たくさん聴かな、あかんやん。

都内在住私大生。自分の心に正直に書きます。

February 2016

2016/2/28
sonorium 共催シリーズ2016『映像と音楽』
井上雅人 バリトンリサイタル Vol.5 夜の部
@永福町sonorium

ヴァーグナー:歌劇「タンホイザー」より "夕星の歌"
ヴォルフラム:井上雅人

ヴェルディ:歌劇「リゴレット」より "わしを呪いおった""似たり寄ったりが"
リゴレット:井上雅人
スパラフチーレ:佐藤由基

ラフマニノフ:真昼のように美しい彼女
ラフマニノフ:前奏曲 Op.23-4
ラフマニノフ:練習曲「音の絵」 Op.39-1
ピアノ:小瀧俊治

プッチーニ:歌劇「ボエーム」より "冷たき手を""箱馬車だって?...もう帰らないミミ"
ロドルフォ:村上公太
マルチェッロ:井上雅人


プッチーニ:歌劇「トスカ」第1幕、第2幕より抜粋
フローリア・トスカ:金持亜実
スカルピア男爵:井上雅人
スポレッタ:川出康平
堂守:佐藤由基
ピアノ:小瀧俊治
オルガン(電子ピアノ):玉崎優人
指揮:澤村杏太朗 

~アンコール~
メリカント:4つの歌 Op. 93より 第4番 人生に

バリトン:井上雅人
ソプラノ:金持亜実
テノール:村上公太、川出康平
バリトン:佐藤由基
ピアノ:小瀧俊治
オルガン(電子ピアノ):玉崎優人
指揮:澤村杏太朗 

尊敬するバリトン・井上雅人さんのリサイタル。昼夜2公演でメインに「トスカ」抜粋を置き、前半は違った曲目で挑むというヘヴィー級の構成を歌い切った井上さんに恐れ入った。「映像と音楽」というタイトルを冠するシリーズに相応しく、邦訳歌詞や作中の情景が壁面に投影され、ストレスなく音楽を楽しめる好企画に大拍手。スクリーンより自然で、しかも壁面が白いので特に不足もない。ごく親密な空間であるsonoriumだが、これによりオペラの魅力を十分に味わうことができた。
 
前半は「タンホイザー」「リゴレット」「ボエーム」にラフマニノフ歌曲と伊独露の名旋律を堪能。ピアノ小瀧俊治さんの目を見張るようなラフマニノフ独奏、ロドルフォの「冷たき手を」を高らかに響かせたテノール村上公太さん等、豪華ゲストの至芸も贅沢だった。「リゴレット」は苦悩するせむしの道化を井上さんが表情豊かに演じていた。「タンホイザー」も素晴らしかったが、昼夜2公演は流石に負担がかかるのか、一瞬ヒヤリとする場面も。

後半はキャストの皆さんが(簡素だが)しっかりと衣装を纏っての「トスカ」抜粋。衣装のほかにも小道具・背景画・観易く区分けされた字幕等、限られた空間を最大限に駆使することによりオペラならではの緊迫感が立ち現れた。こう思えたのも音楽面の見事さあってこそで、特に第2幕のトスカ金持さんとスカルピア井上さんの駆け引きは息を呑むような展開。いい演奏であればあるほどスカルピアのいやらしさが憎らしく感じられるのだが、今回もかなり見ていてイライラすることができた(笑)
劇的なプッチーニの後の清涼剤のようなメリカントの歌曲で、大充実のリサイタルは終演。井上さん、お疲れ様でした。

2016/2/28
東京都交響楽団 プロムナードコンサートNo.366
@サントリーホール 大ホール

ベルリオーズ:序曲「ローマの謝肉祭」
ドヴォルジャーク:弦楽セレナード

チャイコフスキー:イタリア奇想曲
ラヴェル:ボレロ

管弦楽:東京都交響楽団
コンサートマスター:四方恭子
指揮:大野和士 

音楽監督・大野和士がプロムナードコンサートに登場。この演奏会は前日のいわきプロムナードコンサートとの共通演目である。東日本大震災の後避難所になっていたいわきアリオスで、震災以来初めて実現した公演がギエムの「ボレロ」だったらしい。いわきの人々にとって特別な曲となった「ボレロ」を是非大野さんと都響で、という趣旨で曲目が決定したそうだ。

オーケストラは全曲14型。ベルリオーズ「ローマの謝肉祭」は冒頭から華やかで、フランスオケに比べると流石に強奏の力づく感はあるが充分豊麗な響き。タンブリン2対(倍タン?)で軽やかさも加わる。
ドヴォルジャーク「弦楽セレナード」は都響自慢の弦5部がブンブンと唸り重厚だが、この曲では感情の移ろいで魅せて欲しかったという思いも。本来は指揮者なし、もっと小さな編成で慈しむような響きを求めたいところだ。だがラルゲットの愛おしさは素晴らしかった。クオリティの高さは間違いない。

チャイコフスキー「イタリア奇想曲」は冒頭のファンファーレに続くロシアの旋律において、大野さんお得意の構えの大きなアプローチが功を奏した。こういった深刻な表情の音楽は、彼が最も得意とするところではないか。自在な伸縮が終結に向けて音楽の密度を高め、都響もよく付けた。
そして、スネアはじめ各奏者の自発性が遺憾なく発揮された「ボレロ」は圧巻。これを聴けただけでも収穫だ。前半は殆ど指揮者は振らないので、必然的にスネア・ドラムのテンポ感が曲の進行を左右することになる。西川さんのスネアは安定感抜群、次々と立ち現れるソロ群は皆さん達者で素晴らしい。どのセクションも難所だが、特にトロンボーンの小田桐さんは年齢を感じさせない甘くふわりとした音色。最後の最後で一瞬ヒヤリとしたが、実に美しいソロだった。このソロを超えてから輝きだす弦楽器は、弾力性あるフレージング。都響の水準の高さを見せつけた「ボレロ」だった。

この演奏会では、大野さんならではという箇所は上述した「イタリア奇想曲」位だろう。客席が意外と大人しかったのも何となくわかるような気がする。

2016/2/26
東京フィルハーモニー交響楽団 第874回サントリー定期シリーズ
@サントリーホール 大ホール

モーツァルト:ピアノ協奏曲第23番
~ソリスト・アンコール~
ショパン:夜想曲第20番 嬰ハ短調 「遺作」

マーラー:交響曲第5番

ピアノ:小林愛実
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
指揮:チョン・ミョンフン

マエストロ・チョンの魅力満載、ということで前半のピアノ独奏をも弾くはずだったが、体調不良で代役の小林愛実さんに変更。彼女も一度ちゃんと聴いてみたかったので良いけれども。モーツァルトでソロを弾いた小林愛実の音色は青く淡彩、モーツァルトというよりはショパン向きの音色に感じられたが、会場の空気感を掴んだカデンツァや第2楽章では無垢な良さが活きた。アンコールの「遺作」には納得。終始背中を向けつつ、オケの入りを完璧に、かつ柔らかく合わせるマエストロは流石だ。

後半はマエストロお得意のマーラー5番。彼のマーラーは、昨年東フィルで聴いた「巨人」のロマンティックな熱演が示すようにやや時代がかったアプローチだ。その方針は、中期の第5番でも同じ。作曲家特有の凸凹を大量のアゴーギクというパテで埋め、威風堂々たるロマン派作品として聴かせる。鮮やかな手腕だが、些かワンパターンだ。現代の先鋭なマーラー演奏に慣れてしまうと、美しくオーケストラを鳴らすことに終始する彼のアプローチはやや食い足りない。もっとも、マーラー自身もオペラ指揮者だったのでこういった往き方は好んだかもしれないけれど・・・。
東フィルは弦の後方プルトまで渾身の熱演で、棒への徹底的な忠誠を強く感じる。金管は冒頭のトランペット独奏から実に見事だが、それにも増してホルンの高橋名人は伸びやかな音色・安定感共に向かう所敵なしでは。燃えた時の東フィルの凄さを思い知った次第。 

2016/2/25
新日本フィルハーモニー交響楽団 第555回定期演奏会
@サントリーホール 大ホール

フランク:交響的変奏曲
ラヴェル:ピアノ協奏曲
チャイコフスキー:交響曲第5番

ピアノ:アレクサンドル・タロー
管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:西江辰郎
指揮:エイヴィン=グルベルグ=イェンセン

以前には新国立劇場「トスカ」、読響での「レニングラード」が評判を呼んだイェンセン、今回は新日本フィルに登場。チャイコフスキーをメインとしながらも、やや渋いプログラムだ。

フランク「交響的変奏曲」は名曲だがなかなか演奏されない。シャイー/コンセルトヘボウ管とホルヘ・ボレットが演奏した盤が極上で、いつか聴きたいと思っていたのだがやっと聴けた。アレクサンドル・タローの玲瓏なピアノは打鍵の重みを感じさせず、滑らかに旋律を紡いでいく。フランス的なピアニズムを透明感だけで語ってはいけないが、彼は真にフランス的なピアニストと言えるのではなかろうか。構成を明らかにしつつ凹凸が表面的にならない(これは次のラヴェルでも一層際立った)。
フランクの晦渋とラヴェルの明朗という曲想の対照も楽しく、快速テンポを乗り切ってソロに付けたオケも充実していた。協奏曲2品でかなり満足。

後半のチャイコフスキー「第5番」、14型のオーケストラはイェンセンの変幻自在の指揮によく応えた。この人は基本的にオペラ指揮者なのだろうか、音楽の持って行き方の随所にそう感じさせる生々しい呼吸が感じられる。音楽の急減速・急加速はあざとさの一歩手前まで多用され、同じ動機を吹くオーボエには吹きながらベルアップさせたりと、木管群からも多様な響きを引き出す。まったく新しいチャイコフスキーが聴けた。新日本フィルは、冒頭の陰翳の濃いクラリネットが実に見事だったし、随所で指揮を先読みした熱演を披露。定期でチャイコフスキーの「第5番」と来れば、これくらい意義ある演奏を聴きたいものだ。

2016/2/23
コンスタンチン・リフシッツ ピアノ・リサイタル
@紀尾井ホール

ラフマニノフ:前奏曲 嬰ハ短調 Op.3-2「鐘」
ラフマニノフ:10の前奏曲 Op.23

ラフマニノフ:13の前奏曲 Op.32
~アンコール~
ラフマニノフ:前奏曲ニ短調(1917)
ショパン:前奏曲第15番 変ニ長調 
Op.28-15 「雨だれ」
ショパン:前奏曲第3番 ト長調 Op.28-3

ピアノ:コンスタンチン・リフシッツ

雪の降りしきる森から出てきたような感覚に捉われたリサイタルだった。
リフシッツの打鍵はかなり力強いが、ピアノとの相性も良いのか煩くは感じない。ラフマニノフならではの重厚な和音推移を一つずつ嚙みしめつつ進み、その演奏の堅牢さ、ゴーンと響く低音はロシアのバス歌手のようで圧巻。アンコールは3品。

2016/2/21
≪東京二期会オペラ劇場公演≫ ジュゼッペ・ヴェルディ『イル・トロヴァトーレ』オペラ全4部
@東京文化会館 大ホール

ヴェルディ:歌劇「イル・トロヴァトーレ」(全4幕/イタリア語上演/字幕付き)

演出:ロレンツォ・マリアーニ
レオノーラ:
松井敦子(ソプラノ)
マンリーコ:
小原啓楼(テノール)
ルーナ伯爵:
成田博之(バリトン)
アズチェーナ:
中島郁子(メゾ・ソプラノ)
フェルランド:
清水那由太(バス)
イネス:
杣友惠子(メゾ・ソプラノ)
ルイス:
大野光彦(テノール)
老ジプシー:
杉浦隆大(バリトン)
使者:
前川健生(テノール)
合唱:二期会合唱団
管弦楽:東京都交響楽団
指揮:アンドレア・バッティストーニ 

二期会「イル・トロヴァトーレ」楽日。1日目を体調不良で降板されたマンリーコ役・小原さんが復帰、結果的に3日とも違うキャストで観たことになる。

結論から書くと、楽日ならではのエネルギー炸裂はなく生真面目なヴェルディだった。アズチェーナは両キャストともパワー充分だったが、女声キャストは全体的に物足りなさが残る。復活したマンリーコの小原さんはハイCも美音で決めたが、押しの強さに欠ける。その他の男声キャストはみなさん見事で、特にルーナ伯爵の成田さんは熟練のバリトンで素晴らしい。上江さんも貫禄十分だったが、また違った味があった。
オーケストラに関しては、結局初日からほとんど進化が見られなかった。東フィルであればバッティストーニの劇性をより増幅させ、声量的に歌手が厳しい箇所では自然に響きを抑えるといった呼吸が聴けたのではないか。オペラ・オーケストラで聴くヴェルディに比べ、あまりに四角四面で揺らぎがない。上手いのは上手いが、それよりずっと大事なことが置き去りにされていた。バッティストーニとの関係は悪くなさそうだが、彼はやはり東フィルとの組み合わせで聴きたい。来年このオケと「トスカ」を演るルスティオーニにも期待している。 

2016/2/20
東京芸術劇場コンサートオペラvol.3
カミーユ・サン=サーンス/歌劇『サムソンとデリラ』
@東京芸術劇場コンサートホール

サン=サーンス:歌劇「サムソンとデリラ」(フランス語上演/全3幕/演奏会形式)

サムソン:ロザリオ・ラ・スピナ(テノール)
デリラ:ミリヤーナ・ニコリッチ(メゾ・ソプラノ)
大司祭:甲斐栄次郎(バリトン)
アビメレク:ジョン・ハオ(バス)
伝令:小笠原一規(テノール)
老ヘブライ人:妻屋秀和(バス)
ペリシテ人1:鈴木俊介(テノール)
ペリシテ人2:井出壮志朗(バリトン)
合唱:武蔵野音楽大学(合唱指導:横山修司)
管弦楽:ザ・オペラ・バンド
コンサートマスター:平澤仁
指揮:佐藤正浩

芸劇で毎年行われているコンサート・オペラ。今回はサン=サーンスの名作「サムソンとデリラ」(本来はダリラ)。有名作品ながらあまり上演されないので、演奏会形式とはいえ全曲聴けるのは嬉しい。

旧約聖書に題材をとった内容は明快にして力強く、ガザにおけるヘブライ人とペリシテ人の対立が念頭にある。怪力男のブライ人サムソンをどうにかして食い止めるため、サムソンが惚れた美女ダリラをペリシテ人が操って力を奪う秘密を聞き出す。老ヘブライ人の警告もあり、第1幕ではどうにか堪えたサムソンだが、第2幕の幕切れではついに「髪を切れば力を失う」とダリラに告白してしまい、劇的な終結となる。第3幕冒頭ではペリシテ人の宮廷に鎖で繋がれ、両目を潰され石臼を回すサムソンが音画的に描写される。裏切った彼を非難するヘブライ人の恨み節の一方、享楽にふけるペリシテ人やダリラが登場し、ダゴン神を讃えるバッカナールなどが鮮やかに響く。再び力を与えよ!というサムソンの絶叫は神に届き、彼は囚われから脱し自身もろとも神殿を押し潰してこの物語は終わる。

音楽的にはバッカナールに代表される異国趣味も随所に聴かれるのだが、それ以上にヴァーグナーの影響であるライトモティーフの用法が全体を支配している。第2幕、表題役2人の巧みな心象描写はさながらヴァルキューレ1幕とトリスタン2幕を足して割ったようだ。

サムソンとダリラはどちらも肉厚な美声、ラ・スピナの表情変化に富む力強いテノールは葛藤するサムソンを充分に表出させた。終幕の力みなぎる絶唱も劇性に溢れ、衝撃的な幕切れにふさわしい。ニコリッチのデリラも良いが、ヴィブラートが若干大時代的で評が分かれたのではないか。有名なアリアはオーケストラの支えもあり陶酔的な美しさ。甲斐さんの大司祭は日本人離れしたハリの強い美声が見事だったが、やや生真面目過ぎるか。この男もダリラに屈したことのある人間、より弱さが見えても良かったように思う。妻屋さんの老ヘブライ人は流石の安定感。その他キャスト、武蔵野音大合唱も高水準。ソリストの一部はオケの前後に大きく動いて歌ったので、やや聴き取りにくい箇所はあった。そもそも芸劇の過剰な残響ではフランス語はほとんどぼやけてしまう。佐藤正浩指揮のオケは徐々に調子と色彩を上げ、不足なく音楽を作っていった。バッカナールのオーボエ群など、各ソロも良い。

オルガンの隣や2階LBなどに歌手を動かし、簡単なプロジェクションマッピングも取り入れるなど、音楽を邪魔しない程度の演出が施されたのも良かった。ただ、神殿崩壊の大スペクタクルで用いられたPAがやや暴力的に響いたのは残念だ。芸劇でのオペラ公演は制約もあるだろうが、音楽の良さを純粋に味わえるという点では大いに満喫した。来年はプッチーニだそうだ。

2016/2/18
東芝グランドコンサート35周年特別企画
ダニエル・バレンボイム指揮 シュターツカペレ・ベルリン ~ベルリン国立歌劇場管弦楽団~
@ミューザ川崎シンフォニーホール

ブルックナー:交響曲第8番(ハース版)

管弦楽:シュターツカペレ・ベルリン
指揮:ダニエル・バレンボイム 

バレンボイム×シュターツカペレ・ベルリンのブルックナー・ツィクルスもいよいよ大詰め。中一日を挟み、彼の交響曲中一二を争う人気作品である「第8番」に到達した。連日のように名演を連発したこのコンビ、上述した中日は流石に休んでいたのかと思ったが、SNSに流れてきた写真を見ると観光も少ししつつ都内で入念にリハーサルをしていたらしい。瞠目するしかないスタミナ、そして音楽への妥協ない姿勢には感服するばかり。バレンボイムのカリスマも凄いものだ。

全曲演奏はすべてサントリーホールで行われてきたが、第8番だけは番外編としてミューザ公演も開催された。このオーケストラを分離の良好なミューザで聴くことに俄然興味があったのだが、その結果は期待以上のものだった。
冒頭のホルンの弱音と弦のトレモロから、静謐な音楽が確信をもって響く。シュターツカペレ・ベルリンが持つ音響特性が瞬時に伝わってきた。硬質でまっすぐな管楽器。艶消しを施したようで、かつ主体性があり肉感豊かにうねる弦楽器。これらは、録音で聴くカラヤン/ベルリン・フィルの70年代録音のサウンドにも類似しているし、おそらくはバレンボイムが目指している旧き良きドイツの響きを体現したものだろう。ヴァーグナー上演で鍛え抜かれた特質ともいえるかもしれない。
バレンボイムの指揮は第1番の時と同様、綿密に振るというよりはオーケストラに任せる部分も多いのだが、それはあくまで両手の動きの話。眼力鋭くオーケストラ全体に睨みをきかせ、管楽器の一奏者ずつとも緊張の糸が結ばれている。よって、バレンボイムが大きく音楽を動かし強奏する時のディナーミクの幅は果てしなく大きくなる。しかもそれはシームレスに繋がれ、楽想がぶつ切れにならないのだ。このあたり、流石は大オペラ指揮者だ。彼は時折演奏中に咳をしていたので、必ずしも体調万全ではなかったと思うが(思い返せば1番の時からハンカチを取り出していた)、それで音楽の質が下がることなど全くないのもまた凄い。
第1楽章のカタストロフの凄絶な響きが適度なパウゼと共に訪れ、スケルツォでは冒頭のホルン信号に続くチェロの滑らかなテヌートに酔う。勇壮な主部が終わると長閑なトリオなのだが、ここの音色への拘りもバレンボイムは流石だった。
そして、この日最大の感銘を受けた長大なアダージョ楽章がやってくる。ここでミューザに広がった黄昏の音色とパウゼは、極上という言葉すら生ぬるい。深々とした弦のポテンシャルはもはや無限で、バレンボイムが後方プルトに振るのも納得。弱奏から引き裂かれるような咆哮まで引き出されたホルンもこの上なく見事だ。このオケの驚くべき点は、第1奏者の技量も凄いのだが、9本(8+1アシだったと思う)の奏者の音色がほぼ同質に保たれていることなのだ。それだけにヴァーグナー・テューバの響きは一層胸に迫るし、全奏者が吹く時は面からビームが放たれるようにサウンドが天井へ突き抜けていく。この凄さは生でしか味わえないものだ。バレンボイムの解釈としては、B主題の深い呼吸と微細な音色変化に幾度も身震い。何度でも言うが、流石はヴァーグナー指揮者の呼吸である。
アダージョを振り終えると、途中で退出する客の足音を聞いたからか、しばらく待機してからバレンボイムは第4楽章を開始させた。冒頭のティンパニ、金管に代表される荘厳な響きはオーケストラの誇りがこれでもかと感じられたし、ここにきて一層ミューザの明晰な音響が名演に力を授けたことは確か。ハース版ならではのコーダ前の楽想に浸ると、かつてのベルリン・フィルとの録音よりもやや遅めのテンポでフィナーレがやってくる。ここの楽器群のミルフィーユ状の重なりはまさに絶品で、頂点に向けてどこまでも音楽を伸ばしていく舞台に鳥肌が止まらなかった。終結部ではオーケストラが総力を挙げてすべての主題を再現し、ブルックナーの意図が完璧に再現されていた。ミューザの壁面に主題一つひとつが跳ね返るのが見えたような錯覚すら味わった。終結の「ミレド!」は轟然と、崩れ落ちるように奏された。

生涯通してこれを超えるブルックナー8番に出会えるだろうか、というような恐るべき演奏を聴いてしまった。バレンボイムは当然ながら熱烈な喝采により単独で呼び出されていたが、このハード・スケジュールで妥協ない音楽を聴かせたオーケストラ・メンバーにもこの上ない感謝の気持ちで一杯だ。ぜひとも、次回来日の際はオペラ・カンパニーとして公演してほしい。演目は当然、ヴァーグナーだろう。

2016/2/18
≪東京二期会オペラ劇場公演≫ ジュゼッペ・ヴェルディ『イル・トロヴァトーレ』オペラ全4部
@東京文化会館 大ホール

ヴェルディ:歌劇「イル・トロヴァトーレ」(全4幕/イタリア語上演/字幕付き)

演出:ロレンツォ・マリアーニ
レオノーラ:
松井敦子(ソプラノ)
マンリーコ:
城宏憲(テノール)
ルーナ伯爵:
成田博之(バリトン)
アズチェーナ:
中島郁子(メゾ・ソプラノ)
フェルランド:
清水那由太(バス)
イネス:
杣友惠子(メゾ・ソプラノ)
ルイス:
大野光彦(テノール)
老ジプシー:
杉浦隆大(バリトン)
使者:
前川健生(テノール)
合唱:二期会合唱団
管弦楽:東京都交響楽団
指揮:アンドレア・バッティストーニ 

二期会「トロヴァトーレ」2日目。演出については初日の項で書いたので割愛。

レオノーラは少し前に松井敦子さんへの交代が告知されていたが、マンリーコの小原啓楼さんの交代は残念。直前までに稽古を積まれてきただろうに―(幸い、最終日に復帰された)。だが急遽登場したカヴァーの城宏憲さん、この方が実に素晴らしかった!端正なマスクが舞台映えするし、高域の輝かしい伸びは自信に満ち溢れていた。結局主要三役のうちアズチェーナ以外が変更となったわけだが、アンサンブルの難所でも穴が生じないのは今の二期会の水準の高さ故か。並河さんのレオノーラで聴かれた芯の強さは松井さんには感じず、終始一途な乙女という感じ。歌も正確なのだが第1部のイネスとのやりとりなど如何にも単調で、徐々に良くなったのだが発展途上という印象を受けた。

指揮のバッティストーニだが、ステージ上の事象を的確に把握し、その上で音楽的な飛躍を求め奮闘する手腕は流石という他ない。代役キャストの為か昨日よりアクションが大き目に見えた。気のせいだろうか?都響は昨日より燃焼度高めだが、オケ自体が歌と呼応してサウンドの幅を広げて欲しいというのは贅沢か。東フィルなら尻上がりに調子を上げていくところなのだが、最初の水準が高い代わりにあまり発展が感じられないピットであった。

2016/2/17
≪東京二期会オペラ劇場公演≫ ジュゼッペ・ヴェルディ『イル・トロヴァトーレ』オペラ全4部
@東京文化会館 大ホール

ヴェルディ:歌劇「イル・トロヴァトーレ」(全4幕/イタリア語上演/字幕付き)

演出:ロレンツォ・マリアーニ
レオノーラ:並河寿美(ソプラノ)
マンリーコ:エクトール・サンドバル(テノール)
ルーナ伯爵:上江隼人(バリトン)
アズチェーナ:清水華澄(メゾ・ソプラノ)
フェルランド:伊藤純(バス)
イネス:富岡明子(メゾ・ソプラノ)
ルイス:今尾滋(テノール)
老ジプシー:三戸大久(バリトン)
使者:吉田連(テノール)
合唱:二期会合唱団
管弦楽:東京都交響楽団
指揮:アンドレア・バッティストーニ

バッティストーニの名前が日本で轟くきっかけとなったのは、2012年の二期会「ナブッコ」だった。その舞台は観ていないのだが、その時ピットに入っていた東フィルが彼に惚れ込み代役を含め数回招聘、あれよあれよといううちに首席客演指揮者である。東フィルとのオペラ公演は同じ二期会での「リゴレット」を昨年聴いたが、決して大きくない編成のオケから竹を割ったような激烈なサウンドが聴こえてきたのをよく覚えている。そのときの記事はこちら。今回初顔合わせとなる都響とのヴェルディ、果たして。

ロレンツォ・マリアーニの演出は濡れたような舞台の光沢が美しい。舞台装置は今風に簡素だが、四方に反射する光の散らばりが人物の心象をも暗示するようだ。巧みな色の使い分けも見事で、衣装も手が込んでいる。ちなみにこの演出はパルマ王立歌劇場での収録が映像でも観られる(指揮はテミルカーノフ)。タペストリー風の幕、床の傾斜は物理的にも歌手に味方したはず。オペラの持つ神秘性を良い方向に引き出し、音楽を補填する役割を十全に果たしていたように感じた。

バッティストーニと都響は、まずまずの滑り出し。オケが普段の殻を破り、指揮者特有の燃え上がる表現に応じる場面も少なくなかった。指揮の先を読むような弦は特に見事で、幕を追うにつれサウンドが開放的になった印象だ。楽日に向けてまた変わっていくだろう。バッティストーニは先日の講演会でも「トロヴァトーレ」の難しさを語っていたが、なるほどこれは難しい作品だ。「リゴレット」で目覚ましかった革新性は後退し、グロテスクな物語ながら普通のオペラとして観られるようになっている。それだけに音楽のバランスの置き方は簡単でなく、勢いだけで持っていこうとするとある場面では成功するが精彩を欠くことになりかねない。バッティストーニは有名な「見よ、恐ろしい炎よ」では猛烈な煽りを決めていたが、ほかの箇所では彼の有無を言わせぬ劇的な音楽作りがそれほど嵌っていないように感じられた。二期会合唱団も彼に煽られたのか、「アンヴィル・コーラス」ではやや粗かった。ただし、「ミゼレレ」での厳粛な響きでは見事なバランスが取り戻されていたことを付記しておきたい。

歌手陣ではアズチェーナの清水さん、レオノーラの並河さん、マンリーコのサンドバルがそれぞれ持ち味を発揮していた。特に清水さんは別格というべき存在感と鬼気迫る歌唱で、頻繁に表情が動くジプシーの野営の場面でのマンリーコとのやり取りも素晴らしかった。終幕で愛を捨てたレオノーラへのマンリーコの怒り、斬首刑後に豹変するアズチェーナなど、ドラマと音楽が怒涛の勢いで動いていくのはヴェルディ・オペラの醍醐味。オーケストラ・ピット、ソリスト達が一体となって緊迫感ある舞台を作り上げていた。ルーナ伯爵の上江さん、フェルランドの伊藤さんも素晴らしく、水準の高い上演だった。

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