問おうという意図は高く評価したい。

以上、演出面の重要(と思われる)点に着目したが、ここからは音楽面について触れたい。
冒頭ライン川の場面、ラインの乙女たちは滑らかな斜面の上を往来しながら水系統の色のショールを翻して歌う。アルベリヒは彼女らにコケにされて愛を絶つことを誓うわけだが、かなり急斜面の舞台で激しく舞いながら歌うのは歌手陣への負担が大きいだろう。それを傍目には感じさせず、豊かなアンサンブルを聴かせた御三方(ヴォークリンデ:増田のり子、ヴェルグンデ:池田香織、フロスヒルデ:清水華澄)には大拍手である。ドイツ語もしっかり届いた。
散々乙女たちにコケにされて黄金を操る力を手にしたアルベリヒのガゼリはその後のニーベルハイムでの活躍、指環に吹き込む呪詛も含めて素晴らしい。今回の上演でもっとも性格的な演じっぷりだったのではないか。ミーメのコンラッドも同様に見事。

海外・日本勢混合の神々はまずまずといった所だろうか。海外勢ではエルダとフリッカが模範的で、ヴォータンとローゲには若干の違和感を覚えた。まず前者のラジライネンは勇壮に槍を構え歌う終局でスタミナ切れ、複数公演の疲れだろうが勿体無かった。後者のグールドは声楽的には一番素晴らしく、ドイツ語も完璧に聴こえるのだが、あまりに立派過ぎて狡猾なローゲのキャラクターとは不釣り合いに思われた。ただ、先述した演出のコンセプトから考えると適役なのかもしれない。理知的な、全てを見通すキャラクターとして描かれているからだ。グールドには次回のジークムントにおいて完璧なハマり具合を期待したい。日本勢はどの神も水準以上、特に最後の最後で風を集め高らかに歌ったドンナーの黒田さんは素晴らしかった。フライアの安藤さんも日本人離れした凄さがある。
巨人族兄弟はコミカルな演技も含めてなかなか、ただファフナーのヒューブナーは若干歌唱が荒っぽい印象を受けた。アルベリヒの呪いを受け突如殺されてしまう妻屋さんは流石の貫禄、第4場は半分くらい床にべったり。

最後になったが、飯守カペルマイスター率いる東フィルは総じて素晴らしかった。どうやら全公演中最も短い演奏時間だったようだが、冒頭のEs音から始まる天地創造は特にタメもなく引き締まった音楽作り。アルベリヒの卑近な音型の強調など、あくまで手堅く安定感がある。ニーベルハイム以降トロンボーンやホルンなどの金管に疲れが出て音が荒れてきて、大詰めの大音響の中ホルンが思い切り外したのは残念だったが・・・。初日はかなり遅かったらしく、テンポに大きなブレがあるのは歌手へのストレスという点であまり感心すべきことではない。ただ、今回のオーケストラのみに関して言えば充分に立派なヴァーグナーの響きだった。ブンブンと唸るコントラバスが痛快だ。

かなり長くなったが、飯守監督体制による新たな「指環」ツィクルスの開始を個人的には喜びたい。この超大作を上演するということだけでも、並大抵のパワーでは済まないことだろうから。
    mixiチェック

2015/10/13
読売日本交響楽団 第552回定期演奏会
@サントリーホール

ベートーヴェン:序曲「コリオラン」
ヒンデミット:白鳥を焼く男
ジョン・アダムズ:ハルモニーレーレ(和声学)

ヴィオラ:鈴木康浩(読響ソロ・ヴィオラ)
管弦楽:読売日本交響楽団
コンサートマスター:小森谷巧
指揮:下野竜也

もはや読響のみならず全国のオケで「秘曲の伝道師(?)」としての実績と評判を固めつつある下野さん、先日発表になった来シーズンを含めて、縁深い読響での拘りはいつも新鮮で面白い。

一曲目のベートーヴェン「コリオラン」はハ短調の悲痛な響き、オケも気迫十分。曲を締めくくるピッツィカートのハ音は、この後に控えるヒンデミットのハ長調に引き継がれる。しかも中低音域が強調される曲なので、ヒンデミットのヴィオラへと聴衆の耳がアジャストされる好チョイスだろう。

続くヒンデミット「白鳥を焼く男」、ヴァイオリンとヴィオラを排した編成で、華美とは言えないソロ楽器は浮かび上がるように配慮されている。鈴木ヤス氏はオケの中にあっても抜群のリードと積極性を発揮する稀有な名手だが、ソロを取るといよいよ自在に羽ばたく。彼のスケール感と肝っ玉の大きさはちょっと日本人離れした凄さだ。ハープとの美しい対話が美しい第2楽章、題名の由来でもある技巧炸裂の第3楽章(『あなたは白鳥を焼く男ではありませんね』)が特に印象的。

本日の目玉であるアダムス「ハルモニーレーレ」(和声学)、アメリカのオケでは頻繁に取り上げられているが日本ではあまりお目にかからないな—と思っていたら、なんとケント・ナガノ/新日フィルの初演以来29年ぶりの演奏と言うではないか。日本のプログラムが如何に凝り固まっているか、と思う一方、演奏を聴いてこれは確かに相当の覚悟と自信がなければ出来る曲ではないな、とも痛感した。下野さんと読響の英断に大拍手を送りたい。
第2楽章は「アンフォルタスの傷」、第3楽章は「マイスター・エックハルトとクエッキー」とタイトルが付けられているが、第1楽章にはない。だが、この冒頭の楽章はタイトル不要!と言わんばかりに聴く者のイメージを喚起する。FとGが強烈に叩きつけられ、徐々に小節内の音が増えていき細分化されるミニマル音楽は一瞬で覚えてしまうし、多数の鍵盤打楽器群(マリンバ、ヴィブラフォン、シロフォン、クロテイル、グロッケンシュピール)の精妙な絡み合いが生み出す神秘的な音色とともに音楽が漸進的に膨れ上がる様子は、あたかもホール全体が巨大な宇宙船と化して宙高く浮かび上がるかのよう。
強烈な終結の後の第2楽章では、一転しヴァーグナー風の進行で弦楽器がよく歌う。あたかもブルックナーの緩徐楽章のようだし、もっと言えばタイトル通りパルジファルに登場するアンフォルタスの苦悶を連想させる。終盤ではトランペットが高らかに絶叫し、オケのトゥッティがそれに続くという、マーラー10番へのオマージュ個所が2回ある。
第3楽章は神秘的に始まり、4管編成のオケがEs音の終結へ向けて渾然一体となり陶酔的に膨らんでいく。途中の昂揚はそれこそマーラー「復活」さながらのスケールだし、終結音が同じEsということも偶然的一致とは思えない。下野さんは敢えて頑なに激情を抑え、完璧なリードでクライマックスを形作った。

30年に一度、これを逃したらいつあるかという演奏機会に接することが出来たことに感謝、しかもそれが入念に準備された素晴らしい演奏だったのだからもう文句はない。ラトル/バーミンガム市響やMTT/サンフランシスコ響で予習した「ハルモニーレーレ」は如何にもアメリカ的な明快な割り切り方とセンスによる演奏だったが、下野さんと読響は重厚で剛直な構築によりこの大曲を描き抜いた。その結果としてブルックナーやヴァーグナー、マーラーなど様々なヨーロッパ伝統の作曲家が顔を出したのは興味深い収穫である。シェーンベルクによる調性音楽からの決別に対し、見事な返答を「ハルモニーレーレ」に込めたアダムスの技に酔い、和声と和音の旅を楽しんだ。客入りが少なかったのは本当に残念だが、是非とも読響には意欲的な選曲を継続してもらいたい。
    mixiチェック

2015/10/12
ARCチェンバーオーケストラ 第14回定期演奏会
@三鷹市芸術文化センター 風のホール

バーバー:弦楽のためのアダージョ
モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第3番
ブラームス:交響曲第2番

ヴァイオリン:尾池亜美
管弦楽:ARCチェンバーオーケストラ
指揮:坂入健司郎

 
8月のベートーヴェン・ツィクルス第2弾は聴けなかったので、坂入さんの指揮する音楽を聴くのは4月の第一生命ホール以来。今回はユヴェントス・フィルではなく、学芸大OBを中心に結成されたARCチェンバーオケ。
三鷹の風のホールは2回目だと思う。相変わらず木のふっくらした残響が美しく、贅沢なホールだ。駅からアクセスが悪いのは少々不便だが・・・。

一曲目のバーバーが始まってすぐ、五弦がズンと鳴る瞬間から「おっ」と思わせる。音程の心配はほとんどなく、音楽に安心して入っていけるクオリティだ。坂入さんは丁寧なリードで各セクションを導き内声の抉りも深い。曲が悲痛に昂まると左手を小刻みに震わせ、オケ全体を引きつける。良好なスタートだった。

続いては尾池亜美さんをソロに迎えてのモーツァルト、8月のベートーヴェンでも共演されていた方だ。小編成のオケでも十分かあるいは響き過ぎるくらいによく鳴るホールだが、ソロは明快に浮かび上がる。尾池さんはモヤモヤせず凛とした歌い回しで魅力的、オケ共々冒頭2音目のGに重みを置いてリズム感を際立たせ心地よい。坂入さんの指揮は一層闊達さを強め、編成以上の豊麗さと愉悦感を感じさせた。しっかり低音を鳴らして骨組みを形作るのも気持ちがいい。

後半はブラームス2番、プロオーケストラでもなかなか満足いく演奏に出会うことはないこの曲。そもそもブラームスの交響曲で快哉を叫びたくなるような実演に出会うことは、特に2番と3番では難しいのだが―坂入さんとARCチェンバーはなかなか健闘していたのではないかしら。冒頭の低弦がゆっくり動き出した後のホルン群は残念で、その後も安定はしなかったが、その他の管楽器は概ね形になっており音楽の進行には支障ない。特にオーボエはモーツァルトから引き続き見事だった。弦もバーバーで見せた好調を維持し、第1楽章でザクザク弾き進むかと思えばコーダではホルンや木管共々柔らかさと懐を深めていく。終楽章では坂入さんの煽りにきっちり応え、室内オケであることを忘れさせるようなスケール豊かな熱演が繰り広げられた。これだけ聴かせてくれるとは思っていなかった!

風のホールの豊麗な音響も助けにはなったのだろうが、それ以上にオーケストラのポテンシャルと坂入さんの丁寧な音楽作りを堪能した演奏会だった。次はいよいよユヴェントスで、1月のブルックナー8番。年初から期待が大きい。
    mixiチェック

2015/10/11
日本リヒャルト・シュトラウス協会 特別演奏会
@サントリーホール ブルーローズ

ベートーヴェン:チェロとピアノのためのソナタ第4番
ドビュッシー: チェロとピアノのためのソナタ
R. シュトラウス: チェロとピアノのためのソナタ
~アンコール~
グラナドス:組曲「ゴイェスカス」より 間奏曲

チェロ:堤剛
ピアノ:練木繁夫


リヒャルト・シュトラウス協会の特別演奏会にお邪魔。会長を務める堤さんのチェロ・ソナタ三題。
ベートーヴェン、ドビュッシーも良かったけれど、やはり協会の名を冠するシュトラウスのソナタに一番力が入っていたように思う。並べて聴くと(管弦楽もそうだが)、シュトラウスはよく楽器を鳴らすことにかけては天才。ピアノ、チェロともに雄渾華麗な旋律が広い音域でダイナミックに展開される。堤さんは緩徐楽章で思い入れたっぷりの歌を披露、第1楽章とは打って変わって重く辛い表情が印象的だった。練木さんとは阿吽の呼吸で、ほとんどアイコンタクトせずともお互いに呼応して音楽をつくる。
アンコールはグラナドス。こちらはやや重かったかも。
    mixiチェック

2015/10/11
東京都交響楽団 「作曲家の肖像」シリーズ Vol.105 《ロシア》
@東京芸術劇場

カバレフスキー:歌劇「コラ・ブルニョン」序曲
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番
~ソリスト・アンコール~
ショパン:練習曲作品10-12(革命のエチュード)

グラズノフ:バレエ音楽「四季」より 秋
ボロディン:歌劇「イーゴリ公」より 序曲、ポロヴェッツ人の踊り

ピアノ:アレクサンダー・ロマノフスキー
管弦楽:東京都交響楽団
コンサートマスター:山本友重
指揮:小泉和裕


7月の都響スペシャル「名曲の夏」で素晴らしい小品集を聴かせてくれた小泉さん×都響。今や固い絆で結ばれたこのコンビ、何を聴いても微動だにしない安定感を誇っている。今回の肖像シリーズは夏のスペシャルの続編(おかわりとも言う)のようなロシア名曲集、カバレフスキーやグラズノフなど少しスパイスを利かせてあるのもまた心憎い。

全プログラム16型のオーケストラは芸劇をこれでもかと華やかに鳴らすが、少しも煩さは感じない。冒頭のカバレフスキーから小泉さん共々よく力が抜けて大胆かつ流麗な響きだ。
圧巻だったのは名手ロマノフスキーを迎えたピアノ協奏曲第2番。ただでさえ分厚いオーケストラがソリストに襲い掛かるこの難曲、流石に16型というのは厳しすぎるだろうと思っていたのだが、それどころかほとんど実演のハンデを感じさせなかったロマノフスキーは只者じゃない。冒頭の左手の低音から尋常なく深い、バス歌手のようなゴーンという音。硬質で強靭なタッチから生まれる音楽はまさに王道のラフマニノフ。小泉さんとオーケストラは弛緩せず前へと進んでいき、それに呼応するか先回りするように自らテンポに揺さぶりをかけていくのが特徴的だった。これほど素晴らしいラフマニノフ2番は今年のヴィニツカヤ×フェドセーエフ以来で、ホールが好い分こちらに軍配が上がる。この曲の実演としては最高の演奏に数えられる。アンコールの革命のエチュードではロマノフスキーの独壇場とばかりにバリバリと弾き進むが、全曲を支配するリリシズムが彼の雰囲気と合っていた。

後半のグラズノフ、ボロディンは洗練されつつもお祭り騒ぎ。カラヤンの影響が濃い小泉さんはほんとうに小品での適切なエネルギーの開放、こけおどし的にならない格調高いクライマックスの形成に長けている。
「四季」の秋では快活な収穫の喜びとしっとりした旋律が交差。続くボロディンの序曲はグラズノフとリムスキー=コルサコフの補筆によるもの(ここでプログラムに連関が生まれる)で、珍しい曲ながら手堅い仕上がり。続くお待ちかねの「ポロヴェッツ人の踊り」、広田さんのオーボエの絶美はじめ都響各セクションがソロ、トゥッティと見せ場を連発。クライマックスにかけて指揮者・オケともトルクをぐいと上げ堂々たるフィニッシュ。

豊麗なオーケストラ名曲を五感で楽しんだ充実感あるマチネだった。深遠なメッセージ性ある名曲も良いが、休日の午後に聴くコンサートとしてはこういう華やかな演目を上質な仕上がりで聴くのがいちばん好きだ。
    mixiチェック

2015/10/10
シベリウス生誕150年≪シベリウス・フェスティバル・イン・トリフォニーホール2015≫
ハンヌ・リントゥ指揮 フィンランド放送響&新日本フィル
≪シベリウス/交響曲全曲演奏会≫ 第2回
@すみだトリフォニーホール

シベリウス:交響詩「大洋の女神」 
シベリウス:交響曲第6番
シベリウス:交響曲第1番

管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:崔文洙
指揮:ハンヌ・リントゥ

前回の印象が芳しいとは言えなかったリントゥ×新日本フィルのシベリウス・ツィクルス、第2回はどう出るだろうと期待してトリフォニーホールへ向かう。

結論から言うと、予想より遥かに素晴らしい演奏。前回の低調はリントゥとの初顔合わせによるものだったのだろう。2日間のリハーサルでシンフォニー3曲というやや酷な日程も災いしたかもしれない。今回は交響詩一曲・シンフォニー1曲(それも1番は比較的演奏機会も多い)ということで、オケも断然余裕がある弾きっぷりだった。コンマスが崔さんに代わって熱っぽくなったのも良い方向に作用したかも。

一曲目の「大洋の女神」は昨年インキネン/日フィルでも聴いた曲で、なかなか演奏される機会は無いが素晴らしい。インキネンは息の長い呼吸でスケール豊かに仕上げていたが、リントゥはあくまで引き締まった構築。2対のティンパニや多数の打楽器をも用いた大編成を轟々と鳴らしていた。ティンパニは活躍するというよりはトレモロで下支えの強化を図っている感じだが、金管の強靭な咆哮なども含めて荒々しい海の情景を連想させた。

続く交響曲第6番、前回感じたオーケストラの不慣れさは感じない。冒頭のヴァイオリン群からサラサラと流れるように進み、続く木管群に入ってもテンポは快速。全体的にリントゥは一筆書きのようなスタイルだ。第6交響曲がここまで颯爽とした演奏をされるのも珍しいのでは。

最後の交響曲第1番は2日間の白眉、リントゥの無骨で生命感あるスタイルと曲の内容が最もよく合致したといえる。冒頭のクラリネット独奏から空気感に富み、オーケストラもとても反応がいい。弦楽器の厚みと一体感は第1回と同じオケとは思えないほどだ。第2楽章の某「もういくつ寝ると・・・」の旋律も実にヒューマンな味わいで奏され、続く野趣あふれる第3楽章はトゥッティで管弦楽が鳴り渡る。フィナーレでは更に豪放な感情の起伏が描かれ、圧巻の出来。一瞬たりとて弛緩する場面がなかった。

リントゥ/新日フィル、初顔合わせの時はどうなることかと思ったが、オーケストラが彼の流儀に最終的によく合わせたのは祝着の極み。かなり注文が多いそうだが、よく消化していて第1番ではとても満足した。シベリウス音楽に浸った2回のコンサートだった。(フィンランド放送響は聴けないのが残念)
    mixiチェック

2015/10/10
神奈川フィルハーモニー管弦楽団 第313回定期演奏会
@横浜みなとみらいホール

ショスタコーヴィチ:交響詩「十月革命」
ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン協奏曲第1番
シベリウス:交響曲第5番

ヴァイオリン:三浦文彰
管弦楽:神奈川フィルハーモニー管弦楽団
コンサートマスター:
﨑谷直人
指揮:川瀬賢太郎


シベリウス、ショスタコーヴィチ―両者とも時代の抑圧を受け、それを芸術に昇華させた作曲家である。硬派なプログラム、とまでは言わずとも、定期演奏会に相応しい折り目正しい選曲だろう。

冒頭の「十月革命」は初めて耳にする曲。 同じ十月革命を題材にした交響曲第2番や第12番も演奏機会は多くないが、こちらはさらに少ないだろう。弦のトゥッティがいきなり力強く、深い。神奈フィルでかつて聴いたことがないほどのズシリとした手触りで、この一瞬でこの演奏会の成功を確信したほどだ。パルチザンの歌が入ってくると、ショスタコーヴィチ流の管弦と打楽器の熾烈な応酬が続く。ここで轟く神戸さんのティンパニが過去最高の暴れっぷり、ティンパニという打楽器から出るサウンドの常識を覆すようなガツンという「痛い音色」に吃驚。(まるで誰かめがけて叩いているような凄みすら・・・)

続くのは同じくショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第1番、ソリストに超絶技巧を要求する難曲だが、第2楽章、第4楽章はオーケストラと指揮者の力量も試されるトリッキーな個所が連続する。
以前ラクリンがソロを弾き、インバルが都響を指揮して同曲を演奏した時が印象的で(2011年12月)、ユダヤ的な粘りを見せるラクリンに呼応するかのようにオーケストラもずっしりとした重量感を湛え、終楽章の異様な遅さは巨象の踊りのようだった。
話が逸れてしまった。神奈フィルと川瀬さんは気負いなく音楽を作り、そこに三浦さんのソロが滑らかに入ってくる。以前シベリウスを聴いた時も同様に思ったが、美音と圧倒的なテクニックの持ち主だがそれほど感じ入る箇所はなかった。魂がギリギリと締め付けられるようなパッサカリアもサクサクと弾き進みブルレスケに突入する。バックのオーケストラは途中木管群やテューバがテンポからはみ出してこぼれ落ちそうになるも、気迫と川瀬さんの確かな棒で見事にフィニッシュを決めた。ここでも神戸さんが素晴らしい。

後半のシベリウス5番、清澄な響きは神奈フィルにうってつけの名曲。事実かなりの見事さだったが、川瀬さんの演奏は熱さを随所で感じさせ、いい意味で予想を裏切られた。
全体を通してホルン群の見事さに支えられた感がある。首席以下全員女性だったがパワー・繊細さともに素晴らしく、ティンパニのトレモロと共に入ってくる箇所、第3楽章の有名な鐘の音型ともに感動的だった。終楽章と言えば前半部分でセクションごとに精緻な活躍を見せる弦5部の描き分けも見事で、神奈フィルの弦のクオリティ向上と川瀬さんの指揮に改めて驚く。川瀬さんはフレーズの収め方がとても巧く、聴き慣れない作り方をしても説得力がある。トランペット、トロンボーンに更なる洗練が加わればぐんと良くなるだろう。最後の決め所、決然と叩き付けられる6音はそれぞれ十分なパウゼを取って堂々たる終結。

川瀬さん×神奈川フィルの素晴らしさを久々に認識できた充実のショスタコーヴィチ、シベリウスだった。特にショスタコーヴィチは別の曲も取り上げてほしい。 
    mixiチェック

このページのトップヘ