たくさん聴かな、あかんやん。

都内在住私大生。自分の心に正直に書きます。

December 2015

2015/12/28
東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団 第九特別演奏会
@東京文化会館

ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱」

ソプラノ:横山恵子

メゾ・ソプラノ:池田香織
テノール:望月哲也
バリトン:小森輝彦
合唱:東京シティ・フィル・コーア(合唱指揮:藤丸崇浩)
管弦楽:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
コンサートマスター:戸澤哲夫
指揮:飯守泰次郎

今年最後の「第9」は、昨年に続きシティ・フィルの「第9」。指揮はやはり昨年と同じく飯守カペルマイスター。
昨年はやや引いた席で聴いたが、今回は逆に1階10列とオーケストラがちょうど視界に収まるあたりの席で聴いた。席の違いを考慮して考えると、ほぼ同じような印象を受けた。 

テンポの伸縮、強烈なアゴーギクはいわゆる「飯守節」。愚直なまでに自らの路線を貫くマエストロは健在だが、傍目から見る限りその棒は曖昧さを増してきたように思える。彼の意図を十全に把握し、音化できるのは流石シティ・フィルといったところだろう。他のオーケストラと飯守氏の共演もよいのだが、未だにこの楽団が彼のファミリーのように思える。
第1楽章結尾近くのティンパニの乾いた強打、それに応じて波状攻撃を繰り出すオーケストラはすさまじく、飯守さんの渾身の指揮もあって壮絶なカタストロフィを作り出していた。先述した「飯守節」は節度あるもので、楽曲の骨格は尊重した上で弦楽器を中心に濃密な揺らしをかける。飯守さんが保ち続けるこのバランス感覚は重要で、
コテコテの演歌調で楽曲を塗りつぶしてしまう某有名指揮者―誰とは言わないが―とは一線を画している。最後のプレスティッシモはリミッターを解除して、全軍決死の突撃といった様相だ。 
シティ・フィルは戸澤コンマスによる指揮の補完もあって重量感ある演奏を聴かせた。
ホルンやトランペット群は時折お粗末な音で、更なる安定と音色感の充実は急務といえる。藤丸さんが指導するシティ・フィル・コーアはアマチュアながら大健闘で、時折同声部内での乖離(エキストラの存在ゆえ?)も聴かれたがオーケストラと十分に渡り合った。先日の神奈川フィル合唱団とは大違いだ。
ソリスト陣は悪くなかったが、バリトンの小森さんに神奈川フィルから引き続いての強い違和感。第一声の音程がどうしても気になるのだが、確信犯的なものだろうか? テノール望月さんは典型的なヘルデンの歌唱(あまり強靭ではないが)で、ドイツ語の語感への凝りが素晴らしい。「第9」では陰に隠れがちなメゾだが、池田さんは今回もっとも見事で、その風格は4重唱の中でも一際輝いていた。ソプラノの横山さんは高音部の鋭さは気になるものの文句なし。

全体的に、飯守ファミリーによる飯守劇場という感。疾風怒濤の演奏が続いた今年の「第9」だったが、最後にオーソドックスな演奏で締めくくることができた。 

2015/12/26
東京都交響楽団 都響スペシャル「第九」
@サントリーホール

ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱」

ソプラノ:安藤赴美子
アルト:中島郁子
テノール:大槻孝志
バリトン:甲斐栄次郎
合唱:二期会合唱団(合唱指揮:藤本淳也)
管弦楽:東京都交響楽団
コンサートマスター:矢部達哉
指揮:エリアフ・インバル

インバル/都響の「第9」3日目、最終日のサントリーホール公演を聴いた。

初日はやや慎重に全体を作り上げ、徐々に調子を上げて最終日にピークを持っていく。これが複数公演におけるインバルの流儀だと思うが、今回もその流れに沿ったと考えてよかろう。3日それぞれ演奏が異なり、味があったが、集大成として持てるすべてを出し切った解放感、ホールを包む圧倒的な昂揚はサントリー公演に軍配が上がる。

弦楽器にはしばしば濃厚でユダヤ的なヴィブラートが付加され、第1オーボエにベルアップ気味の指示をするなど、「第9」を通して現代を見つめるが如きインバルのベートーヴェン像。厳しいリハーサル、3日の本番での部分的な修正を経て、最後にはもっとも理想的な形で彼の音楽が鳴り響いたのではなかろうか。極小単位のフレーズの積み重ねがオーケストラに染み込み、結果として緻密かつ豪快なサウンドが生まれたのだ。ここまで来れば、インバルが大振りせずともオケは轟々とうねり、強靭な響きを奏でる。

ステージに近い客席からインバルとオーケストラを見ていると、想像以上に高度なやりとりが無言のうちに交わされている。コンマスの矢部さんと指揮者、そして各弦楽器のトップ奏者、管楽器奏者―彼の指揮は即興的に変化することも多々あるので、油断している暇はないのだろう。舞台全体にピンと張った、されど独裁的ではない緊張感が漂っている。
第1楽章の厳粛な響き、容赦のないコーダ(ブルックナー9番の同箇所をいやでも連想させる!)は先の公演の記事で書いたとおりだが、第2楽章の執拗に叩き込まれる弦のペザンテはよりアグレッシヴになっていた。軽快なトリオとの対比も鮮やかで、トリオ冒頭で木管群が高速で吹くパッセージが弦楽器に移るとインバルは嬉々として旋律を歌いながら弾むように振っていた。この大胆さである。

休止を挟んで緩徐楽章へ。インバルはマーラー5番のアダージェットかのように、左手でヴィブラートをかける仕草をしながら慈しみ深く、愛おしげに振っていく。第1主題には「自由の渇望」とでも呼びたくなるような情感が宿り、痛切な表情がにじみ出る。一方で第2主題は低弦にゆっくりと導かれ、中音域の懐深さを響かせるのだ。これら全てが澄み切った合奏で表現された。
名残惜しげに第3楽章を振り終えたインバルの顔が苦渋に歪み、指揮棒が一閃すると第4楽章の開始である。冒頭の低弦レチタティーヴォは彼が入念に作り上げたと思われるが、濃厚だがしなやかな語り口で進む。コントラバスには首席奏者が御二人。納得の重厚さである。歓喜主題は抑え切れぬように全体へ広がっていき、やがて意気揚々と全合奏へ。やがて入ってくる合唱への指示は最小限だったが、二期会は流石プロである。それほど親切とはいえないぶっきら棒な指示をも汲んで音楽に仕上げる。"Vor Gott!"で音量を小さくせず、むしろクレッシェンドしてオーケストラの音量はそのまま、というのは彼くらいしか聴いたことがない。続く行進曲までの間もたっぷり取られ、どっしりとした足取りで進む。テノールの大槻さんは柔らかな美声で魅了したが、他の御三方にやや音量的に負けていた感はあった。また四重唱での着地も少し残念。ソプラノ安藤さん、アルト中島さんは安定感があり、最後にはバリトンの甲斐さんが渾身の一音を決める。終結部はインバルはいわゆる「歓喜の歌」に差し掛かる直前の弦の念押し(練習番号M)でテンポを落とし、続いて現れるホルンの信号動機を導く形で強調した。これは今回の新機軸だ。終局では高らかに天を指差し、大白熱のままオーケストラのみの猛疾走へ。ここでのインバルの指揮は3日間同一で、ブルブルと両手を揺さぶりながら上へ掲げていくのだが、それに都響が見事に追随して圧倒的なクライマックスを築く。

これまでも相思相愛ぶりを示してきた名コンビだが、今回は客席の大熱狂もあって一際感銘深い光景に。インバルはオケを起立させようとしたが、矢部さんは体をわざと後ろに反らし、茶目っ気たっぷりに断っていた。最後の答礼後には矢部さんとトップサイドの渡邊さんをインバルがハグして解散、その後鳴り止まぬ喝采を受けて独唱陣を伴って5人でのカーテンコールとなった。
都響のシェフとして辣腕を振るっていたインバルは、徹底的に自らの解釈にオーケストラを引っ張る厳しいトレーナーだった。いまや自在な呼吸を共有するようになった彼と都響は、お互いの音楽作りをより深いポイントで理解しているのではないか。演奏中や終演後、険しさに勝って柔和な表情を浮かべるようになったマエストロを見て、そのようなことを考えていた3日間の祝祭であった。

インバル/都響「第9」1日目
インバル/都響「第9」2日目

2015/12/25
東京都交響楽団 都響スペシャル「第九」
@東京文化会館

ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱」

ソプラノ:安藤赴美子
アルト:中島郁子
テノール:大槻孝志
バリトン:甲斐栄次郎
合唱:二期会合唱団(合唱指揮:藤本淳也)
管弦楽:東京都交響楽団
コンサートマスター:矢部達哉
指揮:エリアフ・インバル

インバル/都響「第9」2日目。このオーケストラのホームグラウンドと言うべき文化会館が、豪快かつ緻密なサウンドで満たされた。インバルの音楽は解放と凝縮のバランスが絶妙だが、このホールで聴くとその特徴が一層あらわになる。
弦5部のバランスは偏りなく設計されているが、終楽章レチタティーヴォなど前面に躍り出る箇所では存分に歌わせて強く印象付けた。どのセクションも、楽器の出し入れは大胆かつ計算されている。

初日の第1楽章では、若干インバルはセーヴ気味で大人しい指揮をしていたように思うが、この日は冒頭から気合十分、唸り声を上げてオケを煽り導いていく。オーケストラでは2ndHrに若干の不安定さは感じたが、総じて初日より大胆な表情付けで彼の気合に応える。残響成分の少ない文化会館では、第2楽章スケルツォのティンパニも痛烈に轟き、楽曲が本来有するミニマルな前衛性が強調される結果に。楽章最後はややリタルダンドして終結を宣言する。

牧歌的叙情とは一線を画す第3楽章にも、改めて聴き惚れた。旋律線をなだらかに歌う箇所でも、持続するリズム音型への意識が常に保たれている。悠久の第2主題を導く低弦のD-A音型をはっきり強調するなど、総じて厳格に構築された演奏だ。終楽章でも同様の拘りは健在で、歓喜主題の対旋律のファゴットを伸びやかに歌わせことは勿論、ヴァイオリン群の裏で奏でているチェロのA-Cに僅かなポルタメントを施す(この工夫は2013年にもあったが、今回はより自然な形で取り入れられた)など、紛れも無いインバル印のベートーヴェンが繰り広げられた。声楽陣は変わらず壮烈、"Alle menschen"で大きく広げるなどインバルの指揮にも変化があった。

彼は今回の「第9」演奏に際して、ベーレンライター新版や自筆譜の校訂報告書などの様々な資料を読み込み、演奏の度にトライ&エラーを繰り返しているという。コンマスの矢部氏もTwitterで触れていたが、巨匠と呼ばれる年齢でも決してルーティンに陥らないインバルには恐れ入るばかりである。

インバル/都響「第9」1日目
インバル/都響「第9」3日目(最終日)  

2015/12/23
東京都交響楽団 都響スペシャル「第九」
@東京芸術劇場コンサートホール

ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱」

ソプラノ:安藤赴美子
アルト:中島郁子
テノール:大槻孝志
バリトン:甲斐栄次郎
合唱:二期会合唱団(合唱指揮:藤本淳也)
管弦楽:東京都交響楽団
コンサートマスター:矢部達哉
指揮:エリアフ・インバル

今年の都響「第9」は首席客演指揮者のヤクブ・フルシャが指揮をとる予定だったが、彼のウィーン国立歌劇場デビューに伴い指揮者が変更となった。A定期はミヒャエル・ザンデルリングが担ったが、こちらは桂冠指揮者のエリアフ・インバルが登場。2007年、13年に続く3回目の都響「第9」登場となった。

インバルは前回と同じく、弦楽器は16型で木管は倍という大きめのオーケストラ編成をとり、楽譜はブライトコプフ社の旧版をベースとした。奇しくもこの前に聴いたパーヴォ・ヤルヴィ/N響もオーケストラ編成は全く同じだったので、興味深い聴き比べとなった。

冒頭から明晰に刻まれる2ndVn、それに続く1stVnも鋭利に入ってくる。そして全体が高まり第1主題が力感を伴って登場するが、インバルは十分にタメを作り激烈にトゥッティを導いた。大管弦楽の鳴りはすこぶる壮大で、分厚い響きが持続する。かといって鈍重にならず、各声部の明晰さは厳しく保たれているのがインバル流のサウンドだ。一聴すると王道を往く演奏に聴こえるのだが、内声の特異な抉り出しや鋭角的なリズムの強調、時折もたらされるペザンテなどがこの演奏を個性付けている。
特に特徴的なのは第1楽章結尾のホルン絶叫に率いられるトゥッティで、これは明らかにベートーヴェン以後の音楽—とくにブルックナーやマーラーにおけるカタストロフ―を予見したものだ。
 
スケルツォが終わるとインバルは一旦退出、その間に声楽陣とパーカッションが入場し、再開となる。第3楽章もこの指揮者特有の細を穿った演奏で、感傷に浸るというよりは彼のプレゼンテイション術に唸るといった趣。この楽章については、より表現が洗練された後日で項を割きたい。
終楽章では100名足らず・精鋭揃いの二期会合唱団がオケと拮抗し、優秀さを示した。甲斐さんのレチタティーヴォは世界水準の威厳で、最後の四重唱でも卓越した朗唱だった。他の御三方も好バランス。インバルから声楽へ送られる指示は比較的淡泊だったが、時折紅潮した顔で大きく振り、終結の猛烈なプレスティッシモではブルブルと両手を震わせて巨大なクレシェンドを繰り出した。

初日ゆえの齟齬も殆ど感じず、インバルと都響の関係がより一段階成熟したように感じられた「第9」であった。今回は3回の本番全てを聴いたので、残り2日は演奏の細かな変化について記したいと思う。

インバル/都響「第9」2日目
インバル/都響「第9」3日目(最終日) 

2015/12/22
NHK交響楽団 ベートーヴェン「第9」演奏会
@NHKホール

ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱」

ソプラノ:森麻季
アルト:加納悦子
テノール:福井敬
バリトン:妻屋秀和
合唱:国立音楽大学(合唱指揮:田中信昭、永井宏)
管弦楽:NHK交響楽団
コンサートマスター:篠崎史紀
指揮:パーヴォ・ヤルヴィ

DKBとの超快速路線ベートーヴェンで話題をさらったパーヴォ・ヤルヴィ、N響「第9」ではどう出るか。興味は尽きなかった。

NHKホールの容積を鑑みて、流石に14型くらいかな―と思っていたら、予想以上。驚きの16型倍管編成である。合唱も毎年と同じく200人超えの大編成、舞台は人でぎっしりだ。声楽陣は演奏開始前に入場。
パーヴォはこの編成のメリットを最大限活かして彼ならではの「第9」を聴かせてくれた。木管は倍だが、「ここは1番奏者だけ」「ここは全員吹く」といった出し入れが精密に行われ、ソロとトゥッティの起伏が大きい。テンポはやはり速めだが、先の上岡さん/読響のように60分を切ることはない。恐らくパーヴォ/N響を一番最初に聴いていたらもっと新鮮に感じていたのだと思うが―彼らしい即興的なアクセントは随所で施され、第2楽章スケルツォの大胆なリズム音型強調はロック・ミュージックにも通ずる。
一方で第3楽章(パーヴォはこの楽章をとりわけ愛しているらしい)はしっかりと歌いこまれ、セカセカした呼吸は感じない。主題の扱いも丁寧だ。独奏ホルンはすべて1番奏者が担当した。終楽章で低弦に現れる「歓喜の主題」はまず最弱音で奏でられ、徐々に他のセクションへと共感が広がっていく。音楽が波及していく様はフラッシュモブの元祖を目の当たりにするようで、思いもよらぬ現代性をはらむ。またこの「歓喜の主題」を裏で支えるファゴットの旋律も通常より大きく引き出されており、2本のファゴットのソロイスティックな扱いは小協奏曲のようだった。その後もフガートで音量をふっと落として漸進していくなど、たくさんの工夫が楽しい。歌の声部と同じセクションをしばしば強調しつつ、パーヴォが引き出した音楽は堂々たるものだった。
国立音大の大編成合唱は、大御所御二方の指導による舞台ドイツ語発音。それは良いとして、途中二重フーガでズレてパーヴォが必死に立て直したり、指揮棒が指し示すアクセントに応え切れなかったのは初日ゆえだろうか。独唱では妻屋さんの第一声が流石の風格。4人のバランスは悪くなかったが、ソプラノには内容にふさわしい力強さを求めたい。

パーヴォ・ヤルヴィはオーケストラによってその音楽を柔軟に変えていくタイプの指揮者だが、ドイツ音楽演奏に伝統を持つN響のスタイルをある程度尊重し、厚みあるサウンドをベースにして彼らしい鋭角的なフレージングを施したということだろうか。楽団の共感度も高く、充実した「第9」であったように思う。

2015/12/20
神奈川フィルハーモニー管弦楽団 県民ホールシリーズ 第6回定期演奏会
@神奈川県民ホール

ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱」

ソプラノ:馬原裕子
メゾ・ソプラノ:山下牧子
テノール:大槻孝志
バリトン:小森輝彦
合唱:神奈川フィル合唱団(合唱指揮:大久保光哉)
管弦楽:神奈川フィルハーモニー管弦楽団
コンサートマスター:﨑谷直人
指揮:川瀬賢太郎

昨年の神奈川フィル「第9」は小泉さんとのオーソドックス極まる演奏だった。シェフ川瀬さんが登壇する今年は、果たして。

合唱団・独唱ともに第1楽章開始前に入場、オーケストラは14型。
奇を衒うことなく、正攻法でこの大曲に向き合っていく川瀬さんは賢明だっただろう。第1楽章クライマックス、ffで強烈に乱打するティンパニ(日本フィルの方の客演?)を伴いながらカオティックに形作られた。この混沌、絶叫があるからこそ第4楽章での歓喜の爆発があるのだ、というような深刻な趣さえ漂う。楽章が進むにつれ音楽は表情の険しさを緩めていき、第4楽章前にはわずかなパウゼを置くのみですぐに突っ込んでいく。
川瀬さんの作り方は終楽章でも王道を往くものだが、弦の細かな走句を踊るように演奏させたりして愉悦を高めていく。打楽器群は下手奥に配されていたが、これによりAlla marciaでオケ本隊との距離感が生まれ、バンダ的に聴こえたのはやや斬新な効果ではなかったか。(「レオノーレ」第3番や「第9」があってマーラー「巨人」があることがよく分かる)終盤は真っ当にテンポを上げて終結へ。
今回の神奈川フィル、アンサンブル精度はやや粗めだが、川瀬さんがこだわって作った(と思われる)終楽章低弦のレチタティーヴォは雄弁で聴き入った。第3楽章冒頭の弦などに更なる清澄さがあればと思うのだが、音響条件の悪い県民ホールでは仕方ない面もある。
声楽陣について。独唱ではアルトの山下牧子さんが肉厚気味に圧倒、ソプラノ馬原さんはこれから声質が円熟してくる方と聴いた。テノール大槻さんも美声だが、若干埋没気味だったか。レチタティーヴォがちょっとビックリ音程のバリトン小森さんには正直驚いた・・・。神奈川フィル合唱団は健闘していたが、人数・発声ともに厳しい。

総じて、昨年の小泉さんほどではないにせよ王道路線を行く「第9」。テンポも現代としては標準的な65分コースだった。 

2015/12/19
若手若手オーケストラ団員による室内楽コンサート
@ソフィアザール・サロン

モーツァルト:ディヴェルティメント K. 138
モーツァルト:弦楽四重奏曲第15番
チャイコフスキー:弦楽四重奏曲第1番
~アンコール~
チャイコフスキー:バレエ音楽「くるみ割り人形」より 葦笛の踊り、トレパーク

ヴァイオリン:猶井悠樹、大和加奈
ヴィオラ:村田恵子
チェロ:清水詩織

(記録のみ) 

2015/12/18
読売日本交響楽団 FUJITSU Presents 「第九」特別演奏会
@サントリーホール

ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱」

ソプラノ:イリーデ・マルティネス
メゾ・ソプラノ:清水華澄
テノール:吉田浩之
バリトン:オラフア・シグルザルソン
合唱:新国立劇場合唱団(合唱指揮:三澤洋史)
管弦楽:読売日本交響楽団
コンサートマスター:日下紗矢子
指揮:上岡敏之

来年9月から新日本フィルの音楽監督に着任予定で、すでにアーティスティック・アドバイザーの任にある上岡敏之が読響「第9」に客演。日本のオケの中ではもっとも関係の深い読響との組み合わせで、彼ならではの「第9」像が鮮烈に提示された。

合唱は第1楽章開始前に入場済み。オーケストラの編成は14型でごく普通だが、そこから展開された音楽はまったく斬新だった。冒頭の空虚五度の刻みから相当に速いテンポなのだが、そこから第1主題の登場が完全にシームレスに移行したのには驚いた。「ビッグバン」とも呼ばれるように、激烈に登場するはずのこの主題が、あたかもそこに存在するのが当然かのように現れたのだ。その後も音楽は弾むように滑らかに進み、あっという間に第2楽章へ。スケルツォの反復は省略、弾むようなリズムには気品すら漂う。この楽章の終結はふわりと弓を浮かすような処理が成されており、これまた独特だった。
第3楽章もやはり速いテンポなのだが、ここでは物理的なスピードより音楽の爽やかさが印象的だ。以前新日本フィルと聴かせた「田園」でも感じたエレガントさが、この穏やかな楽章にも持ち込まれていた。部分的にノン・ヴィブラートも使用していたのかもしれないが、「大きな室内楽」という表現ではなく、本当に室内楽をやるような神経が働いていたように感じる。日下さんのリードに拠るところも大きかろう。
第3楽章と第4楽章はアタッカで繋げず、打楽器奏者と独唱を入れて間もたっぷり取る。第4楽章をアタッカで始めない指揮者の主張として、「先行楽章は終楽章の序章ではない」というものを耳にしたことがあるが、上岡さんもそう仰るのだろうか。ともかく、間を取って開始された終楽章―これがまた凄かった。オーケストラのみならず、聴衆の側もどこで呼吸をして良いのか分からないほど轟々と音楽が流れていく。第1-3楽章が否定され、歓喜主題が低弦で登場する間のパウゼは比較的たっぷり取られたが、そこ以外は殆ど間髪入れずに音楽が進む。典型的なのは合唱の"Vor Gott!"を全く伸ばさず、ただちに行進曲へと移行した箇所だろうか。声楽陣はこの疾風怒濤の要求に応え、確かなアンサンブルを保っていた。上岡さんの跳ねるような棒の動きにピタリと付け、アクセントを加える新国合唱団は流石にプロである。独唱ではMsの清水さん、Bのシグルザルソンが気を吐いた。当然終結のプレストはバイロイトもかくやという猛速で締めくくられる。

客席にはとまどいの色も見えたようだが、上岡さんの要求に最大限の誠意で応じた読響には驚きである。管楽器にとっては運指や呼吸と音楽のズレが当然危ぶまれるテンポだし、弦楽器にしてもあの名手揃いの読響が皆顔を真っ赤にして弾きまくっている。上岡さんとて奇を衒ったわけではなく、「スコアに書いてあることだけをやった(楽屋口にて本人談)」 結果なのだろうが、これだけ協力的なオケをいつも得てきたわけではないだろう。驚天動地の「第9」であった。正味の演奏時間は57分程度だったか。

2015/12/16
群馬交響楽団 東京オペラシティ公演
@東京オペラシティコンサートホール

モーツァルト:交響曲第39番
R. シュトラウス:交響詩「ドン・キホーテ」

チェロ:堤剛
ヴィオラ:川本嘉子
管弦楽:群馬交響楽団
コンサートマスター:伊藤文乃
指揮:大友直人

大友さん/群響の東京公演を聴くのは昨年以来2回目。地方オケの中でも首都圏に近い群響、複数回東京公演をやっているのが好印象。今回のプログラムは東京限定のものだそうだが、次回の東京公演では定期で取り上げる「トゥーランガリラ」をそのまま持ってくる。こちらは聴けないのが残念。

モーツァルト第39番は時流に乗らないリッチな響きで奏でられ、幾分緩いが典雅な表情。ベートーヴェン「英雄」と同じEs-durの響きは、余裕あるスタイルも相まって格調高さを纏った。第2楽章の入りにおけるVnのピッチの甘さ、所々ポロポロと崩れるTpやHrが惜しい。全体のサウンドのバランスとしては良好なので、オーケストラ全体が自発的にアンサンブルを組み立てていくという意識がより上がればワンステージ上に行けるのではないだろうか。大友さんは元来、オケを引き締めず大枠を作る指揮者である。

後半のR. シュトラウス「ドン・キホーテ」も瑕はあれど力のこもった演奏で、こちらはずっと好印象だった。相変わらず大友さんは実直に音楽を進めていくが、上手く聴かせようとしない素朴さがこの曲で好作用していたのが幸いなところ。チェロに堤さん、ヴィオラに川本さんという円熟の独奏陣を迎え、指揮者&オケ&ソリストの三者がそれぞれに敬意を払いつつ親密なアンサンブルが紡がれた。弦楽器14型の編成もホールの容積に相応しい。
ソリスト陣では川本さんの饒舌な語り口が絶品で、老騎士を諫める語り口の巧さは流石というほかない。堤さんと川本さんは目配せも細かく行っており、ずぶ濡れになってしまう第8変奏ではコミカルな表情、ピタリと一致する呼吸に思わず笑みがこぼれた。終曲における回想では堤さんがしみじみとした歌を聴かせ、若干入りが寂しい客席も大きく沸いた。カーテンコールではオケの団員がソロの御二人に心からの拍手を贈っていたが、この光景もまた快いものである。

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